2014年1月31日金曜日

(投稿)種村さんがK会内で悪魔呼ばわりされて

(読者の方から投稿をいただきました。会に留まるか退会するかを迷っている方には、特に参考になると思います。)
種村さんがK会内で悪魔呼ばわりされて、大変ショックを受けた者です。

幸福の科学の教えを誰よりも学ばれている方であったと思うからです。そして、この教えを学んでも簡単に転落してしまうのであれば、この教えそのものに大きな問題があるのではと考えてしまいました。

さらに、その前には仏法護持研修がありました。

大川総裁が離婚の正当性を信者に押し付ける大変不愉快な研修でした。

それを思い出すと、そもそも教えを説いた教祖自身がご自分の奥様を守ることが出来なかったことを公にして平気であることにも驚いたのでした。

この事は、この教えを説いている人ですら最愛の妻を守れないということを認めたようなものではないでしょうか。

つまり種村さんが幸福の科学側が言っている悪魔になったとかいうのは、この仏法護持研修と同じで、欠席裁判の上で、この教祖の説く教えに大きな欠陥があり、教団側にとっての都合良い言い分を信者に一方的に伝えただけなのでしょう。

仏法護持研修で多くの人たちが会から去りました。

そして、私も種村さんが除名されたことを知ってから会を去りました。

私から見たら元の奥様を除いたら一番弟子のように思っていた方ですら、この大川総裁は救うことが出来ないからです。教え導くことが出来ないのです

私など末端の信者ですから、もっと救われないだろうと思いました。

ですから、こんな偽りの教祖の教えを学び続けても何の意味も無いだろうと思いました。

さらに言わせてもらえれば大川総裁自身、ご自分を救えないのではないでしょうか?

ベテランの信者でドップリ幸福の科学に染まっている知人は、これらの事実に目を背けています。そして私は根本仏とつながっているからと言って真実を見ようとしません。

このような態度は大変卑怯な態度ではないでしょうか。

欠席裁判をして元の奥様を誹ることをしても平気でいられる大川総裁の影響を受けている以上は、仕方ないことかもしれません。

しかし、私は、そんな卑怯者になりたくないので退会しました。

口先で立派なことを並べられても、その行いにおいて、真逆な大川総裁をこれ以上信じることは自分を裏切ることになるとも思いました

幸福の科学では、「人は皆、神仏の子」と教えられましたが、大川総裁や教団が行っていることは神仏の子を傷つける行いで、それは、神仏を傷つける行いではないでしょうか?

私はそんな愚かなことをする人たちと同じ人種にはなりたくないので退会しました。

まだ居残っている信者の皆さんが勇気を持って真実を見つめ、ご自分の良心に従って行動が出来るように祈っております。

 

2014年1月30日木曜日

布施返還訴訟のために情報を交換しませんか?


最近ある方から、ある元支部婦人部長の方を中心に複数の方が、幸福の科学に対して布施返還訴訟を起こされたらしいというお話を伺いました。

すでに幸福の科学を相手取った布施返還訴訟が昨年から行われていますが、そこで蓄積された裁判上のノウハウや情報は、きっと新たな訴訟の役に立つものと思います。

この布施返還訴訟を担当されている弁護士の先生と情報交換をできる場を持っていただくことは十分可能です。

私宛にご連絡をいただければ、きっとお役に立てると思います。ご連絡をお待ちしております。

<連絡先>種村修090-8051-8198

     メールアドレス:tanemura1956@gmail.com


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2014年1月29日水曜日

(投稿)裁判官はおバカの集団か?

(名誉棄損訴訟の判決文を読まれた一般人の方から、投稿をいただきました。寸鉄胸を刺す内容です。


種村氏の名誉毀損訴訟の記事をブログで読みました。
裁判官はおバカの集団か?

