2015年8月25日火曜日

(投稿)信仰心と洗脳


 (紹介)
K会(KK教団)の活動に駆り立てられて、不安と恐怖心による伝道から鬱になり、数年前にやっと退会した方が、ご自身の洗脳体験を投稿してくださいました。K会が持つ闇の側面を深く描きだしてくれていると思います。ただ、投稿者の心に封印されてきた苦悩や当時のKKの波動が文章に乗ってきますので、注意してお読みください。

(投稿)
K会との出会いの頃
私がK会に出会ったのは、高校の時だった。
初め、何冊か本を読んだ後に入会申し込みをしたが、6ヶ月待機ということで、すぐには会員になれなかったので、とりあえず誌友会員となった。そのまま2年以上が過ぎたが、読んだ書籍は百冊近くになっていた。
大学の2年の頃、地元にあったK会のA支部に行った。そこでA支部の幹部の方に、K会と出会ってからの経緯を話すと、「何でまだ誌友会員なの? 今は昔ほど会員になる条件が厳しくないから、直ぐに会員になりなさい」と言われて、その場で会員になった。
K会の書籍の内容はとても衝撃的で新鮮だった。書籍を読む度に、新たな価値観を手に入れることができた。本も間髪入れず次々に出版されたので、K会に出会えたことをとても嬉しく感じていた。他の人は持っていない価値観を身につけている、他の人たちより高度な意識を身につけているという、何とも言えない優越感と満足感、そしてこうした機会を与えてくれたK会とOR氏は間違いなく本物で、OR氏は本物の救世主であるに違いない。この方について行けば、間違いなく自分は幸福になれる、そう確信した。救世主であるのだから、この方の発する言葉は100%真実であり、この方の創られたK会のしていることは100%正しい、そう信じた
入会した当時は、書籍を通じた勉学が中心でとても充実していた。このような素晴らしい本を他の人に伝えないのはもったいないと、親しい知人には伝えていたが、伝道という認識にまでには至っていなかった。書籍の中にも、ある時期から伝道という文字がチラチラとで始めていたが、本を読んで満足する程度だったので、あまり意識をしてはいなかった。
両国国技館で講演会が行われるという情報を入手し、そのとき初めて講演会に参加した。それまでOR氏の姿や声を見たり聞いたりすることがなかった。ずいぶん太った人だな。変な声を出す人だな。というのが第一印象だった。話の内容も、あまり印象には残らなかった。講演での最後の方で、伝道することをかなり力説していたが、心にはあまりひびかず、それを聞いて伝道しようとは思わなかった。いい話が聞けたかな、という程度だった。

一斉伝道指令の下で
そのあと、サンライズ90という一斉伝道指令が始まった。伝道しなければと感じたのも、OR氏の話を聞いてではなく、周りの会員の話や、頻繁に行われ出した集いなどであった。個人的には、伝道などしたくなかった。しかし、「世界の主力な宗教は伝道を通じて発展してきた。K会も救世主が創られたもので、これから世界宗教になることが約束されている。私たちは、この教えを広めるために、主と天上界で約束して今集っているのだ。いま、主との約束を果たす時。」そういうことを、講演会や集いで繰り返し、心の中に刷り込まれた。OR氏やK会は本物だと信じ切っていたので、「本当にそうなんだ」と信じていった。OR氏の話す内容やK会の活動に対して疑問を感じることもあったが、自分の悟りが低いからだと、自身に言い聞かせ、なかば無批判にK会の考え方に自身をあわせていった
大学も3年の終盤にさしかかり、卒論が始まる時期でもあった。その頃、東京で学生の集いが研修施設で開催された。私も何か楽しい話が聞けるだろうという軽い気持ちで参加した。集まった学生たちも和気あいあいとしていた。
しかし、始まるや否や空気は一変した。指導したのは、全国青年部長になったばかりの、B氏ともう一人のC氏であった。B氏は坂本龍馬の生まれ変わり、C氏は勝海舟の生まれ変わりということで、これから学生部を率いて盛り立てていくというのが主旨であった。学生たちは、B氏の迫力に圧倒されていた。B氏は、「自分たちこそが幕末維新の獅子となって、この日本を変えて行く。この中には、当時の維新の時の士達であったものが生まれ変わっているものもいる。そして、今、救世主が1億何千万年ぶりに生まれ変わっていることの意味を真剣に考えよ。命を賭しても、この運動に参加しなければならない。」と訴えた。参加した学生たちのあちこちからすすり泣く声が聞こえてきた。集いが終わるころ、参加した学生たちの決意表明が始まった。学生たちは次々に挙手をし、立ち上がり、あるものは涙ながらに自らの決意を訴えた。集いが終わったあとも、「決死隊」をつくるということで、やる気のある学生たちを集めていた。学生たちの雰囲気は、集いが始まる前と終わったあとでは、まるで違っていた。学生たちの目の色がまるで違っていたのがわかった。

