2014年11月21日金曜日

洗脳からの回復のために(2)自己を縛るもの



①洗脳の霊的背景

洗脳(マインド・コントロール)は、実は心が縛られ自分で自由に考えられなくさせられています。つまり「自分の頭で考えることができなくなる」のです。自己が縛られた状態と言ってもよいでしょう。
 
K会の元信者のなかには、こういう経験をした人がいます。

「自分で考えようとすると透明のロープのようなもので胴体をクルクルッと巻かれ、キュッと締め付けられる感じがしました。その時に不安感や恐怖感に襲われる事が何度もありました。」

この方は、K会の教祖から初期の頃、あるカルトの教祖夫妻には大蛇が取り付いていて信者を縛っているというような話を聞いた覚えがあるため、そのたとえを思い出したそうです。つまり、教祖に憑いている蛇のような霊的存在に、自分が縛られて身動きできなくされ、非常な恐怖心を感じていると、そう感じたのです。

 
この方の感じたイメージで大切なことは、自分の頭で考えようとする」と、その時に透明なロープのようなもので身体が締め上げられて、自由に考えることができなくなるというところです。しかも、その時に、不安恐怖心を感じているということです。
 

②思考停止

 
K会に入っている時に、私もK会の教えを疑ったり、教祖に疑問を持つことが怖くてできませんでした。教祖の意思に反することは、悪魔のささやきを聴くことであると信じていたので、思考停止するのです。同時に不安恐怖心が起きるので、そこから先へは進めないのです。ですから、この方の経験はよく理解できます。

 
職員の中には、他の幹部職員のことは、堂々と批判する方がいらっしゃいました。この方は理事長や局長が出した方針であっても、おかしいものはおかしいと、はっきりと言う方でした。

私などは教祖が高い立場を与えた幹部職員に対しては、批判をすることすらはばかられるという気持ちが強かったので、堂々と批判できる方を見ると、勇気があるな、太っ腹な人だなと感心したものです。

ところがその人が、教祖の問題行動となると、とたんに口が堅くなったので、大変印象に残っています。「教祖まで批判したら終わりだ。私はこの話から降りさせてもらう。」と言っていたのを覚えています。

その幹部職員は、教祖のある問題行動への激しいクレームについて被害者の親族から話も聞いて知っていました。しかし、対教祖となると、一切の自分の意見が言えなくなるようでした。

見ざる、言わざる、聞かざる・・・。それこそまるで、眼に見えないロープで縛られて、金縛りにあったかのように。

 
③不安と恐怖を取りさる言葉が必要
 

K会を信仰している信者の方は、ほとんどがこういう経験をしていると思います。彼らが金太郎あめのようにどこを切っても同じような意見を言うのには、理由があるのです。自分の頭で考えだすと、自動的に思考と身体が縛られて、不安と恐怖心で硬直するからです。

それが洗脳に伴う霊的な現象であるかどうかは、自由な考えをしようとしたときに、不安と恐怖心を感じているかどうかを調べるとよくわかると思います。

不安や恐怖心を感じ「自分の考え」をもつことができなくなった状態、それは教祖から発した洗脳のロープに巻き付かれている状態なのです。

こうなると信者はグレイ(レプタリアン型宇宙人等が使うサイボーグ)化していくのではないでしょうか。もしかしたら、頭の中に目に見えないチップが埋め込まれて、K会の方針から逸脱できなくなる。そんな人もいるのかもしれません。(『グレイの正体に迫る』大川隆法著参照)
 

ですから、こういう状態の方に対しては、単なる正論をぶつけるだけでは効果はないと思います。かえって反発されるだけです。それよりも、この方が不安や恐怖に縛られていることを見抜いて、自分の頭で考えも大丈夫だということを伝えて安心させてあげる必要があるのです。

