2014年5月1日木曜日

恐怖を植え付ける大川隆法の手口から逃れよう!(1)


「ORの呪い」を解く……還俗と洗脳①

還俗時の経験

ORは職員や元職員が自分に刃向かわないように、非常に巧妙かつ悪質な洗脳と人格破壊を行っています。私は、自らの還俗(退職)時の心理的なプロセスと他の還俗者の方の事例を比較することで、ORの行っている洗脳と人格破壊の実態を解明したいと思います。

私が還俗したのは19998月です。この年の春ごろから、私への集中攻撃が始まりました。その前には初期からの有名な職員であるAさんへの攻撃があり、Aさんは一足先に還俗されていました。

 ORからの攻撃は、人事局の方からの連絡で始まりました。

「種村さんの守護霊が自分の立場を上げよと要求して、総裁先生の部屋から出ていかない。その為に総裁先生が執務ができなくなっている。種村さんが自分の守護霊を説得して、総裁先生の所へ行かないようにしてください。」

<コメント>(よく考えればおかしな話です。エル・カンターレは至高神であるのに私の守護霊を説得出来ないなんて全くおかしいですね。しかし、この段階ではそれに気が付くことができませんでした。それは人事局を通じて伝聞されたからでしょう。自分の手を汚さないORの手口に、その段階では気づきませんでした。)

 それは青天の霹靂(へきれき)でした。全く思い当たることがなく、非常なショックを受け、パニック状態になりました。私は当時、日光精舎の講師をしており、その電話を受けたときは、宇都宮から日光へ向かう列車の中でした。ちょうど駅で列車が止まったときでしたので、私はホームに降り、そこで土下座してお詫びしました。

その時の気持ちはこうでした。「一分一秒を人類救済のために使っておられる仏陀の限られた地上での時間を、私の守護霊が自分の我欲を主張せんがために奪い、そのせいで仏陀が聖務ができなくなっているとしたら、その罪は万死に値する。地上での時間は仏陀の地上での生命そのものである。万人のために使われるべき尊い仏陀の時間を私個人が奪うことは、仏陀のお命を奪っていることに等しい。」

すると人事局の方が「Aさんと全く同じ反応ですね。Aさんも本当に申し訳ないと、土下座してお詫びをされました」といいました。その時に、私はAさんが同様の経験をして還俗されたことを知りました。

 守護霊が勝手に総裁の所へ行って自己主張するという話は、それ以前から噂に聞いてはいました。しかし、自分の守護霊がそういう振る舞いをして、そのために今まさに仏陀の聖務を滞らせていると聞かされた時のショックは、言葉では言えないほど大きなものでした。

<コメント>(これはORが守護霊との付き合い方を幹部にも教えてこなかったということでもあります。さらに言えばORは自分の霊的能力が低いことをここで吐露しているのですが、私はそれに気がつかないでおりました。それは仏陀と信じていたからです。)

猛烈な罪悪感が湧き、そこから自己否定がはじまりました。自分の存在を消してしまいたいほどの衝動です。

それだけのショックを受けると、やがて魂が乖離するという現象が起きます。つまり体に入っている魂が、その場で経験していることによって湧き上がる感情に耐えきれなくなって、魂が身体から遊離(乖離)して、感情を感じなくさせるのです。乖離現象が起きると、自分のことなのにまるで他人事のような気がして、当事者であるという感覚が希薄になります。そして、当事者としての苦悩や絶望というものをほとんど感じなくなるのです。

これは心理的な自己防衛のメカニズムによって起きる現象です。自分の感情を感じなくすることで、その時のショックから自己を守っているのですが、その結果、本当の自分というものを見失います

これは一種の病的な症状であり、精神医学では乖離性障害といわれています。乖離症状によって魂が乖離すると、別の魂が侵入しやすくなります。また別の人格が生まれることもあります。それが極度に進むと、解離性同一性障害と言われる多重人格になることがあります。