焦りと恐怖心の伝道
自分はというと、ややドン引きした状態であった。確かに言っていることはわかるが、それほど熱くはなれなかった。むしろ、なぜ彼らのようになれないのかということを自責した。ここで奮起して熱くなるほど、魂として高い資質があるのではないかと感じた。さほど真剣になれない自分は、彼らより霊的に劣った存在ではないかと感じた。だから、彼らのような心境に近づいて行くことが、自分にとって良い方向なのだと考えた
期を同じくして、地元の地区の青年部長を任された。学生であったからある程度の自由な時間あったということと、適当な人がいなかったからということでなった。そのうち、100万人という異常ともいえる必達目標を言い渡された。青年部も目標必達数字を割り当てられた。その数字を言い渡された時、到底不可能な数字だと感じた。気違いじみていると思った。たぶん周りの会員も同じであったに違いなかった。しかしその言葉は禁句であった。
そしていつのまにか、この活動に参加し、目標を達成することが天使の条件になっていった。多く伝道できたものが魂的にも優れていると、目標を達成するだけの能力を持ったものが、指導者として霊的にも優れた者だという価値観が支配するようになった。
自分はというと、ほとんど実績をあげることができなかった。他の地区の青年部が着実に実績をあげていることに、非常な焦りと強い劣等感を抱くようになっていった。次第に卒論も手に付かなくなって行った。会員の中には、仕事をやめて職員となって活動に埋没する人や、学校を停学もしくは退学して活動に没頭する人も出てきた。むしろ、そうすることが尊いことなのだという雰囲気があった。
また、当然のことながら、この会の流れに疑問をもち、離れて行く人たちもいた。K会では、「このように光が広がる時は、闇の勢力も必死になって妨害してくる。この活動は、闇の勢力との戦いでもあるのだ。今の時期に、この活動に疑問を持ち離れて行くものは、せっかく掴んだ仏の袈裟衣を自ら手放して、闇の勢力に呑み込まれることに他ならない。決してこの手を話してはならない。」つまり、何の疑問も挟まず、救世活動を続けなければならない、といわれていた。
また、ある集いの中で、ある中心幹部が、この活動に参加しない人や、力がなく目標を達成できない人が行くところは、実は無限地獄です、と言うことを聞いた。その時は、恐怖で愕然とした。それなら何としても目標を達成しなければならない。しかし、どう考えても、自分の力では無理だということがわかっていた。でも達成できなければ地獄に落ちる、という恐怖に支配されていた。ただその時は、そうは意識せず、信仰心の弱さと力不足ひたすら自責し、焦り続けてる自分がいるだけだった。

新規入会者の実態
新たに会員となった人のフォローも同時に行った。100万人を達成するために、新たに会員となった人が、さらに別の人たちを伝道して行くという、なかばネズミ算式の会員増加が必要だった。母数を増やさないと、到底目標達成などできはしない。そのためには、伝道された人を支部の集いに誘い、理念を落とし込ませて(信仰心を持たせて)、新たに伝道者として育て上げるということが必要であった。
自分は思想に感銘を受けて入会したので、新たに会員になった人たちも当然この本の内容に感銘を受けて会員になったものと思っていた。伝道とは感動を伝えていくことだと信じていた。このような素晴らしいものであれば、必ず人々に伝わって行く。あとは伝わるスピードだけで、それは伝道活動の熱心さと真剣さに比例して行く、そう信じていた。
しかしそれが妄想であったことを悟ることになった。ある集いの中で、新たに会員となった人達に連絡をとって集いに誘うということで、新規入会者の名簿が渡された。電話を続けているうちに、愕然となった。会員になった人のほとんどが、仕事での付き合いだとか、保険の付き合いだとか、親類などのつきあいでなど、仕方なく入った方ばかりであった。掛ける人かける人が、内容もよくわからず、仕方なく付き合いで入ったという人たちであった。一体自分のしていることはなんであろうか。これで会員を集めて何の意味があるのだろうか。数さえ集めればいいのか。という疑問がわいてきた。しかし、そういう内なる叫びを押し殺すようにして、伝道活動を続けて行った。