「大丈夫ですよ。K会の信仰から離れても、決して不幸にはなりません。むしろみなさん幸せになったと言って喜ばれています。」

K会の信仰のロープを放すということは、K会の奴隷状態から解放されることです。縛りを解くことです。縛りを解けば自由になります。幸せになります」

「恐怖することは何も起こりません。恐怖の縛りから自由になるので、本当の自分を取り戻せるのですよ。」

そうした言葉が必要です。

 
宗教的に表現すれば、「眼に見えないロープで縛られる」というのは、K会を支援する宗教霊に取りつかれて自分の心が奪われていくことを意味しています。この宗教霊たちは人間が「自由意思で考える」ことを嫌います。家畜化していく、別の言い方ではグレー化していくことを望んでいるように見えます。

K会に疑問を持ち、批判的な意見を持った時に不安や恐怖心が湧いたら、そこにK会の宗教霊の作用があるのではないかと、そう見抜いてください。見抜くことで、その縛りは確実に弱くなっていきます。

 
最後に、朗報をお伝えします。目に見えないロープで縛られるイメージをしばしば感じて不安と恐怖心をもっていた方は、退会を決意した途端に、こうしたおかしな霊現象が消えたそうです。

退会され、束縛からの自由を得て、自分自身の人生を取り戻される方が増えることを、心から願っています。

2014年11月10日月曜日

洗脳からの回復のために――怒りと色情と怠惰






 1.怒りに染まりやすいK会

 
K会の洗脳からの回復のためには、K会の教祖が持っている煩悩の影響を、一つ一つ自分の心の中に発見して、それと向き合い、克服してゆく必要があります。

 
K会で怒りが集合的に生まれた最初は、ある写真週刊誌に教祖の記事が載り、それを機にK会へのパッシングが一気に噴き出した時でした。私はK会に勤務しながらも、その記事についての判断をする基準も知識もありませんでした。最初のうちは、ほとんどの会員が戸惑い静観していたと思います。

しかし、教祖が怒りの声を発し、教団をあげての反撃が始まりました。記事のどこがどう事実に反するのかという説明はなく、ただただ聖なるもの(聖霊)を傷つけ冒涜することは許さないという趣旨で、抗議を行ったと思います。

私も出版社に抗議の電話を何本もしましたが、「記事のどこがどう悪いのか」と出版社の人から聞かれても答えようがなく、ただただ「許せない、宗教への弾圧だ」と主張するだけでした。写真週刊誌の記事も悪霊が憑くと言われて怖れていたので、ざっと読んだだけで、詳しくは読んでいなかったのです。

この時期に、敵への怒りを持つことは、まったく問題ではなく、怒りの声をあげることが正しい行為であり、K会の大多数が阿修羅状態であったと思います。

 
邪教への折伏路線(邪教批判)の時も、怒りの波動を強く発していたと思います。特に対S会への言論による攻撃では、少なくとも多くの職員が阿修羅波動に染まっていったと思います。私は言論戦の最前線に立ちましたので、どのぐらい阿修羅波動に染まったかは、実感があります。いつどういう形でS会から反撃されるか、戦々恐々とする一方で、恐怖心の裏返しで怒り、戦闘波動が非常に強くありました。もっとも、中枢にいた職員と一般信者では温度差が相当にあったとは思います。
 

ところが、政治に取り組み出してからは、一般信者にも怒りの波動、恐怖心による行動は広がっていきました。中国の侵略を恐れ、反体制力への怒りを強く持ち、悪口がうまくなっていきます。政治では政敵への悪口は日常的になるからです。同時に、政治のことも学ぶことで、信者は今まで以上に上から目線となり、家族友人からのひんしゅくを買うようになっていきました。
 

それ以外には内部的な法敵との戦いが、阿修羅波動を強化しました。一番大きいのは前夫人の離婚問題と週刊誌問題が出たときです。教祖防衛・組織防衛ために仏宝護持研修と称して、前夫人の守護霊と称するユダなどに扮する教祖が、妻への悪口雑言を言い続けました。それを聞いて信じた信者は、強い怒りを持ちました。悪妻封印祈願という呪詛の祈願を、各支部で研修参加者全員がおこないましたので、それはすさまじい攻撃波動であったと思います。
 

