2014年3月2日日曜日

OR論③・・・極端に肥大した自我と劣等感


 両極端の自我・・・肥大自我と極小自我

OR氏には両極端にぶれる心の振幅があります。両極端の心は誰にもありますが、OR氏のそれはひときわ激しい落差を持っております。

自分を釈迦の本体であり地球神にして大宇宙の根本仏であるという、増上慢から来る自我肥大の極地が一方にはあります。この肥大した自我が、自分を国師、ワールドティーチャー(世界教師)であると騙ります。

 その対極にあるのが「自分は宇宙のゴミとなり宇宙空間を漂うしかない」といった極小の自我、自己卑下の極地です。これは大伝道に入りかけた頃、伝道がほとんど進まないことを嘆いて、涙ながらに訴えた講演の折の言葉として、記憶されている方もいると思います。

この激しい自己否定、極小自我というべきものは、『人類の未来はあるのか』の黙示録のヨハネの霊言として顕われました。この霊言では、21世紀以降の地球に住むのはこれまでの人類ではなく宇宙人であるといい、「あなたがたの主も敗れたのだ」と言います。この「黙示録のヨハネ」はOR氏の極小自我であり、自己否定のコンプレックスであるとみなしてよいと思います。この霊言では、地球の神々は追放され、宇宙人が新しい神になるといいます。この脈絡から言うと当然、OR氏は地球のリーダとしての責任を問われて宇宙空間に宇宙のゴミとして漂うはずです。

 これほどまでに対極にある極大化した誇大自我と、自己否定の極地である極小自我の両極端をOR氏は心の中に抱えています。それが発言や行動のブレとして、日常の中に顔を出してくるのです。
 

深い劣等感

OR氏は、極大と極小の両極端の自我に付随して、極端な劣等感と極端なプライドを持っています。OR氏は小学生、中学、高校と、自分がとったテストの点数を自慢する話をよくします。私にはこうした点数を覚えていること自体が尋常ではない人格の歪みを感じます。まずそこに深い劣等感が潜伏していることを感じます。そしてその劣等感をバネにして、学校の勉強で高得点を出すことでのみプライドを保ってきた個人史があることが容易に連想できます。

父親が共産主義運動に奔走して定職を持たず、床屋をしていた母親の収入でのみ家計を支えていたために、極貧生活は結構続いたようです。実際に父親であるY氏は、初期のK会のある職員に、その極貧ぶりのすさまじさを語っています。ですから、OR氏の貧しさへの劣等感は深かったのは当然でしょう。

しかもお兄さんは母親の自慢の息子で特別にかわいがられ、家族の希望であったのに対し、OR氏は兄との比較でも劣等感に苦しんだはずです。小学生のOR氏はそれほど勉強ができず体ばかり太り、「将来は相撲取りにするしかないか」と両親が話すのを聞いたと言います。その時のOR少年の劣等感の傷はどれほど深かったと思います。

さらに、OR氏が生まれた地域は、社会的に差別された人が多く住む地域だという調査報告があります。もしそれが事実ならば、社会的に差別される悔しさを感じながらそれをバネにして、勉強の努力で数字を出すことでのみプライドを保ってきたことは容易に想像されます。だから、試験の成績の数字は自分の優秀性を証明してくれる唯一のシンボルであったからこそ、記憶に深く刻み付けたのだと思います。それは劣等感がどれほど深く大きかったかを、逆説的に物語っています。

 
女性にモテない劣等感とその反動

劣等感と云えば、女性にもてなかったという劣等感も深かったと思います。小学時代の同窓会にOR氏が出席した時に、ある同級生だった婦人から「あなたを好きだったことを日記に書いていたのが夫に見つかって大変だった」と告白された。OR氏は「小学生の時はまったく女性に持てなかったので、不幸感覚が強く、醜いアヒルの子だと思って耐えていた。だからもっと早く教えてくれていたら、バラ色の小学時代だったのに」とやや恨めしく思ったそうです。

大学生時代にはものすごい枚数のラブレターを書いて送ったが、ついに振られたという話も、初版の『太陽の法』に書いていました。女性にもてない苦しみを、ここでも深く味わっています。

商社でも女性に縁のない生活が続いたようです。OR氏はあるセミナーで「仕事ができてしかも男前で女性にもてる男性は、必ず同性に嫉妬されるので出世ができない。」という話をしたことがあります。OR氏は社長候補と目されるようになったとまで言っていたので、社内では周りの先輩にいじめられつつも出世したのでしょう。ということは、顔が悪かったのでもってなかったのでしょう。商社最後の名古屋時代では、女性からモテたという話をしていましたが、女性にモテない不遇の時代は長かったようです。それだけに劣等感も激しかったと思います。そして女性への欲望も、深く抑圧されていたと思います。そうした抑圧と劣等感が、金と権力が自由に使えるようになった中年以降に、複数の女性秘書を「寵愛」する行為となったと思います。なお、複数の女性秘書への「寵愛」は、元夫人が告白したことで、週刊新潮の大川きょう子氏の告白記事を名誉毀損か否かで争われた東京地裁でも、この点は事実として認定していますので、あえて言葉を使わせていただきます。
 


貧しさや差別への反動

お金に対するOR氏の執着の深さは、想像を絶するものがあります。永代供養料等返還訴訟(いわゆる布施返還訴訟)で裁判所が和解勧告を出しているのに、OR氏は2度とも拒否して、一円たりとも返さないという姿勢を濃厚に打ち出しました。OR氏は一千万円以上する時計をいくつも持っていることを誇ったり、数百回に及ぶ支部での巡錫は全部違う背広を仕立てたり、東京白金の一等地に自宅を建てたり・・・。こうした豊かさの誇示やお金への執着は、昔貧しかったことの反動です。幼いころは本当に貧しかたので、そのことへの劣等感は深かったと思います。
 

先ほど出身地を含めた社会的差別による劣等感の可能性を示唆しましたが、OR氏の教えには差別された者の恨みが底流に流れているのではないかという気配を感じます。それが次元構造論です。次元構造論自体は、そういう観点での霊界観は可能だとは思いますが、自分を出自においてその頂点に置いている点に、私は劣等感コンプレックスの存在を感じるのです。最近では、OR氏は自分を皇室との血筋の関係を示唆するような言動があると伝えられていますが、天皇の落胤説を吹聴させた平清盛的発想を感じます。すべてを支配する頂点に自分を立たせる執拗さは、背後にある根深い劣等感の存在を感じさるのです。

 

 以上いろいろな角度から検証してきましたが、OR氏の言動の奥に、深い抑圧された劣等感があり、それが言動や教えにも影を落としていると思います。自分をあまりにも高くするOR氏の自己愛性人格障害の根底には、非常に深い劣等感が潜んでいるということを指摘しておきたいと思います。


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