 

罪悪感と自己否定

さて、私は人事局からの指摘をうけてから、守護霊を説得するために必死で反省をしました。しかしその甲斐もなく、「また種村さんの守護霊が総裁先生のところに来て、自分を理事長にしろと言っています。○○さんは理事長から外せ、△△さんは左遷しろ、自分は理事長だ、と言っています。」という連絡を受ました。

<コメント>(こんなこと、どこにも証拠がある話ではありませんね。しかし、信仰していると、それを真に受けてしまい悲劇が始まります。また人事局に言わせて、自分は直接指導しないところもORの手口です。自分の弟子を本当に愛しているのであれば、指導するのが当たり前であると思います。)

私は理事長など絶対に勤まらないと思っていましたので、そういう思いをいだくはずがないのですが、総裁の言葉は絶対正しいと信じているので、言われたことを全部信じて、自己否定をしました。そして自分を出世欲と支配欲の塊のように感じました。

ところがその感情は次第に麻痺して、最初の時のような強いショックを感じなくなっていきました。同時にどんどん当事者感覚が薄れ、他人事を聞いているような感覚が強まっていきました。

やがて人事局の方から、「ご自分で辞表を書いて提出してください。退職の理由は自己都合としてください。それから法名(総裁から与えられた「修学」という名前)も返上しますと申し出てください。」と言われました。

そのときは、「ここまで仏陀にご迷惑をかけて、しかも自分の守護霊をコントロールできないなら仕方がない。在職して罪を犯し続けるよりはましだ」と観念して辞表を書きました。でも本当ならそれに伴うはずの悲しみ等の感情は、ほとんど湧いてきませんでした。

Aさんも似たような経緯で辞表を出したと聞かされました。ただし私の場合、辞表を提出をしたものの、すぐには受理されませんでした。その代わり数日後、さらにショッキングなことを聞かされました。

私がつくった精舎研修を別の本部講師が担当したところ、「数多くの宗教霊(邪霊)が、その研修を指導して磁場が最悪になった。総裁がそれを霊的に察知したので、研修は即刻中止となり、その研修は廃棄された。『これで種村は講師としても使えない』と総裁が言われました。」という連絡でした。

問題になったのは宇都宮正心館で私がつくったエル・カンターレ信仰の研修でした。総裁の全著作物から、「エル・カンターレへの祈り」の内容に関連する部分をピックアップし、それをつなぎ合わせて作った研修です。「エル・カンターレへの祈り」を通してエル・カンターレ信仰を深く理解するためのものでした。

私は総裁の教えをつなぎ合わせた研修で、どうして生長の家系や浄土真宗系の悪魔が関わってくるのか不思議でした。それでも仏陀である(と信じていた)総裁の言葉は絶対です。私がそこで考えたのは、「自分は1年前に交通事故で半年間入院してからというもの、体力が落ち気力が戻らない。その為に他力依存的な気持ちが強くなっているに違いない。それで他力系統の悪魔を引き込んだのだろう」と考えて、自分を納得させました。

<コメント>(この研修は私が指導していた時は何も問題にならず、別の講師が研修指導した時に問題が発生したのです。それを全部私のソフトのせいにされたのですが、今にして思うと、非常に疑問です。しかし、当時はそういう疑問すら思い浮かびませんでした。)

ORを仏陀という絶対的な真理の体現者だと信じている人間は、さまざまな理屈を自分で考えだして、ORの言葉を受け入れようとします。そしてそのたびに罪悪感が深まり、自己否定へと気持ちが追い込まれていくのです。

 

深刻化する乖離症状

KKでは、法を捻じ曲げて伝えた場合には無間地獄に堕ちると教えられています。それは人の永遠の生命を腐らせてしまう行為であり、殺人よりも重い罪とされます。ですから、その連絡を受けたときは、即座に激しい罪悪感と悔恨の思いが出てこなければならなかったはずです。にもかかわらず、その時の自分は何一つ感情が湧いてこないことに驚きました。

