2013年12月28日土曜日

名誉棄損裁判 判決文⑩



「判決文」(10

(8) 別表「番号」欄の記載⑥について

 記載⑥を閲覧した一般の読者は、記載⑥には、原告が学生の頃、左翼と激突し、棒をもって殴り合って暴力沙汰になったとの事実が記載されていると判断するといえる。

 原告は、記載⑥は、原告が犯罪行為に加担する闘争的な人間であるとの印象を一般の読者に与えると主張する。しかし、当該発言は、原告の元妻からの伝聞という形式をとって記載されたもので、原告が行ったとされている暴行行為は「棒をもって殴りあった」とやや抽象的な表現にとどまる。また、上記(2)の本件書籍の特徴からして、一般の読者は記載⑥を読むことで、ただちに原告が犯罪行為に加担したとの印象を持つとまでは認められない。加えて、記載⑥には本件霊言方式がとられており伝聞形式で記載されていることも考えると、一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、記載された事実の信ぴょう性は低いことからして、記載⑥によって原告の社会的評価が低下したとは認められない。

 
<記載⑥>名誉棄損 該当部分

斎藤:実は、「学生のときに、『生長の家』に属していながら、政治活動もしていた」と、元奥様から聞いております。そのときには、スーパー右翼的な発想で、左翼と激突し、棒をもって殴りあって、暴力沙汰になったそうですね。しかも、そのときに、あなたの担当していたグループのなかで、生長の家の学生が一人死んだとも聞きました。(114115頁)

種村守護霊:それはねえ、谷・・・・。

斎藤:実際に死亡したと言われてましたよ。ヘルメットを被って、バンバンバンバン、お互いに叩きあうような、非常に阿修羅的な波動を持った状態だったそうですね。(115頁)

 
<被告らの主張>

 当該記述から原告がかつて学生運動に関与したという意見を被告らが表明していると読者に受け取られるとしても、学生運動及びその中で行われた暴力沙汰及び亡くなった学生に対する原告の具体的な関わり方は本件書籍から不明であり、原告の社会的評価は低下しない。

 
<原告の主張>

 原告がヘルメットを被り、棒を持ってバンバンと叩き合うような超右翼的で過激な政治活動に関わり、暴力行為、犯罪行為に加担していたという印象を一般人に与えるため、原告の社会的評価が低下する。

 
<感想>

 本書で「斎藤」氏は元妻の証言であるとして、しかも本書の別の個所で「斎藤」氏は、「私は事実しか申し上げていません。」と言い切っています。明らかに事実の摘示を行っているわけです。にもかかわらず「被告ら」(注:つまり大川隆法氏等)は単に「意見を表明していると読者のうけとられる」と言いのがれをします。どう見てもこれは事実の摘示であり、それ以外の読者が受け取りようがないと思いますが、いかがでしょうか。

 「棒を持って殴りあった」というのは、極めて具体的な記述であり、抽象的な表現ではありません。判決文が言う「抽象的な表現」というのは「暴力的で過激な行為があった」程度のものをさすと思うのですが、いかがでしょうか。過激派学生のセクト間の暴力構想で、しかも死者が出るほどの激しい抗争を私が行っていたと、元妻から確かに聞いたというのは、これは大変な事実の指摘であり、社会的評価が下がるに決まっています。でも、判決文は、これは抽象的だから原告(注:種村修)の社会的評価が下がらないというのです。特に霊言形式で、しかも伝聞形式で記載されているので、社会的評価が下がらないのだそうです。

しかし、「斎藤」氏の発言は、本人が私の元妻から直接聞いたものである以上、伝聞と言っても極めて信憑性が高いと読者は判断するのではないでしょうか。伝聞形式であれば、しかも霊言形式も加わっていれば、いくら嘘を書いて相手の過去や人格を攻撃しても名誉棄毀損には問われないのでしょうか。そういうお墨付きを、この判決文は大川隆法氏らに与えていると、私には読めますが、いかがでしょうか。