こうしてみると、教団全体が阿修羅化する状態が、断続的に生じていたことが分かります。K会は非常に阿修羅波動が強い教団なのです。その淵源は、もちろん教祖の怒りです。怒りはその裏側に恐怖心を内包しています。教祖は非常に恐怖心が強い人です。それゆえに、その裏返しとして攻撃的な激しい言動が出てくるのです。

 
2.怒り・色情・怠惰の連鎖

 
怒りの波動が強く出て阿修羅的な心が支配的になればなるほど、そのストレスから癒しを求め、色情波動が大変出やすくなります。一例をあげると、軍隊は戦闘を行うので、猛烈なストレスさらされます。軍人のストレスを癒すための女性たちが、昔から数多くいたことは知られていることです。また経営者も一種の戦いであるのでストレスにさらされ、異性への欲求が出やすいとされています。明治維新の志士たちも、命の危機を常に感じて行動していたことが、芸者との関係を必要とした一因ではないかと想像します。

 
善悪は別にして、阿修羅波動はそのストレスから、色情波動を呼び込みやすいということは、心理的に見て事実だと思います。色情波動が出ると、結果的に肉体エネルギーの消耗を伴います。また、煩悩に悩まされると、精神の集中、精神の統一が困難になります。そうした要因が重なると、生産的な精神活動ができなくなり、怠惰な状態が生じてきます。

霊的に見ると阿修羅霊や色情霊ののりうつりの結果、霊的なエネルギーを奪われて、ゆえに倦怠感に襲われ、怠惰になるという流れがあると思います。

 
私がK会にいたころ、職員の中にいわゆる色情問題を婦人部の方との間でおこす人が少なからずいることを知りました。仏教路線が敷かれ「戒」を学び出した頃は、そうした人々の何人かは、本人の自覚に訴えてお辞めいただいたこともあり、自分から去っていかれたこともありました。

 
しかし、阿修羅波動と色情の関係を考えると、K会で色情にまつわる問題が多発することは、十分理解ができることです。

教祖自身にまつわるその種の噂も数多くありますが、私が直接間接に関係者から聞いた話も数件あります。真偽のほどは、当事者にしかわからない問題ですが、火のないところに煙は立たないといいます。

一般の職員や会員が、現実にそうした異性関係に巻き込まれるかどうかは個人差が多いと思います。しかし、K会の行動原理には怒り・阿修羅の要素が根深く入っているので、怒りと色情、さらには怠惰という煩悩の連鎖が生まれやすくなり、会員はそうした煩悩にさらされやすくなります。

その際には、K会の煩悩の影響を受けた自分の心と向き合い、ありのままの自分と対決し、自分を変えてゆくことが必要です。K会の洗脳からの心の回復作業には、こうした努力も必要であると思います。

 

 

2014年11月1日土曜日

霊言集による心理操作を点検する



 1.恐怖心を植え込む霊言

K会において特徴的なのは、恐怖心罪悪感、特定の霊人へのなりすまし演技を巧みに活用することで、会員を活動に駆り立て、また会員が離れていくことを防いでいることです。これらはカルトの一般的特徴であり、なにもK会に限るものではないのかもしれませんが、教祖であるOR氏の霊能力を信じている人間には、非常に大きな効果があり、深い洗脳をもたらします。

 「恐怖心の活用」という点で、私が最も印象深かった本は『人類に未来はあるのか 黙示録のヨハネ&モーセの予言』という霊言集です。この本が発刊されたのは201010月ですので、2009年の総選挙における敗北、2010年の参院選における敗北と続き、教祖への信頼が大きく揺らいでいた時期に発刊された本です。

 当時熱烈信者であった私は、当時はこれが本物の「黙示録のヨハネ」の言葉だと信じていたので、K会を世界に広げなければ地球の未来はないと信じ込み、真っ青になった記憶があります。そのために、通常の布教誌配布活動以外に自ら進んで街頭演説などを行いK会の政治理念の宣伝をしたりしました。その動機は、切迫した恐怖心と罪悪感でした。

