2015年4月29日水曜日

(投稿)自己陶酔・・・KK時代の反省①


 


(紹介)

「幸福の仮面」を書いてくださったWさんが、続いてKK時代の自己反省を投稿してくださいました。KK時代に身につけ、増幅してしまった心の垢、心の癖を発見し修正するという営みをWさんはされています。そのきっかけはWさんが病気になったことでした。病気を患ったWさんは、今までの心の過ちとKKの矛盾を発見して教団を去り、専ら反省と心の鍛錬に取り組まれました。

KK教団から去っても、KKで身につけ増幅した傾向性を修正しないと、決して幸福にはなれないように思います。その意味で、KKを去った後に、どう自分を浄化してゆけばよいのかを、Wさんの投稿は一つの示唆を与えてくださっていると思います。Wさんに感謝して、投稿を紹介させていただきます。

 

(投稿)

ネットゲームには、「俺TUEEE」(おれ、つえー)という言葉があります。

「俺TUEEE」とは、ネットゲームなどで意味もなくほかのプレイヤーを倒して無双状態になったりすることです。つまり、「俺はすげえんだと悦に入った状態」のことです。

私はKK時代(K教団の信者だった時代)に、そんな自己陶酔状態ナルシストの状態)にありました。ネットゲームに喩えると、いわば他の弱いキャラクターや新人を見下し、お前たちより強いといきがっていたのです。

この思いは、最初に会社に入った会社で、同僚を見下していた思いと共通します。

 

どうやら、私にはもともと自分の強さ、あるいは他の事で人より優れている部分を見つけて自己陶酔する意識があるようです。

逆に、他の人の欠点や弱点を見つけて、自分の優位性を保とうとする意識も同じです。

 

この意識は、KK時代に増幅されたと思います

KK信仰とは、教祖が神仏より上の神であることを名乗り、信者はそれを信仰する事により一種の「俺TUEEE状態」になることであると思います。

KK時代、私は「光の天使」と言われて「選ばれた者達」と言われて、

自分が入信しない人たちより優れているという優位感を持っていました。

「俺は光の集団入ったんだから強く守られているし偉いんだ」という気持ちであふれていました。

 

子供が長靴を履くと水たまりを歩きたくなるように、私も「魔が怖くない」、

あるいは「魔と対峙できるんだ」という間違った自信(うぬぼれ)があったと思います。

だから、自分から悪い意識を呼び込んでいる状態でした。

この自己陶酔の状態は、休眠会員となってからも同じでした。

なぜならE.C.と名乗るもっとも偉い神様がいると信じていたからです。

KKの活動は抑えているが、自己陶酔・ナルシズムの呪縛から逃れられない状態でした。

 

私がこれを脱出出来たのは、自分が人と同じ、あるいは、人より劣っていると気づいたからでした。

私は自分が病気になったことよって、人より劣って、人並みでなくなった時に、ようやく自己陶酔から冷めて、「一人の人間」に戻りました。

 

私は、反省してみてわかりました。

どうやら私は、人の欠点を探しだしては、「自分がその人より優れていると自己陶酔したい」という思いが強いようです。

 

もっと、私の心の修行が進めば、自分が「神の子」であって、「すべての魂が兄弟である」という、そんな思いをつかむ時が来ると期待しています。

その時に、本当に謙虚になれると思います。

今は、その時を目指して、心を鍛え、反省し、自己凝視を続けていると考えています。(W)

2015年4月21日火曜日

(投稿)「幸福の仮面」


 
(紹介)

K教団の元信者Wさんは、今は家族全員で退会されていますが、もとはK教団の熱心な会員でした。いまは、ご自分の過去に受けた洗脳やK教団時代の自分のことを反省して、それを他の信者・元信者の方にお伝えしたいと、投稿してくださっています。何回かに分けてWさんの投稿を紹介したいと思います。

読むときにご注意いただきたいのは、ここに書かれている内容は、K教団への批判ではないということです。K教団にいたころの自分自身を見つめて、そこに潜んでいた問題点を発見した内容です。ありのままの自分を見つめることから、自己の変容が始まりますが、あくまでも個人として反省すべき点を発見した内容です。この方の自己凝視が、読者の心の垢落としにも役立つことを願っています。

 
(投稿)地区長時代の自分の反省

 
随分以前のことです。
私がK教団の所属支部から地区長を指名された時、私は引き受ける事にしました。

しかし家族、特に家内は、猛反対でした。

家内は、私が家庭を放り出して活動するのに、否定的だったのです。

幼い子供たちのこともあり、今、夫の私に家を開けられたら、どうすれば良いのか分からない。そんな思いがあったそうです。

 
私は、それでも地区長として活動することを選びました

大切な伝道活動であり、光の天使の仕事と思っていたからです

実は、地区の他の会員さんも、何かしら、家庭の問題を抱えておられました。

しかし、支部でそれは言わない暗黙のルールのようなものがありました。

みんな笑顔で、支部にきていました。

私も含めてそれは仮面でしかなかったのです。

 
家内との喧嘩を心に押し込んで支部に行ったこともあります。

家内との葛藤は、心の底に押し込んで活動していました。

 
ある意味で「幸せな振り」をしている芝居のようなものです。

 
伝道活動では、「K教団は素晴らしい」と伝えないといけません。

ですが、本心で伝えられるわけがありません。

心の闇を抱えたままでしたから、相手に伝わらなかったのです。

ですから当然ですが、本当の意味での感謝も生まれません。

なので、心は殺伐とした砂漠のようになっていきました。

 

特に私は伝道活動が苦手でしたから、伝道のノルマが果たせなくて、余計に心が荒れていきました。

それでも、支部では笑顔で明るく振る舞わなければいけません。

ご生誕祭とか聖夜祭などというイベントの時は、大号令がかかります。

毎日のように支部に行って、活動報告を挙げないといけません。

結果が出ないと、支部長に指導を受けることになります。

なぜお誘いができなかったのか、なぜ献本数が伸びなかったのかなど、それが反省でした。

当然のことですが、自分を振り返る時間も、家族との不仲を解決する時間もありませんでした。

 

こんな生活が、その後私を自分の殻に閉じこもらせる事に拍車をかけたと思います。

私は一年で地区長を辞めさせてもらいました。

自分に限界を感じましたし、それと同時に家族をこれ以上見捨てることが出来ないと感じたのです

 
私が地区長を通して学んだことは、ほとんど何もないと思います。

今でも、あの頃を思い出すと異様な疲労感に襲われます。

そして、幸福の仮面をかぶって、笑顔で支部に顔を出していたことの愚かさを感じます。

夫婦、家庭の幸福を人に諭(さと)しながら、私は決して幸福ではなかった。

これが私の心にK教団への不信感が芽生えるきっかけになりました。