そもそも名誉毀損で訴えたことの意味がわかっていない。
何故なら、この本を読んだ一般人は内容を信じないとして脚下しているが、内容を信じない一般人はこんな低俗な内容の本をお金を払ってまで買っては読まない。
買って読んだ人は信じるから買って読んだのである。
だから本の購買数の人数分は信じた人がいることになる。
その数が幾らからなら名誉毀損になるのかどうかは私は知らないが

この論理から言うと私が霊言と称して本を書き、裁判官をいかに誹謗中傷しても、裁判官の名前を出したとしても読む人は信じないから名誉毀損にはならないことになる。

何故なら私の本の内容を信じる人がいないから、ということだから。

名誉毀損が成り立たない本であるならば、訴訟が起こされた以上、誰も信じない迷惑本だということを世間に知らしめるべきである。

それをしないでただ信じる人がいないから却下、では片手落ちではないかと私は思う。それでは社会に害をなすものを野放しにするということで裁判の意味はなさないのではあるまいか?



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2014年1月27日月曜日

(投稿)種村ブログをみて魔が忍び寄ると教えられている人々へ

(ある読者から投稿をいただきました。大川隆法氏の人物評として大変興味深い内容ですので、是非ご覧ください。)

1.映画「仏陀再誕」と比較検証する
 
種村さんは初期からの信者であり職員でした。その方が、ご自分の良心に照らして不実と思われたことを、教祖である大川隆法に伝えました。

それも私信で。それが何故か、公になってしまい種村さんは除名になりました。

さて、この流れをよく考えてみると「おかしい」と思えるのですね。


それでは何がおかしいのかと考えてみます。

幸福の科学の映画で「仏陀再誕」というのがありました。そこで救世主である空野太陽先生は、どのような行動をされたでしょうか?

救いを求める人のところに自ら足を運び救済をされていました。

そこで自ら癒しを行われていました。さらには野球場で邪教の教祖とも対決をして人々を守られました。

さて、この映画は大川隆法監修となっています。つまりここに登場する価値観は大川隆法も認めている価値観と言って良いのでしょうね

空野太陽先生は、救いを求める人を拒絶したりしませんでした。さらに悪霊にとりつかれたヒロインの弟である天河瞬太を自ら救済されました。

さて、大川隆法に戻ります。一般信者からみると高弟であり、智慧第一とも会内で評価された種村さんが心の底から苦しんで悩み、その結果として、真心をもって大川隆法に対して、私信を送りました。

その内容は凄すぎるので割愛しますが、仮に種村さんが悪魔や悪霊に憑依されていて手紙を出したとして救済されたのでしょうか?

空野太陽先生が行われたような救済が行われたのでしょうか?

現実の結果は「除名」でした。


救世主であり自ら国師とも名乗る大川隆法は高弟である種村さんを見捨てたのです。空野太陽先生のように救済をすることはしませんでした。


2.荒井東作とそっくりだ


映画をみた信者の皆さんならお気づきのはずです。荒井東作のほうが、現在の大川隆法にそっくりだということを。

荒井東作は宗教「操念会」の会長で46才。強い霊能力の持ち主。権力と恐怖でのみ人々を支配できると考えている。その支配欲から実は覚念の霊にとり憑かれており、念力を使い社会混乱を巻き起こしそれに乗じて征服を企んでいました。

大川隆法が荒井東作のような霊能力があるとは思えませんし、さらにいえば、空野太陽先生のような救済力など有りはしないことは、大川隆法自らその行動において

示してしまいましたね。あるのは荒井東作の考えと似ていて権力欲ですね。

国師と名乗ったり救世主と言ったり、ワールドティーチャーと自称しています。

ここに自らの権威を求めて止まない姿があります。

国師という称号は高僧に対して皇帝朝廷)から贈られる諡号1つであり、特に皇帝の師への尊称です。大川隆法が、国師の意味を分かって国師と称しているのは分かりませんが、高僧とは認められていないのは確かですね。

そして恐怖で人々を支配しようとしていることです。

昨年の大川隆法の霊言では天照大神の神示と称して、信仰心の無い国民はいらないような発言をしていたと思います。さらに天変地異が起きると信者を脅かしていました。そして救国植福を集めました。

そして、霊言と称した書籍を出版させて社会に混乱を起こしています。(とはいえ

社会的に何の影響も与えていないのも事実のようですが。)

生きている人に何の承諾もなく勝手にその人の知名度を使って霊言を行い、書籍にしています。迷惑行為を行っていますね。

さらに種村さんの心の苦しみを癒すどころから「除名」ですからね。逆らうものは

許さないという態度です。

これでは荒井東作そのものではないですか!