 実はこの本が出る以前から、各種霊言で今にも中国や北朝鮮に日本が侵略されて、その植民地になるという闇黒の未来を教え込まれていて、それが選挙活動の動機にもなっていたのです。ところが選挙にことごとく敗北し、会員が疑念を持ち出していたときに、このままでは地球は宇宙人に侵略され、悪質宇宙人の植民地になり、地球の神々も地球から追放されるという予言を出したのです。これにより、猛烈な会員の危機感をあおり、退会者の引き留め、活動の引き締めを図ったのでした。

 
2.霊言の活用法

 ところで、OR氏は「霊言」を非常にご都合主義的に使っています。K会の建前では、霊言はあくまで個性を持った霊人の言葉なので、OR氏の意見とは一致しなくてもかまわず、その意味でOR氏は発言の責任を免れています。

本物の霊言かというと、私は絶対に違うと確信しています。これは私の悪口を書いた『舎利弗の真実に迫る』を徹底的に検証して確認したことです。OR氏は「舎利弗」や「種村守護霊」と称して下手な演技をし、実際には自分が言いたいことを語っています。

OR氏は「霊言」の演出をして、それをDVDや本で会員に学習させることで、自分の責任を回避しつつ、「主の今の考えはここにある」と思いこませ、それによって会員を動かしてゆきます。今までの教えや方針が都合が悪くなれば、別の「霊人」を演出して、そこで別のことを言わせます。その結果、自動的に前言を修正できるという仕掛けになっています。極めてご都合主義です。
 

 ところで、『人類に未来はあるのか 黙示録のヨハネ&モーセの予言』には印象深いくだりがあります。

本来、霊言集の内容に関する責任は著者に発生しますが、今回に限り、『内容に責任を持たない』ということを、あらかじめ私のほうから申し上げておきます。『あくまでも霊人の意見であり、著者および幸福の科学は、一切、その内容や結論に責任を持たない』という前提で語ってもらうことにします。」(p14

 私が注目したいのは、「本来、霊言集の内容に関する責任は著者に発生します」という部分です。霊言であっても、この本以外の霊言ものは、OR氏が責任をとると言っているのです。これは霊言におけるOR氏の責任問題を考えるうえで重要ですので、記憶にとどめておいてほしいと思います。

 それにしてもずるい言い方です。「あくまでも霊人の意見であり、著者および幸福の科学は、一切、その内容や結論に責任を持たない」なら、そんな本は出すべきではありません。あらかじめ責任逃れの言葉を語った上で、思いっきり恐怖の予言を、「黙示録のヨハネ」になりすましたOR氏が語るのです。

それを聞いて震え上がった会員(当時の私のことですが)は、一切の疑念を捨て活動に駆り立てられていきました。

 
3.失敗は全部弟子の責任だ
 

 この霊言で言っていることは、日本も地球も、もはや滅びるしかないという絶望の未来像です。恐怖の予言をいくつか紹介します。

・日本はやがて中国や北朝鮮の植民地になり、日本人は「皆殺し」になり、日本は地球上から消える。

・天変地異と戦争で人類は十億人にまで激減する。

・五十年、百年先には、中国、インド、ロシア、アメリカのうち、一か国しか生き残れない。

・地球自体が人類を滅ぼそうとしているので、宇宙人が救いの手を差し伸べても、滅びは止められない。「人類の未来は悲惨だ」

22世紀の地球に住んでいるのは宇宙人であり、人類ではない。

・「『新しい文明』に帰依する者は残り、帰依しなかった者は、宇宙をさまよえる民となるであろう。『宇宙遊民となる』ということだ。地球上には、もはや転生することはできなくなり、魂として宇宙をさまようことになるだろう。・・・そういう時代が五億年ぐらい続くことは、よくあることなのだ。」(p44

 これはK会を受け入れなかった世間に対する、OR氏の呪い、呪詛の言葉の羅列です。OR氏はどうやら自分の思い通りにならないと、「相手を滅ぼして不幸にしてやる」という深層心理を持っているようです。 