 
 なお、生長の家は政治活動を行っていた時期があり、愛国的な活動を積極的に支援し、かつ指導していました。生長の家とは別に政治運動をしていたという斎藤氏の言い方は、間違いです。私は生長の家の学生部(生学連といいました)の指導で、2年生の時に京大内で昭和天皇の御在位50年の奉祝の活動を行いました。その時は、ビラを配るたびにいつも左翼学生に取り囲まれて、暴行を受けましたが、私は言論だけで対応しました。

「左翼と激突し、棒をもって殴りあって、暴力沙汰になった」「ヘルメットを被って、バンバンバンバン、お互いに叩きあう」ようなことを、私自身はしたことがありません。もっとも、武装した左翼学生に襲われて、ケガをしたことはあります。眼鏡を何度も壊されたこともありました。しかし、私は常に言論で戦ってきました。

私が棒でバンバンバンバン叩き合ったとか、殴り合ったことは一度もありません。殴られたことはありますが、殴ったことはありません。それは私が、すべてのものを仏の子として礼拝した常不軽菩薩(法華経に出てくる平和的な菩薩で、迫害するものの仏性を拝んだ)の精神を、谷口雅春先生から学んでいたからです。だから、相手を殴ることができなかったのです。

 「斎藤」氏は、学生運動の暴力抗争で生長の家の学生が一人死亡したと断言しています。そんな事実はありません。左翼との暴力事件で死亡した学生は、一人もいません。これは全国でも一人もいません。当時の生長の家の仲間なら証言してくれます。

このように明白な嘘をついてまで、私を貶めようとするこの書籍を、それでも名誉棄損に当たらないという判決を、私はどうしても正しいとは思えません。ですから、東京高等裁判所に控訴しています。私は、ここまでの悪質な言論を、裁判所が無制限に幸福の科学という宗教団体に許してはいけないと思います。

(なお、判決文の趣旨からすると、何を言っても大川隆法氏の霊言での発言は一般の読者が信用しないので、原告の社会的信用は低下しないという判断のように読めますが、これは大川隆法氏の霊言への侮辱以外の何ものでもありませんから、信者の方は内心は決して心穏やかではないと思います。)


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2013年12月26日木曜日

名誉棄損裁判 判決文⑨



「判決文」(9)

(7)  別表「番号」欄の記載⑤について

 本件書籍(注:『舎利弗の真実に迫る』)105頁には、記載⑤「該当部分」の末尾に「(会場笑)」の記述があるほか、以下の記述がある。

 種村守護霊:君、いやねえ・・・。

 斎藤:イエスかノーか、どちらでしょうか。

 種村守護霊:嫌なやっちゃなあ。これ、悪人だろう?

 斎藤:(笑)いや、悪人ではありません。ただ、事実を申し上げています。私は事実しか申し上げていません。

 記載⑤を閲覧した一般の読者は、記載⑤には被告大川が、原告(注:種村修)を、学生時代は貧乏学生で、家賃を滞納し、大学を中退していると認識しており、また原告は反省が苦手であるとの被告大川の意見が記載されていると理解するということができる。

 原告は、記載⑤は、原告が貧乏学生で家賃を滞納し、大学を中退したような人間であるとの印象を一般の読者に与えると主張する。しかし、上記記載は、斎藤が種村守護霊に対して質問する形式をとり、斎藤が「二者択一でどうぞ!」と質問した後、その場にいた者が笑っている形式がとられていること、斎藤の「ただ、事実を申し上げています。私は事実しか申し上げていません。」との発言は笑いながらなされている形式がとられていることからして、一般の読者は、記載⑤の箇所に記載された問答が事実を適示してなされた問答であるとの印象を持たないと認めることができる。また、上記(2)の本件書籍の特徴(注:種村の分派活動に対抗して出された本であるとの「被告大川ら」の主張をさす。これは「被告大川ら」の一方的な主張に過ぎない)からして、一般読者が記載⑤を読むことで、ただちに原告について指摘された事実を信用するとは認められない。

