2015年9月5日土曜日

(投稿)「呪縛」からの解放1 -呪縛-



(紹介)
匿名さんが、信仰の裏側に潜む恐怖の問題を取り上げてくれました。K会の会員が、活動に縛られる理由や、洗脳の呪縛が解けにくい理由が理解できる内容となっています。

(投稿)

1.希望と絶望のメッセージ

K会での伝道目的は、「地球ユートピア」という世界平和実現を目指しての救世活動であった。
「この法を日本中に、そして世界中に広げれば、必ず地球ユートピアが実現できる。明るい希望の未来が約束される。」という、極めて明確な「明るい希望に満ちたビジョン」が描かれていた。
ただその一方で、「もし、この法が広がらなければ、この国の、そしてこの星の未来はない」というように、「暗い絶望のビジョン」も同時にイメージさせていた。
大伝道期の時も、「伝道活動が成功すれば天国、失敗すれば地獄」という感じであった。

当時活動していた信者は、「命がけで伝道して、期日内に目標を達成し、この世の中を救いたい。」という理念の裏に、「この伝道が成功しなければ、地球は大きな危機を迎えてしまう。滅んでしまう可能性もある。何とかそれだけは避けたい。」という思いがあった。
「救いたい」という思いの裏に「救われたい」という思いが常に存在していた

2.期待と恐怖による呪縛

OR氏は、「どんなにつらくとも、仏の袈裟衣を決して離してはいけない。袈裟衣を離すということは、仏を疑い、自ら信仰を捨てることをいう。この袈裟衣を離したら最後、その行く先は永遠の闇の世界である。袈裟衣を離さない限り、あなたたちは永遠の命を約束されるのだ。」というような話を講演会で話していたことを思い出す。これがK会のいう「信仰心」の本質でもあると思う。
この言葉を知らない信者はいないであろう。これこそK会信者にとっての「希望」でもあり「自戒」でもあるからだ。

この言葉には「OR氏とつながっていれば自分は救われて天国に行ける。」という「期待」と、「OR氏から離れると地獄に落ちる」という「恐怖」を含んでいる。このことにより、信者は何が何でもOR氏やK会にしがみつこうとするそして「人々を救いたい」という表向きの思いを持ちつつ、心の裏では「救われたい」という思いで満たされる。
しかし、自らの内を見つめることをせず、また「救われたい」という思いを持っていることなど認めることもしたくないから、「信仰心」という言葉でごまかして、恐怖心と戦いながら活動を続けている。
これがK会信者の「信仰心」の実体ではないのだろうか。

このOR氏の言葉は、大いに疑うべき必要がある。信者達もしくは信者であった私たちが無批判で受け入れてきたこの言葉は、本当に真実であるのだろうか。
まず、OR氏自身が救世主ではない。信者がこの袈裟衣を離そうとしないなら、この「偽仏」と一緒に行く先は、まさしく「地獄」でしかない。
また、たとえ一億歩譲って、OR氏が本当に仏であったとしても、本当の仏はこのような言葉を吐くだろうか。
この世界は神仏が創られた世界でもあるから、たとえ仏の袈裟衣を離してしまったとしても、必ず救いの道は残されているはずではないのか。たとえ失敗したとしても、その失敗が次の成功に生かされるように導いてくださるのが神仏の智慧であり慈悲というものではないだろうか。
地獄のサタンであっても、神仏の目からみたら、彼はただ一時的に迷っている状態で、自らの過ちに気づくよう、神仏は温かい眼差しでもって彼を導いてくださっているに違いない。
要は、たとえ袈裟衣を離したとしても、離した者を見捨てることは、神仏は決してなさらないということだ。この世では過ちを犯すことも数多くある。しかし、それ故に、その過ちに気づき立ち直ることで、そこで新たな「智慧」が得られることもある。むしろその智慧の獲得し成長することを神仏は期待しているのではないのだろうか。
ゆえにこのORの言葉は、神仏の言葉とはほど遠いものであると悟ることが必要であると思う。

3.呪縛

「この袈裟衣を離したら最後、その行く先は永遠の闇の世界である。袈裟衣を離さない限り、あなたたちは永遠の命を約束されるのだ。」という言葉は、信者をまさしくK会の「信者」として縛り付ける「鎖」の役目を果たしている。まさしく「呪詛」でもあることに気づかなければならないと思う。
「希望」のうらに隠された「恐怖」
これがK会の「信仰」の本質でもあり、「信仰心」の名の下に信者を縛る「でもある。
後にOR氏は、「恐怖」の預言や中国脅威論など、「恐怖心」を膨大させる手段を取るようになるが、この「恐怖」の原点も、仏の袈裟衣を離したときの「恐怖」にあるのではないかと思う。

K会の間違いに気づき、退会したあとでも、この「恐怖感」がトラウマになって苦しんでいるという信者の方もいると聞いているし、私もその一人である。一度味わった心理的ダメージを癒すのは時間がかかるだろう。
しかしながら、OR氏やK会の「鎖」がまだ心に絡みついていることを悟り、それを丁寧に外していくことが大切なのではないかと思う。

http://tanemura1956.blogspot.jp/2015/09/blog-post_6.html
へ続く


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