 
映画における価値観と現実の大川隆法の価値観の矛盾のおかしさをどうのように考えたら良いのでしょうか?

幸福の科学を真面目に学ばれたら、この矛盾にすぐにおかしいと思えるのではないでしょうか?

種村ブログを見ると魔が忍び寄ると言う人たちこそ、実は、己が魔の手先になっていることを明らかにされてしまうので、そのようなことを言うのでしょうね。

大川隆法は空野太陽先生のようになりたいとは思っていないことも証明されてしまいますし、荒井東作と同じ心の持ち主であることがバレしまうことも嫌なのでしょうね。

私には種村さんが海原勇気のように思えてなりません。

ここのブログを見ると魔が忍び寄ると言われている皆さん、もう一度映画「仏陀再誕」を見直してください。



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2014年1月17日金曜日

(投稿)退会して気がついたこと



K会の退会者さんから大変興味深い投稿をいただきました。誰しも思い当たることがあるのではないかと思います。)


1.信者になると記憶力が低下する

幸福の科学に入信していた時に気がついたことがあります。

それは記憶力が低下していたということです。

入信する前であれば、話の流れをしっかり覚えていたのに、幸福の科学に入信して、10年もすると話の流れや要点が記憶に残らないことがありました。

これはしばしば起きた現象です。

自分がおかしくなったのかなとも考えましたが、その他の点ではおかしくなっていませでした。しかし、幸福の科学に入信したこと自体がおかしなことと言われると、その通りなのですが。)

さて、退会して数年が経ったのですが、最近は記憶力が戻ってきたのです。

例えば英語の単語でも覚えが早いのです。

入信している時は、覚えていたつもりがすぐ忘れてしまいました。

それが退会後は、一度書くと覚えてしまうのです。

このことから次の点が気になりました。

種村さんやきょう子さんの過去世についていい加減なことを言っている大川隆法に対して

おかしいと思えない信者たちが未だに沢山おられること。

これは普通に考えたら、おかしいと簡単に分かることです。

しかし、それが分からず相変わらず大川隆法を賛えている信者がおられます。

何故なのかを考えてみたのですが、自分の体験からすると、彼らは「おバカ」になってしまっているのではと思います。

正しい判断ができない状態になっていると思います。さらに記憶力も低下しているのでしょう。古い信者であれば、きょう子氏のために建てた施設や、それに伴う祈願もあったことを覚えているはずです。しかし、きょう子氏は離婚する前は悪魔呼ばわりされ、さらに離婚を正当化するために悪魔がとり憑いて離れないと言われました。

挙句に子供たちときょう子氏の意識を呼び出して言い争いをさせていました。さらには自分の娘のような年代の職員と再婚までしました。

こんな状態をみたら、大川隆法がまともな状態でないことは直ぐに分かると思います。

きょう子氏を称える文殊堂や彼女の過去世の存在であったナイチンゲールへの祈願などが

あったと思います。『若き日の妻へ』という書籍も発刊されましたね。

それが実はユダだったと言うのです。ということは、我々はそのユダに祈願をさせられていたということになります。そんなことを望んでいた信者がひとりでもいたでしょうか?

さらに慈悲で結婚していたとまで宣(のたま)うのです。

自分の妻についた悪魔を払えない救世主なんているのでしょうか?

この世をユートピア化するには悪霊や悪魔との対決もあるでしょう。身内ですら救えない救世主が、世界を救うことなどできるはずがありません。

 

2.それでも救世主と信じる理由

 

結局は妻を守れない育めない救世主ということが露見したのです。

結論を簡単に言えば、大川隆法という人は救世主ではないことを自ら証明しているのでしょう。

立場を変えて考えると、「これでも私を信じるの?」「こんな僕なのに何で信じるの?」と大川隆法は思っているかもしれませんね。その理由ですが、彼は苦しいのではないでしょうか?