 原告は、記載⑤は、原告が反省できない人間であるとの印象を一般の読者に与えると主張するので検討する。記載⑤の「該当部分」で里村の発言として「あなたのことをよく知る人からは、「種村さんは反省のできない人だった」と聞いています。」と記載した部分があるが、当該発言部分の記載は伝聞形式をとったものである上、「反省できない」との抽象的な評価が具体的な事実の摘示もなく記載されているに過ぎない。加えて、本件霊言方式がとられていることからして、一般の読者が、普通の注意と読み方をした場合、記載⑤の内容が事実であると直ちに受け止めることはないということができる。

 したがって、記載⑤によって原告の社会的評価が低下したとは認められない。

 
<記載⑤>名誉棄損 該当部分

斎藤:例えば、先ほど「貧乏学生」と言われましたが、学生時代にお金がなくて貧乏だったのは、ご本人様でありまして、なんと、家賃を滞納し、大学は中退だったそうですが、どうですか。事実か事実でないか、二者択一でどうぞ!(105頁)

斎藤:家賃を滞納していて、結局、大学も中退というのは非常にまずい展開ですね。

種村守護霊:き、君・・・・。きつい。きついな。妻からは「禁治産者」と呼ばれたわけでねえ。(108頁)

里村:ただ、問題は、「智慧第一」と言うところの仏教の智慧とは、「八正道」の反省から生まれるものであるにもかかわらず、あなたのことをよく知る人からは、「種村さんは反省のできない人だった」と聞いています。

斎藤:そうですねえ。

種村守護霊:いやあ、まあ、それはねえ。「生長の家」っていうのは天狗集団だから、基本的には、もう、「生長するしかない」わけだからして・・・。(111頁)

里村:反省が苦手でいらっしゃるわけですね。

種村守護霊:そんなのできるわけないじゃない?(112頁)
 

<被告らの主張>

 当該部分については、(A)原告が貧乏学生であったこと、下宿の家賃を滞納していたこと、大学を中退したとの記述、(B)仏教の智慧とは「八正道」の反省から生まれるが、原告は反省が苦手であったことを原告の守護霊が認める記述が存在する。

(A)につき、年収や資産額などの具体的事実の摘示を欠く抽象的な評論によっては、原告の社会的評価は低下しない。

(B)につき、「八正道」とは仏教の反省修行の方法であり、原告の宗教行為に対する被告らの意見表明にすぎず、宗教論争であるから法律上の争訟ではない。

 
<原告の主張>

 原告が貧乏学生であり下宿の家賃を滞納し、大学も中退した事実や原告は反省もできない人間であるかのごとき印象を与え、社会的評価が低下している。

 被告ら主張の(A)につき、当該記述の前後の記載を踏まえると原告が家賃を踏み倒したと読めるし、大学を卒業した者と比較すれば中退した者の評価は一般的には低いため、社会的評価は低下する。

 被告らの主張(B)につき、宗教的言葉を一つでも使えばすべて宗教論争となるとするのは不当であるし、反省という言葉は、宗教的な特殊な用語ではない。反省ができないということは、人格的に問題があると言っていることにほかならず、原告の社会的評価を低下させる。


<感想>

私は明らかに事実について書かれている個所まで、判決文が「事実の摘示ではない」としたり、「反省できない人間だ」という決めつけが「社会的評価を低下させることはない」というのは、一般社会の常識とは程遠い判断と思います。霊言形式さえ取れば、しかも、あまり細かな事実を詳細に書きさえしなければ、どんなに相手の人格を貶めることを書いても名誉毀損が適用されないとする判決文は、幸福の科学の社会悪を増長するのみならず、同種の言論を誘発すると危惧しています。霊言という形式さえ取れば、どれほど相手を罵倒しても、法的に罰されないのですから。きっとこの種の不法行為は増えると思います。幸福の科学の不法行為にお墨付きを与えた判決であることを、しっかりと覚えておきたいと思います。この判決の効果として、さらに大川隆法氏は品性を低下させるきわどい発言を繰り返すようになり、幸福の科学出版株式会社は、そうした社会を害する本を安心して出し続けると想像しています。