 ところで、いま読み返してみて思うのですが、この霊言でOR氏がもっとも言いたかったのは、「失敗の責任は全部無能な弟子にあり、自分にはない」ということではないでしょうか。 

黙示録のヨハネ「あなたがたの主も敗れたのだ。あまりにも無能な弟子の集団を背負ったために敗れてしまった。この無能な弟子の能力が百倍はなければ、目標を達成することはできなかっただろう。弟子は、足を引っ張っただけで、何ら力にはならなかった。残念だったな。・・・残念だが、『弟子の力は蟻のような力でしかなかった』ということだ。」(p37

  これは要するに、教祖の責任転嫁の論理でしかないのですが、熱烈信者であった当時の私は、これをそのまま受け止めたために、罪悪感の虜となりました。

弟子に恐怖心と罪悪感を抱かせて、弟子を自由に支配してゆくというのが、OR氏の信者操縦法です。選挙での敗北も、全部弟子の責任ということになり、教祖の指導者責任は免除されるのです。そして罪悪感によって、ますますOR氏の指示に忠実に従おうとする熱烈信者にはまっていくのです。

 このように、恐怖罪悪感、そして「霊言演出」で会員を縛って支配するという手法がとられているので、中核にいる会員は心が完全にOR氏によって心が縛られ、活動は先鋭化してゆきます。

 こうしたK会の人心支配から自由になる、仏教用語でいえば「解脱する」には、まず「霊言」がOR氏の演出であり、恐怖心と罪悪感で会員を縛り付け、操縦しているというORの実態を見抜くことが重要です。特に罪悪感については、教祖の責任逃れのために罪悪感を弟子に押し付けているということをしっかりと理解することが必要です。

 皮肉なことに、恐怖心で人を縛り付け活動に駆り立てることは、これは「邪教」の証拠であると、OR氏は初期のころ説いていました。K会は邪教の手法を取り入れたカルトです。恐怖と罪悪感は会員を縛り付け活動に駆り立てる道具であり、人心操縦術に他ならないと見抜くことです。OR氏は嘘つきの詐欺師に過ぎないことを見抜くことです。そういう冷静な目を持つことがまず必要だと思います。

 
4.指導者責任を問おう

 
 指導者の責任を一切問わず、全部の責任を弟子に押し付けて、弟子を罪悪感で縛るというのは、致命的に間違った論理です。

それほどダメな弟子を集めたのであれば、その職員を使用し、幹部や職員として使ってきた指導者(OR氏)は、無能で人を見る目がなかったということになります。さらに、そうして集めた職員も、信者も、育てることができなかったと言っているのと同じことです。

野球でも軍隊でも、優秀な指導者がいれば、その集団は優秀な仕事をします。指揮官・指導者が駄目なところは、どれほど部下に優秀な人材がいても、その人材を活用できず敗北します。結局は、指導者一人の責任なのです。OR氏が霊人になりすまして弟子や信者をだめだ、無能だったということは、結局、自分が駄目で無能で、人を見る目がなく、教育できなく、正しい指揮が取れなかったと言っているのと同じことです。愚かです。

精舎でも、公案と称して箇条書きの方針を示して、時に簡単なコメントを書くだけで、後は全部弟子に指導ソフトを作らせています。心の問題は、マンツーマンの細かな指導がないと、本物の指導者は育たないのですが、OR氏にはそういう指導ができません。自ら心の修行ができておらず、その為に指導力がないからです。その最大の証拠は、前妻との離婚問題です。指導力、教育力ゼロ(実はマイナス)です。

本だけは読むので、弟子にも本読みが増えますが、所詮知識に過ぎません。教育する力がないので、弟子が育たないのであり、それすら弟子のせいにして恥じないのがこの指導者です。自己責任を説きながら、自分の責任だけは免除するという教えの実態の空虚さに、気がつくべきです。それが洗脳解除の力となります。