最近はオリジナルのネタが尽きて、霊言ばかりしています。般若の知恵があるのでしたら、信者でもなんでもない人の守護霊を呼び出したとするパフォーマンスなどに頼らなくて済むはずです。

映画やTV番組で紹介された内容をもとにあれこれしている様は滑稽にしか見えません。

あるときはカンニングペーパーを見ながら話をしていました。その動揺した姿は「ここまで堕ちたか」としか思えませんでした。

こんな状態に大川隆法が成り下がっているのに信者を続けられるということは、まともな判断ができない状態になっている信者が多いということでしょう。

つまり私も経験した「おバカ」になってしまっているということなのでしょうね。



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(投稿)洗脳解除そして脱会へ③


四正道(愛・知・反省・発展)の崩壊(3)・・・没落への道

 
(前回に引き続き、読者からの投稿を掲載します。これが最終稿です。)

 
  発展は愛の実践の結果、没落へと向うが、それは神の救いの時である

 
K会では信者の没落はあたりまえの結論だと思います。例えば退職金を布施した方がいますが、その退職金を得るには、何十年と働いてきた実績があったからです。それが布施という行為で一瞬にして消えたわけです。後に何が残ったのでしょうか。植福菩薩の称号か、又、ほんの一時の組織内での名声か、自己満足か。世間は、そのようなことを誰も知る人は居ません。年老いた父母を抱えてこの先どうするのでしょう。

私が見る限り、その方は菩薩ではありません。普通の真面目な人間です。これが、会社規模だと経営が危機的状況になるでしょう。

人それぞれが思うところでしょうが、尊いものに布施をする行為は、大切な行為です。しかし、自分の生活を破壊するような行為は、果して本物の宗教行為でしょうか。常識的な人は、そのようなことはしないでしょう。そこには、何かしらの原因があるはずです。

インドの釈尊は、我欲に捉われてはいけないと教えられました。極端な快楽、極端な苦悩の中には、幸福はないということです。菩薩を目指す為に、生活を破壊するような極端な布施をする必要はないと思います。巨額の布施をすれば、植福菩薩の称号が得られるのなら、お金持ちが絶対に有利です。そのような悟りの世界はありません。単純で簡単なことです。それが真実ならば、布施=菩薩(布施 ≧ 1千万円)という法を仏が用意されているということになります。これが永遠の真理なら、インド時代はどういう通貨で表されたのでしょう。ばかばかしい話しです。これとは逆に良く知られている話は、貧者の一灯でしょう。ある貧者が自分にできる心のこもった布施をしたという話ですが、その心が尊いのです。
 

活動信者は、教祖を根本仏と信じているので組織に言われるままに無理を重ねて布施を続けてきました。莫大な金額の降魔像、納骨壇もしかりです。しかし、金銭が無尽蔵にあるわけではないのです。毎月の収入が決まっているからです。こつこつ貯めた貯金を使い果たし、毎月の生活に困り果て、将来の生活不安が襲います。世情は年々厳しくなり、年齢は容赦なく過ぎ去り、確実に老いていきます。必死で布施を続け、周囲に法を強要し、人は自分からはなれて行きます。会社では、危険な目で見られ迫害されだします。そして、気づいた時には、自分が落ちぶれている姿に気がつきます。

しかし、その時は、救いの時なのです気づきの時なのです。皮肉にも、没落するから、永年の苦役から脱することができるのです。又、そこから逆境が始まります。洗脳解除と生活面での逆境です。死ぬほど辛い目に合っている自分がいますが、神は見守っておられます。必ずや真の神の救いの時がやってきます。

その時こそ、神の愛とは何か、反省とは何か、仏性とは何か、我欲とは何かを真に知るのです。没落から一転し、新生する自分、本当の真理への出発が始まるのです。

 
  四正道の崩壊、団体の判断は、実った果実をみれば解る

 
数十年間にも渡り、仏の説く優れた教えを実践し、与える愛を実践し、救世活動を日々行い、選挙活動を行い、結局、世の人の目はどうだったのでしょうか。一番解りやすいのが、選挙の結果です。K会を認めない世間の人が悪いのか否かです。数十年に渡る伝道活動、講演等は凄い活動量です。信者は、必死で法を広めてきたのです。その結果、世間の人は認めていないということなのです。