この判決を出された裁判官は、以下の方々です。
裁判長裁判官 小野洋一
    裁判官  國分隆文
    裁判官  中村雅人
     
なお、私は幸福の科学内で京都大学中退の事実を隠したことはありません。生長の家の活動を続けるうちに、学問の関心領域が変わってしまった事と、左翼学生に妨害されて大学へ通えない時期が続いたこと、さらには生長の家本部から奉職のお誘いを頂いたのが、中退の理由です。

 家賃は京都では滞納したことは一度もありません。1年間、京大を休学して東京の生長の家本部で学生部の幹部としてボランティアをした時に、休学中の仕送りを受けられず、また無給での奉仕だったために、生長の家の信者の大家さんに理解を求め、支払いを待っていただきました。生長の家に奉職して間もなく、全額を支払いました。そのような事情がありましたので、この家賃滞納は特に恥じるようなことはないと思ってきました。


 反省できないかどうかは、私のブログを見て判断いただければ結構です。反省の根本には正直を尊ぶという姿勢が必要だと思います。K会にはそれがないのではないかと思っています。
  最後になりますが、私は離婚した妻から「禁治産者」呼ばわりされたことは一度もありません。こうした虚偽を書いて私の人格を誹謗しても、私の社会的評価が低下せず名誉棄損に該当しないとの判決は、私の理解を超えています。

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2013年12月18日水曜日

名誉棄損裁判 判決文⑧



「判決文」(8)

(6)  別表「番号」欄の記載④について

 記載④を閲読した一般の読者は、記載④には、原告が職にあぶれ生活に困ったことから、ゆする・たかりの手口を使い、幸福の科学から金を取ろうとしているとの被告大川の意見が記載されていると判断するといえる。

 原告は、記載④は、原告がチンピラや犯罪者であり、金をとるためには何でもするかのごとき印象を一般の読者に与えると主張する。しかし、上記(2)の本件書籍の特徴からして、一般の読者が記載④を読んだからといって、その記載内容が事実であると直ちに受け止めることはないということができるから、ゆすり・たかりの手口という記載があるからといって、原告が金をとるためには何でもする人間であるとの評価をするとは認められない。記載④によって、原告の社会的評価が低下したとは、認められない。


<記載④>名誉棄損 該当部分

種村守護霊:うんうん。そうだね。釈迦の「右腕」だし、もう釈迦も老いぼれだから、本来、私が教団の代表者となるべきときが来ているね。(9697頁)

種村守護霊:ただ、わしは、今、職がなくて困っとるんじゃ。(97頁)

種村守護霊:うーん、もう智慧第一だからなあ。頭のいい、お釈迦様認定の智慧第一の方が、「職にあぶれて食い詰めとる」っちゅうのは、やっぱり教団として困るだろう。ええ?(98頁)

(見出し)典型的な「ゆする・たかり」の手口で迫る種村守護霊(151頁)

里村:そうすると、植福返還請求といっても、金額はどれほど必要でしょうか。

種村守護霊:いや、とにかく、資本金は欲しいんだよ。だから、金くれたら、まあ黙ってやるよ。資本金が欲しいんだ。(151152頁)

種村守護霊:みんな、お椀を出して、「お布施ください」って回るのが、仏教のお坊さんなんだ。「ゆする・たかり」じゃん。それを教わってきたんじゃないの? 何言ってんのよ。(154頁)

里村:「あなたに守護霊を入れます」などと言って、やっていたらしいですが、あなたは本当に霊能力があるのですか。

種村守護霊:いや、まあ、そう見せないと、お金とれないじゃない。(167頁)