不安と恐怖心から鬱へ
私自身も、度重なる集いや伝道の伝達や活動で、しだいに鬱状態になっていった。大学内や家の近くでも伝道活動を行ったりしたが、それがうまく行くことはなく、ほとんどが自分を苦しめる結果となった。
そのうち、肩の部分に重さを感じ、悪霊が取り付いているのではないかという異常な不安と恐怖心を感じるようになった。伝道活動をすると、体に光が入って身体が軽くなったような気持ちになり、一瞬は気が楽になるが、直ぐに元に戻った。もはや、救世活動という気持ちではなく、不安と恐怖に動かされているという感じだったが、当時はそれを信仰心と思っていた。体重も減っていき、ご飯も喉を通らず、食べても戻してしまうこともあった。頬もこけ、異常な状態に見えたようだ。
同じ地区に、一緒に活動していた女性会員にいろいろと相談をすることもあった。その女性に、今の大学を辞めて活動に専念したいと話したところ、その女性は怒って、その当時の支部青年部長に、「彼にとって大切なのは学業で、活動ではない」と強く抗議をしたこともあった。そうしたこともあって、私自身の状態と処遇については支部の中でも問題になっていたようであった。
そうした中、ある時、A支部で、集いにK会の中心幹部であるD氏がくることになった。私もその集いに参加したのだが、集いが終わったあと、D氏に何とかしてくれと誰かがお願いしたらしく、私の腕を引っ張って、無理やりD氏の前に連れていかれそうになった。ものすごくイヤだったので、必死に抵抗したが、結局、皆がいる前でD氏の前に正座させられた。
D氏は、私をみるや否や、とてもイヤな表情と仕草をしたが、何とかおねがいしますという周りの会員が強くお願いしたため、仕方なく対応し始めた。
私は、おもむろに、「信仰とは何ですか?」という問いを投げかけた。信仰というものがなんであるかわからなくなっていた。
D氏は、こう続けた。
「あなたには兄弟がいるのか。彼はあなたが狂ってしまったと感じている。あなたの両親もあなたのことをとても心配しているのが見える。あなたの今の状態は、不安に怯えていて、体の周りがとても真っ黒になっている。あなたの本来しなければならないことは、この教えを実践して、この教えを実践するとこんなに幸福になるのかということを、法を実践することによって示して行くことなんだ。実践を通して、方の素晴らしさを伝えて行くことだ。いまのままだと、あなたは潰れてしまう。今の活動を続けてはならない。今の役職や活動はやめなさい。そして、本来のあなたのやるべきことをやりなさい。」
こうして、これを期に一旦活動から身を引いた。
解放感で精神的にかなり楽になった。体重も徐々に戻りつつあり、体調も回復してきたが、心には、挫折感という深い傷が残った。
D氏の言ったことは自分にとってはかなりの説得力があるものだった。しかしながら私の状態は、当時OR氏が言っていたK会の教えを実践した結果であり、その当時の教えの実践は、「伝道、伝道、また伝道」であった。「伝道即学習、学習即伝道」であり、結果的には教えを実践した結果、苦しみが生まれた。D氏は書籍に説かれていることを実践せよという意味で言ったと思うが、今までOR氏が説いていた内容がすべて「伝道」という2文字に結び付けられていったから、結局は「伝道活動」が「法の実践」ということになってしまう。要は、伝道伝道と大合唱する前の、学習を主体とした状態に戻れということであろうと理解し、伝道活動から一時期離れていた。
その後、活動に参加したりしなかったりを繰り返すうち、徐々に膨らんでいった疑問が決定的となり、数年前に退会届を提出した。大切にしていた経文や本尊も迷うことなくゴミ箱に捨てた。捨てたことに何のためらいもなかった。所詮この程度の価値しかなかった、いやこんなものに価値などなかったのだ。