「法を曲げ、信者の永遠の生命を損ない腐らせる恐れがある『教えをゆがめて伝えた罪』を犯していたことを知らされながら、それに対して身をかきむしるような悔恨の思いも、深い罪悪感も、申し訳ないという感情も、何も感じない自分とはいったい何なのだろう。自分の良心はどこへ行ったのか。自分は完全におかしくなっているに違いない。」

そう考えました。それが乖離性障害であったことに気付いたのは、心理学を勉強してからでした。その時は、希薄な当事者感覚にすごく違和感を感じながら、これほどの過失を指摘されながら、それが他人事のように聞こえている自分に不信感を持ちました。そしてここまで魂が変質していたら、もう職員はできないと思いました。

その後まもなく総合本部に呼び出され、退職の手続きをしました。

 

アイデンティティ崩壊の苦悩

 退職後は、猛烈な喪失感、絶望感の中で、自分のアイデンティティが崩壊し、自分の心を保つことができなくなっていることに気がつきました。半生をかけて追及してきた宗教家としての道が閉ざされ、仏陀の直弟子の道がふさがれ、悟りを求めて出家し13年間修行して悪魔の憑依を受けて還俗したという「事実」を受け入れることができませんでした。この還俗は私に対する「宗教的な死の宣告」でした。

「魂のない抜け殻」を、どうやって保てばいいのかが分かりませんでした。その時の私は、還俗に至る過程で自己防衛のために魂が乖離する「乖離性障害」陥っており、文字通り「魂の抜け殻」であったと思います。

魂が現実に向き合うことに恐怖して逃げている状態が乖離症状です。その為に感情にアクセスできなくなり、当事者意識が希薄化すると共に、自分自身の主体性が決定的に損なわれました。廃人寸前といった状態でした。このショックのために、私の意識は変質し、その後遺症は長く尾を引きました。

<コメント>13年間幹部として宗教修業した人間がこうなること自体、それは仏陀の指導ではないことに気がつくべきでした。にもかかわらずそれに気がつかず、強い罪悪感をもって自己否定に陥ります。ここに洗脳の恐ろしさがあります。)

 還俗直後の私は、極度の不安に襲われるようになりました。あまりの不安に、自分を保つことができないのです。原因は、自分の「心の軸」が崩壊したからです。それがアイデンティティの崩壊です。

それでも生きなければなりません。その為に私はまず自分のアイデンティティをつぎはぎするという作業をしました。在家の伝道者として生きることを通して、仏陀(と信じたOR)につながる自分という存在をキープし確認しようとしたのです。だから、還俗直後から近隣の家々を伝道しました。布教誌をもって一軒一軒を訪問し、信仰告白し、布教誌を受けとってもらいました。これをしている間だけは、心の安定を感じることができました。

当時の私はそれを「伝道という愛の行為によって光が入った」と解釈していました。でも本当は伝道行為だけが自分のアイデンティティを確認できる唯一の作業でしたから、伝道している間だけ心の安定を感じることができたのです。

 このアイデンティティを確認したいという欲求は、その後、献本活動や布教誌配布活動、布施の実践、研修や祈願への参加、選挙活動と、すべての活動の根底に横たわっていました。要するに、それはすべて「仏陀の弟子」という自分のアイデンティティを確認するための行為であったのです。ですから、それは表面上は自発的な行動なのですが、真実の姿は教祖に縛られて家畜化している哀れな状態でしかありません。

ORは職員や信者を家畜化します。自分が利益を得、権勢欲名誉欲を満足させるための家畜として飼いならしていきます。「家畜の幸福」を「この世とあの世を貫く真の幸福」だと錯覚させていくのです。これは非常に深い洗脳です。その洗脳は、崩壊したアイデンティティを何とか保ちたいという願望によっても継続していくのです。(次回に続く)

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