斎藤:私も被害者の方にいろいろ聞きましたけれども、あなたは、法外  な金額で、オーディオを売ったり、日本刀を売ったり、「ピラミッド」を売ったりしているらしいですね。それに、「磁場をつくる力がある」などと言って、何か訳の分からない円盤状のものを、ものすごく脅迫的に売ったりしているらしく、「そうしたものを売られて、会社が大変な迷惑を被った」と言って、悩んでいる社長さんがいましたよ。

   あなた、それで、本当に「智慧第一」なのですか。(168169頁)

種村守護霊:だから、生長の家だって、立正佼成会だって、統一協会だって、みんな、そういう詐欺商法をやっているんだよ。それが宗教の主流なんだから、別にかまわないんだよ。値打ちのないものを、あるように見せるのが宗教なんだからさ。(169頁)

里村:種村氏は、大川総裁に女性問題があるかのように、総裁元夫人が言ったり、週刊誌が書いたことが、さも本当であるかのように言って、信者さんをそそのかし、迷わしましたけれども、肝心の離婚裁判のほうでは、「総裁の女性問題については根拠が薄い。種村氏の陳述書が出ているが、これはただの伝聞だ」と、裁判所にばっさり切られるかたちになって、きょう子氏自らが慰謝料の請求を取り下げているんです。(181頁)

種村守護霊:俺は、十何年も前に教団を辞めているのにさ、そんなん、わかるわけねえじゃねえか。

里村:だから、「そういう女性問題や教団のスキャンダルなどがネタになる」と思ったら、もう、終わりですから、やめたほうがいいですよ。

種村守護霊:まあ、それは、基本的に、政治家をゆする手法だからね。

   里村:気をつけないと、本当に、刑事犯になりますからね。

種村守護霊:政治家は、それで、だいたい落ちるじゃん。(182頁)

<被告らの主張>

 当該部分は、(A)原告の守護霊が「職がなくて困っとる」と述べる記述(B)原告の守護霊が典型的な「ゆする・たかり」の手口で迫っているとの小見出し、(C)原告の守護霊が女性スキャンダルは政治家をゆする手法であると述べる記述である。

(A)につき、原告の守護霊が「職がなくて困っとる」と述べた記述のみによって原告は職がなくて困っていると一般人が受け取るものとはいえない。年収や資産額などの具体的事実は適示されておらず、社会的評価は低下しない。

(B)につき、当該記述は極めて抽象的であり具体的事実の摘示とはいえず、原告の社会的評価は低下しない。

(C)につき、政治家をゆする手法として女性スキャンダルという材料があること自体は、誰でも思いつく事実であり、社会的に非難されるべきとも言えないから原告の社会的評価は低下しない。

 <原告の主張>

 原告が職にあぶれ、生活に困ったことから、ゆすりたかりの手口を使い、訴外きょう子をそそのかして幸福の科学からお金を取ろうとしているかのごとき記述内容により、原告がチンピラや犯罪者であり、金をとるためには何でもするかのごとき印象を一般読者・信者に与え、原告の社会的評価を低下させる。

 被告ら主張の(B)につき、ゆすり・たかりの手口は、原告が深く関わっているとされている別件訴訟にからめて述べているのであり、抽象的なものではない。

 被告ら主張の(C)につき、被告らの主張が成り立つのであれば、およそ名誉棄損等の不法行為は起こり得ないことになり、不当である。


<感想>

以前に私が書いた該当箇所への批判の紹介と、現時点での簡単なコメントを載せます。

大川氏の女性問題
http://tanemura1956.blogspot.jp/2012/07/blog-post_342.html

(注:大川きょう子氏が週刊新潮で暴露した教祖の女性問題は、東京地方裁判所の判決でも名誉毀損に該当しないと判定されていました。教祖が寵愛していた女性たちがいたことを裁判官が事実確認で確認したようです。きょう子氏が慰謝料請求を取り下げたのは、300万円の慰謝料にこだわると、いつまでたっても離婚が成立せず慰謝料請求を取り下げることで早期解決を図ったものです。和解を早期に成立させるためにこの点を譲歩した背景には、裁判官のアドバイスなどもあったのではないでしょうか。慰謝料請求取り下げと女性問題がなかったかどうかは、別問題です。)

