2014年2月10日月曜日

(投稿)洗脳解除へ 脱会者からのメッセージ 2

救出カウンセリングの基本 「自分の価値に自信を持たせる」 』を実現する

 (前回から続く)

3.恐怖の言動は、信者を苦しめる

 
活動信者の中には、霊的な感覚が鋭い方は一般的にみて多かったと思います。そういう方は自分の霊的な側面を身内にもなかなか解ってもらえずに育って来られたと思います。私はそれほどには感じませんが、それでも疎外感はあったと思います。

そこへ登場してくるのが、教祖の霊言集です。霊的に鋭い方は、霊的真実を追い求めてこられたと思います。私の場合は、物質主義の世の中の矛盾や価値観に疑問がありました。しかし、接する人々はほとんど唯物中心の価値観で、悟りという価値観を持たれている人はいませんでした。そこへ出てきた霊言集は私には衝撃だったと思います。自分の価値観と一致したと思います。

今でも記憶しているのは、初めて霊言集を読んだ時、「これこそ私がずっと思ってきたことなのだ。私が言いたかった事がこの本に書いている。」と思いました。嬉しかったです。自分の思いと一致する教えや場が存在するのですから。

こうして、K会へと引き寄せられて行ったのです。

しかし、この場が以後一番危険な場へと変わってしまったのです。霊的に鋭い方は、K会の変貌と共に霊的磁場が変化していったことも感じているでしょう。数値やお金へと組織が変わっていく中で、悪魔の存在を実感したかと思います

K会では、「正法が起つ時は魔が競い立つ」というように教えます。悪魔の攻撃は仏の理想実現を妨害する為という理由を、とりあえず百歩譲って「良し」としましょう。しかし、教団や教えを批判する者やK会を認めない社会等を、魔に毒されているとみなして恐怖心を駆り立てたり、攻撃性を世の中に発揮しますから、社会の常識的範疇や許容範囲を超えてしまうのです。

したがって、カルト教団的な見方をされてしまい信者がそういう目で見られてしまいます。教祖が本当に信者を大切に思っているのなら、社会への言動も違うはずです。信者はただのお金集めの道具なのです

社会が見てきたように現在、K会がカルト化していることを思うと、初期の頃に教祖が言っていたように世間の見方は正しかったということです。

逆に言えば、初期の頃に教祖が言っていた、社会の目からみてどう見えるかとか、邪教の定義通りにK会がなっていることを見れば、教祖は比較的早い時期に転落したといえるでしょう。又、そうなる種子を初期の頃より含んでいたといえるでしょう。教祖より教えられた縁起の理法です。原因あれば結果ありです。

K会が世間に対して寛容性がないが為に、信者がどれ程嫌な目で見られ、社会から迫害視されているか。この苦悩や被害は、甚大なものだと思います。対人の信頼関係はなくなり、繋がりも消え、貧困、家庭不和、離婚、失業、就職難、更に襲い掛かる経済難。そして何よりも抜け出せない洗脳、失望、恐怖心、鬱病など。社会的にも人間としても、自分の価値が無くなっていくのを心に刻み込みます

自分が洗脳状態にある時は、教祖の発言は頼もしく聞こえます。しかし目が覚めれば、失ったものが多いことに気がつきます。その上、仏依存症のうえに「降魔経」に代表されるように恐怖心を植え付けられていますので、たいへん苦しむのです。

しかし、大丈夫です。

脱会する前は、私は「」がちらついていました。「自分は全く価値がない人間だ」と強く思っていました。

そんな私でも今は元気に仕事をしています。人間の心は自分が思っている以上に尊く立派なものだと思います。それにたとえ一人ぼっちになっていたとしても、決して一人ではありません。自分の一番近くで、真の神が見守って下さっているのです。
 

4.★ 依存している世界以外で、自分の価値は確認できる ★

  ~ 出発は自分自身の心に対するほんの少しの努力から ~

私はK会に入会する前の自分、今の自分とは全く違う、夢や希望に溢れ自信に満ちていた以前の自分自身を良く思い出していました。「それなのに、今の自分は苦悩ばかりで、自信はなく全く価値のない人間だ。」と毎日思っていました。種村氏の言われる深い言葉、「またもう一つ必要になるのは、依存している世界以外で、自分の価値を確認できるようにすることです。」という事を日々どれほど望んできたかわかりません。