実った果実をみれば解る」、「長い目で見た世間の目は正しい」というのは、教祖が言っていたことです。これら言葉を否定し、K会に投票しない日本ならば、一旦海に沈めるとまで言ってしまったのです。そのようなことを言う団体を世間が認める訳がないのです。

名誉毀損裁判や布施返還訴訟は、K会によって苦しんでいる方が、裁判、訴訟を起しているのです。これは、与える愛を説いているK会が他人を苦しめている事実です。

このような客観的な事実があるにも関わらず、まだ団体の誤りに気がつかないという信者さんは、種村ブログを読み込み、アンチの情報を集めてみれば良いと思います。それらを見れば、魔が忍び寄るとか入られるとか、私も教えられていましたが、そのようなことは全くありませんでした。気楽に見てみれば良いと思います。

 
私は、K会は裁判を起こすほど、不利になっていくと思います。自己保身をする人というのは、自分を正当化しなければならないので、嘘が多いのです。自分の事(容姿ではない)を常にきれいに見せようとする人は会社にもいますが、とにかく嘘が多く、その嘘は直ぐにバレてしまうのです。これが、宗教だと法を捻じ曲げなければならなくなってきます。何故なら裁判を起こされたり、起こしていることそれ自体が争いだからです。世界中の戦争や争いをなくし、平和な地球、愛の星地球にしていくことがK会の理想のはずです。裁判は争いです。平和な心とは真逆のものです。布施返還訴訟の和解すらしない姿勢は、阿修羅なのです。だから、益々没落していくかもしれません。

その姿は、四正道の崩壊の姿でもあるのです。四正道が崩壊すればする程、K会も崩壊していくのです。四正道というのは、大宇宙の法則ではありません。何故か。1つ言えば、高度な知が必要なら貧しくて満足に教育を受けられない世界の人々は救われないからです。真理は誰にでも実践できなければ救済の法とは言えないからです。ですから、これで愛の発展、悟りの向上、世界の進歩発展はないのです。
 

私は、宗教とは救いだと思います。救いがないから世間から認められないのです。救いがないのは、法が誤っているからです。法が誤っているということは、法を説く者が大悟していないということなのです四正道崩壊の姿として、和合層破壊は我欲の結果であり、教祖自身が原因をつくっているのです。

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2014年1月15日水曜日

(投稿)洗脳解除そして脱会へ②



四正道(愛・知・反省・発展)の崩壊(2)・・・K会の裁判に想う

 (前回に続き、投稿の第2回目です。)
 

  知は我欲によって様々な方向へ誘導する元になる

 
「知」というのは「正しい真理を学ぶ」ということです。何の為に知が必要かといえば、正しい生き方をする為に善悪の基準やこの世とあの世の真実を知ることが大切なのです。K会の中核をなすのは愛の発展段階における次元構造論です。私はこの教えは誤っていると思っています。

(注:本ブログの「脱会者からのメッセージ愛の発展段階説を検証する」①から⑥を参照)
http://tanemura1956.blogspot.jp/2013/05/blog-post_18.html
http://tanemura1956.blogspot.jp/2013/05/blog-post_2938.html
http://tanemura1956.blogspot.jp/2013/05/blog-post_20.html
http://tanemura1956.blogspot.jp/2013/05/blog-post_4247.html
http://tanemura1956.blogspot.jp/2013/05/blog-post_21.html
http://tanemura1956.blogspot.jp/2013/05/blog-post_22.html

菩薩を目指す会員は、7次元菩薩界が目標です。7次元は菩薩の世界だと教えられています。私が信者の時は、この世界を目指して書籍を購入し必死で布教や伝道活動をしてきました。祈願をし、研修にも参加しました。やがてこの活動は信者を苦しめる営為に変貌していきました。何故なら、支部から毎月ひどい目標数値が降ろされるようになったからです。毎月結果を求められるようになったのです。