 
でっち上げの斎藤発言
http://tanemura1956.blogspot.jp/2012/07/blog-post_1907.html

(注:斎藤氏が発言した調査内容は、完全なでっち上げです。別の裁判で、私はこの点を陳述書で指摘しましたが、K会側からは何の弁明もありませんでした。)

 
布施返還訴訟との関連
http://tanemura1956.blogspot.jp/2012/07/blog-post_4551.html

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2013年12月16日月曜日

投稿・サイコパス

ある教祖を検証してみると

(紹介)

ある匿名希望さんから、興味深い投稿をいただいた。
私もカルトの教祖にもこの種のタイプが多いことを聞いてはいた。
この方はご自分で、サイコパステストを使って、その教祖の方を診断されたそうである。
洗脳問題には大きな意味を持つテーマだと思いますので、紹介させて頂きます。

(投稿)

最近、ある教祖の人格を漫然とおかしいのではないか、と思っていたらネットで、その教祖はサイコパスではないかという記述が目に付いた

ちょっとネットで調べてみると、以下のように説明があった

精神病質
・良心の異常な欠如
・他者に対する冷淡さや共感のなさ
・慢性的に平然と嘘をつく
・行動に対する責任が全く取れない
・罪悪感が全く無い
・過大な自尊心で自己中心的
・口達者

エミール・クレペリンによるとサイコパスのひとつに「空想虚言者」という類型がある。

1.【想像力が異常に旺盛で、空想を現実よりも優先する】
一見才能があり博学で、地理・歴史・技術・医学など、何くれとなく通じていて話題が豊富であるが、よく調べるとその知識は他人の話からの寄せ集めである。
2.【弁舌が淀みなく、当意即妙の応答がうまい】
好んで難解な外来語や人を脅かす言説をなす。
3.【人の心を操り、人気を集め、注目を浴びることに長けている】
自己中心の空想に陶酔して、他人の批判を許さない。
自ら嘘をついて、いつのまにかその嘘を自分でも信じ込んでしまうのである。

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自分の女性秘書を過去世の妻と称して関係を持ったり、元弟子の中傷をあたかも真実であるかのように吹聴するなど、良心的な人間ならまずありえないことをしている
方便だったと称して教義の変更も頻繁に行なっている
多くの面で該当するのではないか

以下のサイトで、その教祖のサイコパス・テスト(診断)をしてみたら

 サイコパスとは何か?
サイコパス・スコア 3040
対象者は
サイコパスである
と診断されました

と出た

ちなみにサイコパスの対処方法として、説明では距離をとる以外ないとしている

こういう教祖のもとにいる信者さんは、冷静に考えてみて、距離をとることをお勧めする

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2013年12月14日土曜日

名誉棄損裁判 判決文⑦



「判決文」(7)

(2)別表「番号」欄の記載③について

 記載③を閲覧した一般の読者は、記載③には、原告が、幸福の科学の中で重用されなくなったことに恨みをもち、また経済的に困窮したことから、幸福の科学の会員にお布施を返還させ、それを原資に別会派を作ろうとしているとの被告大川の意見・推論が記載されていると判断するといえる。

 原告は、記載③は、原告が権力欲が強く、金に執着する人間であるとの印象を一般の読者が記載③を読むことで、ただちに原告が権力欲が強い人間であるとは認められない。また、原告が経済的に困窮しているとの点については、具体的な事実が適示されているわけではないので、一般の読者は、被告大川の推論が記載されているとの印象以上に、原告が経済的に困窮していたとの印象を持つとは認められない。加えて、記載③では本件霊言方式がとられていないものの、被告大川の発言内容は本件霊言方式がとられた記載②や記載④と同内容のものであるから、一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、その記載内容が事実であると直ちに受け止められることはないということができる。記載③によって原告の社会的評価が低下するとは認められない。