「依存している世界以外で」という重くて、遠い希望がもはや不可能だと思い、絶望の果てに追い込まれました。しかし、最後にK会以外の真の神に救いを求めた時、真なる神の救い、神の技、奇跡が始まるのです。私はそう思います。神はどのようなK会の洗脳や恐怖心、不幸があったとしても、最後の救いを実は既に用意して下さっています

それは、「万人の心の中に、真なる神の魂を与えられている」ということです。この神より与えられた心は、増えもせず減りもせず、洗脳によって汚されることもなく、美しい心のままであり、永遠に滅することはないのですしかもその心は与え給うた愛の神と繋がっているのです。

依存している世界以外での自分の価値」は、実は自分の中に存在しているのです。出発は自分なのです。少しの努力からです。

イエス様のお言葉です。

何を苦しんでいるのか。あなたの中には、神より与えられた心があるではないか。苦しんでいる自分を愛しているが、何故、あなたの中の神の心を愛そうとしないのか。自分の中の神の心を愛しなさい。自分の中の神の心に感謝をしなさい。」

自分の中に永遠に存在する神の心を愛するのです。

自分の中の神の心は、愛の神に繋がっているのです。

現在、洗脳で苦しんでおられる方は、このことを信じて欲しいのです。私の場合は、これが救いの出発だったのです。

私は自分や自分以外の人、そして神までも信じられなくなっていましたが、このことに気づかされた私は、嫌いになっていた自分の心に向き合えるようになりました。自分の心が如何に尊いかを知りました。教祖の間違いに気づき数十年に渡って信じていたものが無くなり空洞になった心、無職、離婚、経済苦、どうやって生きて行こうかと途方にくれ、もがき苦しみ、のたうちまわり、浮かんでくる思いは、消えたい、死にたい等のマイナス思考ばかりでした。

そのような自分でもたった一つだけですが、自分の中の神の心だけは愛することができたのです

それから、徐々に心が平安になっていきました。今ではきちんと脱会をし、就職もでき、身内の協力もあります。仕事で悩んだ時は、「以前は死ぬ事を真剣に考えていたのだから、その事を思えばなんでも乗越えられるはずだ。」という思いが出て頑張れます。以前より少し強くなったと感じています。

依存している世界以外で、自分の価値を確認できるようにすること」が今では徐々に実践できるようになりました。今ではK会の教祖のことは全く思いません。ほんの3ヶ月間のことです。もしも、死にたいと思っていたあの時に、自分の中の神の心に気づかなかったなら、今頃どうなっていたかわかりません。いや、神は気づくようにお導きして下さっていたと強く感じます。

愛の神は、苦しんでいる者を決して見放してはおらず、いつも見守って下さっています。自己責任だといって本人を責めません。K会の神にではなく、本当の神に心を向けるのを待って下さっているように思います。

そして期間が過ぎて振り返れば、気がつけば洗脳されていた事がずいぶん昔のようで、自分の心や環境が以前より好転しています。神は本人が気づかない中で、しっかりとお導き下さっておられます。神は沈黙しているが如くに感じますが、常にその人の傍らに居られます。何故なら、自分の中の神の心は、神に繋がっているからです。これ程の喜びはありません。自分の中の神の心を愛するのです。

長かったK会の活動は、今では一つの経験でもあります。たまにですが、初期の頃の輝いていた日々、仲間たちの姿を思いだします。神理の学習団体、人生の大学院、偉大なる常識人、霊性の時代等、今では懐かしい思い出です。神理に出会った喜び、信じ、活動し、悩み苦しみ葛藤した日々は過去として過ぎ去り、今では、自分の内なる神の心を見出した喜び、再起し社会で頑張っている自分を見た時に、自分にとっては、K会もまた通り過ぎなければならない過程だったのかもしれません。

自分の中に神の心が在る以上、神は常に傍らに居られ、必ず未来は開けていくと信じています。 

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