それでも現実生活が破壊されるまで活動を止めなかったのには、理由がありました。

一つは、仏の教えで世の中を救済したかったこと(仏弟子としての自覚)。

一つは、菩薩になりたいという我欲が潜在していたこと。

一つは、仏を裏切ることは、大罪であると信じていたこと(和合僧破壊の罪)。

他にも色々ありますが、全て潜在我欲に通じます。
 

K会で真剣に学んだことが実践する為の指針になります。K会の教えの中で正しい教えはあります。しかし、教祖の心境が我欲の方向へと変貌したならば、法の解釈、使い方によって、全く違う方向へと誘導されてしまいます。これは法が誤っていたり、不完全な証拠なのです。脱会した信者を悪魔視するのもその現われです。愛を説くならば、道を外したと思われる信者には、今まで以上に愛をもって接するのが愛の教えのはずです。「敵と見えし者の中に仏性の姿をみる」というような教えはどこに消えたのでしょう。

それがすり替って、個人に対して霊言を出版し、その方の社会的な名誉を傷つけて、謝罪もせず、裁判で更に抗弁を続けて自分を守ろうとする。これが、「積極的な悪に対して正義の剣を振う」行為なのでしょうか。その為ならば、布施も返還しない、人の名誉を毀損しても裁判で戦う行為は、7次元の許す愛に反しています。(実際は、彼らこそが許して頂かないといけない立場でしょうね。)

原因は、問題の霊言にあるのです。偽降魔像、偽来世幸福物にあるのです。(偽物である証拠に、御本尊をのこぎりで切り、金槌で叩き割っても何の罰もあたりませんでした。)原因は教祖自らが創り出したものなのです。

 
よくよく考えて欲しいのは、学んだ教義故に自分を苦悩苦境に縛り付けていないかということです。私がそうでしたから。
 

  相手を理解し和解する反省ができないのは、法がバラバラだから

 
根本経典『正心法語』に「相手に対して理解をし、自分に対しては反省せよ」という一文があったと思います。今回の名誉毀損裁判、布施返還訴訟において、自分の非を認めず、徹底的に相手を打ちのめそうとするK会の姿勢を知り、根本経典は嘘であったということに改めて気づかされます。何が嘘かといえば、それを実践しようという精神が一番に嘘なのです。裁判に持ち込まないと決着がつかないということは、「反省をして、相手と和解することが大切」という教えは、嘘だったということです

これは、今回の種村ブログによる名誉毀損裁判、布施返還訴訟の事実の報告によることではっきりとした事実なのです。

 
脱会者に対する悪魔視も同じです。悪魔視をする信者は、自分が悪魔視をされ、陰で悪口を言われ続けられたのなら、どのような気持ちになりますか。これが解らない、これに気がつかないということは、反省ができていない証拠です。教義では、誰しもが仏性を宿していると教えられているはずです。又、「地獄界の解消も仏の使命」と教えられているはずです。与える愛の教えはどうでしょうか。誰に愛を与えるのでしょう。

恐らく信者はこういうことを考えると混乱すると思います。つまり、法が都合よくできているのです。悪魔とは戦わなければいけない、悪魔には近寄ってはいけない、仏性は全てに宿っている、基本教義の法の根底は与える愛、敵の中に仏性を見る、和合層破壊は大阿鼻叫喚堕地獄、菩薩は許す愛、・・・・というように、あちらには愛、こちらには正義、そっちには悪魔、向こうには菩薩というように理路整然になっていないのです。要は法がバラバラで矛盾しているのです

四正道の根底が愛ですが、実態は、愛ではないのです。大阿鼻叫喚地獄に落ちるのが愛ではないはずです。これは、明らかに裁きです。仮に落ちる人がいても許すのが愛なのです。それが仏の大悲というものでしょう。

裁判をしなくても和解するのが、人間としての愛でしょう。

裁判を多発し、提訴もされるということは、愛の実践ができていないということです。

裁判で、必死で法を曲げても抗弁するのは、自己保身という我欲と裁きの心です。

こういった事実に信者は、勇気をもって目を向けるべきです。
 
(次回に続く)

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