名誉棄損該当部分③

<記載③>名誉棄損 該当部分

大川隆法:教団の初期のころ、西荻に事務所を開いたころに、舎利弗の生まれ変わりと言っていた人がいました。その人は、もと「生長の家」という教団の編集部に勤めていたのですが、そちらを辞めて当会のほうに来たのです。(81頁)

大川隆法:そして、還俗後、彼らも、何とか生活ができているうちはよかったのですが、生活ができなくなってくると、いろいろとよくないことをやり始めているようです。そして、最後には、「ミニ教団らしきものを作って食べていく」というようなことを考えるわけです。(83頁)

大川隆法:自分たちを固定した状態で見ていれば、教団のほうがどんどん変化して、自分たちが置き去りにされたようなかたちに見えるため、彼らには、「初期のころに重用された自分たちが、その後、重用されなくなった」というように恨んでいる面もあるのでしょう。(84頁)

大川隆法:そういう働きをしたのが舎利弗たちであったので、「舎利弗が別派をつくって幸福の科学の信者を連れていく」というのは、話として少しおかしいのではないかと私は思いますし、信仰心のあまりいいかげんさに、あきれる思いもしないわけではありません。(90頁)

大川隆法:そういうことで、以前、智慧第一と言われていた人が、今、ちょっと悪さをし始めていて、会員を引っ張って迷わそうとしたり、文殊と言われた人あたりとつるんだりし始めているようです。(9091頁)

大川隆法:まあ、はっきり言えば、初期のころに当会に来て、最初、事務局課長として職員になった種村という人が、今、別派的な動きをしており、当会に多額の布施した信者あたりを狙って、布施をしたお金を取り返させ、それを資本金にして別派をつくろうとしているらしいことが分かっています。(92頁)

大川隆法:それでは、かつて「種村修学(しゅうがく)」という法名をあげた方ですが、この人が、今、ちょっと悪さをしているようですので、(93頁)

    「職にあぶれて食い詰めている」という現状」(注:小見出し)(94頁)

種村守護霊:もう一回言わしてくれる? あの長男の宏洋っていうのはね、奥さんが海外旅行する度に、私んとこで子守したんだからさあ、その恩義を考えればさあ、生涯年金ぐらい出せよ。(191192頁)

大川隆法:やはり、彼には、大会社から来たような気持ちがあったのかもしれません。「大会社から、新興の零細企業に来てやったんだ」という気持ちは、やはり持っていたのでしょう。

ところが、あっという間に逆転されていく感じになりましたのでね。あとからあとから優秀な人が出てきて教団が発展していくのを見て、それが分からないというか、彼には、生長の家的ノウハウでは理解できない部分がそうとうあったのだろうと思われますね。(210211頁)

大川隆法:まあ、おそらく、この人は、名なしの権兵衛でしょう。

大川隆法:名なしの権兵衛です。いろいろな宗教に、ちょこちょこ手を出して、宗教的なものを学んではいるのだろうけれども、智慧第一でも何でもなかったようですね。(216217頁)

大川隆法:まあ、うらやましいのではありませんか。あなたが精舎の館長をやったり、専務になったり、村田さんも大学の学長をやったりして、何か、うらやましくてしょうがないのではないでしょうか。「仕事は俺のほうができた」などと思っているのかもしれませんね。

しかし、宗教修行はマラソンのようなもので、「長く持つ」ということも大事なことなんですよ。(222223頁)

<原告の主張>

 原告が幸福の科学の中で重用されなくなったことに恨みを持ち、また職にあぶれて食い詰めた状態になったことから、多額の御布施をした信者達に取り入り、御布施を取り返させ、それを資本金に別派を作ろうとしている等の記述内容により、原告が、権力欲の強い人間であり、また金に執着する金にきたない人間であるかのごとき印象を一般読者、信者達に与えることにより、原告の名誉が毀損されている。