信仰心とは何なのか
今にして考えてみれば、K会から教えられた信仰心というものは、本当の意味で「信仰心」であったといえるのであろうか。K会において獲得した「信仰心」たるものは、自らのうちから湧き上ったものではない。ORによって、またK会によって押し付けれられた形で「植え付けられた」ものであったことが、今だからこそ認識できる。
この「信仰心」のおかげで、多くの友を失った。多くの人の信用を失った。多くのお金を失った。しかし「信仰心」は多くの犠牲を伴うといわれていた。その代り得るものは大きいと。しかし得られたものは何ひとつなかった。唯一得られたものは、心に刺さった深い傷と、苦しみだけだった・・・。
伝道活動をさなかにも、自分の心の中には、数々の葛藤があった。教えの内容や伝道に対する数々の矛盾を感じることもあった。しかしこれを信仰心に背くものとして、必死に押し殺してきた。真理を疑うことは正しい信仰に反すること、と教えられてきたからだ。教義を疑うこと、真理を疑うこと、「神」が創った団体を疑うことは、正しい信仰に反することであるからだ。それは「真理」が悪いからではなく、自分自身が悪いからだ、と。この「真理」を受け入れないのは、この「真理」が悪いわけではない。「真理」こそ絶対だ。悪いのは、「真理」を受け入れない側にあるのだ、と。その結果、さまざまな苦しみを受け、反作用を引き起こし、心の傷だけが残った。
当時、伝道活動の成果が上がらなかったのも、自分の力がなかったのではなく、心の中にブレーキがあったからだ。ブレーキをかけながらアクセルを踏んでいたようなものだ。これが本当に人々を幸福にする活動と心底思っていなかった。ただ恐怖心が活動の原動力となっていて、それを「信仰心」だと勘違いしていた。いや、それも恐怖心ゆえに自ら認めることができなかっただけだ。認めると、自分のしていることが全く無駄になってしまう。それを認めることも怖かった。そうした己心の魔もあった。
当時を思えば、自らの心に素直になり、自らの心の叫びに耳を傾けるべきだったと思う。心はこう叫んでいた。「これはおかしい。不安と恐怖を抱かせるのは信仰などではない。こんな苦しい思いをするのは間違っている。」と。
K会でいう「信仰心」とは、要するに、「信仰心」を巧みに利用した「洗脳」に過ぎなかったということだ。洗脳というものは、実際に自分が洗脳されているということは、なかなか気づくのが難しい。いや、K会から離れて数年が経つが、K会のいう「信仰心」が実は「洗脳」のツールの1つであったということが実感できたのは最近のことだ。それまでK会の「洗脳」から完全に抜けきれなかったということになる。それだけK会の「洗脳」は強力だったということであろう。
「信仰心」が傷つくことは、魂の奥深くまでダメージを受けることになる。実はまだ、「信仰」対する恐怖心、自分に対する自信の欠如や不信感というものが拭いきれず、未だに自身の「魂」は苦しみ続けている。この傷を癒すには、K会から植え付けられた、誤った「信仰心」に対する価値観を払拭しなければならない。

昔の自分に言いたいこと
当時の自分が目の前にいるならば、次のような言葉を伝えたい。

あなたが教えられた信仰心は、真の信仰心ではない。
信仰心の名を借りた強迫観念にしかすぎない
あなたの心は、不安と恐怖で満ちていたであろう。
ORは、信者に信仰心を強要した。自分自身を信仰するようにと。
信仰心とは、強制されて持つものではない。
また、あなたは、活動に参加させるために、相手に理念を落として、信仰心を持たせ、または高めさせようとした。そうすることが伝道活動の一環としてあったからだ。それは、本当に信仰心であったのか。
K会で言われてきた信仰心とは、本当に信仰心であったのであろうか。
信仰心とは、確信に満ちたもの。自らの内から湧き出でてくるもの。
人々は信仰心によって強くなる。幸福感に満たされる。
そうでないものは、決して信仰心とはいえない。
あなたは、誤った信仰心を植え付けられたのだ。
そして、その誤った信仰心によって苦しみ続けている。
その誤った信仰心を手放せないことは、無明であり、己心の魔でもある。
地獄に落ちるかもしれないという恐怖感がその正体であったことに気づいて欲しい。
それが真の信仰心といえるであろうか。
心の内なる声によくよく耳を傾け、自分を信じる心を大切にして欲しい。

それがあなたを救う唯一の道でもあるのだから。

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