 被告らの主張の(A)につき、「恨む」ということはマイナスイメージであり社会的信用を低下させる。

 被告ら主張の(B)につき、当該記述は原告が、信者をそそのかして別件訴訟をさせ、その訴訟によって得た金まで横取りして自らの資本金に使おうとしている人間だと評価されることになり、原告の名誉を毀損する

 被告らの主張の(C)につき、当該記述は原告が職にあぶれたことから、訴外きょう子とつるんで、別件訴訟等を提起したことが記述されており、原告が、金のためには、例え過去に世話になった人でも逆恨みして陥れようとする執念深い人間と思わせるものであって、社会的評価が低下する

<被告らの主張>

 当該部分は、(A)初期の頃重用された原告がその後重用されなくなったため、恨んでいる面があるという被告大川の推論、(B)原告が教団に多額の布施をした信者に御布施を取り返させ、それを資本金にして別派を作ろうとしているらしいという被告大川の意見表明、(C)原告に仕事がなく経済的に苦しい状態にあるという被告大川の意見表明の記述である。

(A)につき、ある組織の中で重用されなかった者がその組織に対して否定的な感情を持つことは社会通念上ごく自然なことであり、当該推測は社会的評価を低下させるものではない。

(B)につき、裁判の提起自体は、法律上認められた権利行使の手段であり、かかる法律上許容された手段を用いて得た金銭を用いて新たな宗派を作ろうとすることが社会的に非難されるべきものとは言えず、社会的に評価を低下させるものではない。

(C)につき、仕事がなく経済的に困窮する理由は様々であり、年収や資産額などの具体的事実の摘示を欠く単に仕事がなく経済的に苦しいとの抽象的な論評にのみにより、原告の社会的評価が低下するものではない

<感想>

以前に私が書いた該当箇所への批判の紹介と、現時点での簡単なコメントを載せます。

長男の子守


(注:大昔に何度か子守したことをネタに生涯年金を主張するというのは、普通では考えられない発想ですが、「被告大川」氏だからそういう発想ができるのだと思います。)


布施返還訴訟と別派


(注:「被告大川」氏の顕著な特徴は、「もらった金はびた一文返さない」という金銭への異常な執着です。被害者に返済させる道を開くことは、多くの人への救済の道を開きます。それだけに布施返還裁判は重要です。私の願いはあくまで個々の信者の救済です。なお「被告らの主張」では、もし裁判で得たお金を使って別の宗教団体を作っても何ら社会的に非難されることではないと言い切っています。これはしっかり記憶しておきましょう。なお、当時私が所属していた「心検」をミニ教団とみなしているようですが、これは「心検」理事長が大川隆法氏と個人的に会った機会に、大川氏に相談して立ち上げたカウンセラー団体です。大川氏はそれを忘れているようです。)

 大川きょう子さんのこと


(注:私はきょう子氏が元気に健やかに幸福感に満ちておられることそれ自体が、大川隆法氏への最大のダメージになると思います。私がきょう子さんと会ったときに、教団内で言われていた悪魔のイメージがかけらもなく、かえって幸せそうで生き生きしておられる姿を見て、『現代の法難』シリーズが描き出したきょう子像が元亭主の妄想に過ぎないことを理解しました。現在きょう子さんは四谷のカソリック教会でキリスト教の布教活動をされていると伺っています。)


重用されなくなって恨んだのか?


(注:重用されなくて恨んでいた人間が、K会の名誉を守るために朝日新聞社に乗り込んで、週刊朝日の記事に対して抗議をしに行ったでしょうか。仏陀と信じていた信仰を大川氏の行動で裏切られ、完全に失望して辞めたのです。会員向けに自己正当化に都合の良いストーリーを描き、それをあたかも真実のように装うために『舎利弗の真実に迫る』は発刊されました。)

<希望のブログ>
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