2013年6月30日日曜日

幸福の科学の植福について⑪・・・精舎建立植福


洗脳集金システム⑤

 精舎建立植福、その他の名目のある植福


 K会ではそれが何のための植福(布施)かをはっきりうち出すことにより、信者の布施をしたいという気持ちを巧妙に引き出していきます。例えば、〇〇正心館建立植福であれば、その〇〇地域に住む人やゆかりのある信者はお布施をしたくなります。私もインド・ブッダガヤの地に精舎がたつと聞いた時には、過去世はインドでお世話になったから報恩として是非させていただきたいと思い、110万円を出しました。

 幸福の科学学園建立の記念植福であれば、教育に関心が高い信者や学齢期の子供を持つ親は積極的に布施をします。

以前、大川きょう子さんが文殊菩薩と言われていたころには、文殊堂建立記念植福、文殊館記念植福に多くの信者が文殊菩薩とのご縁を深めたいと思って布施をしました。文殊堂は那須総本山に、文殊館は文殊再誕の地として大川きょう子夫人の出生地秋田県に建てられました。大川きょう子夫人が永久追放され、文殊のうまれかわりではなく裏切りのユダの生まれ変わりだったとされてからは、それぞれ建物の名称とご本尊が取り替えられました。

しかし、文殊の名目で布施を呼びかけたにも関わらずその布施を返還するという話はなく、名称を変えただけで終わらせています。つまり布施の名目はあくまでも名目でしかなく、実は教団の集金トークに過ぎなかったことがはっきりしたのです。


災害を利用する集金

 最近はさらに巧妙な集金システムが総裁自身によって開発されています。東北大震災の犠牲者を追悼と被災地の復興のために仙台正心館を建てるとして、次のような認定制度を総裁が発案したといいます。

「篤志家植福」110(万円)以上

「復興大黒天」1100(万円)以上

「復興菩薩」11億以上

 こうなると、震災を奇貨としての集金としか見えません。実際にやることは、被災者の復興ではなく単なる自前の精舎の建立だけですから、世間一般からは人の不幸を利用しているとみられると思います。実際にそういわれても言い訳できないと思います。これが震災復興のために役立つのだと言っても、それは単なる集金トークとしか響きません。なぜなら、繰り返し言いますが、こうして集められたお金は一般の被災者のために寄付するお金ではなく、通常の精舎の建立資金として使われるにすぎないからです。

しかも実際に災害地に行って復興ボランティアをした元夫人に対しては、それを報道した週刊誌(週刊朝日)を、そのことで悪魔呼ばわりしているのですから、常軌を逸しています。

復興名目で集まったお金でも、精舎建立で余ったお金は教団の運営資金に回されると思います。

 文殊堂や文殊館のケースで見たように、布施の名目というのは、単なる金集めの名目にすぎないのです。その証拠に、その名目でいくら集まり、何にいくら使われたのかを一度も発表したことはありません。
 

巧みな集金方法

K会の集金方法は非常に巧妙です。特に総裁が支部巡錫するときには、「ご巡錫の日までに目標を達成してお迎えしましょう」というトークで、一気に短期間のうちに布施を集めようとします。実際にそれで目標が達成されています。

ある元信者の方は、こういうことも証言しています。

「支部精舎、海外地方精舎等の建立もひっきりなしに続いていたため、信者はそのたびに多額の布施を求められました。しかし、『神々の主であられる大川総裁先生に布施させていただくことは仏弟子の最高の喜びであり栄誉です。主こそが最も有意義なお金の使い方をご存知な方であり、主に託された布施は1円たりとも無駄に使われることはありません』という話を、信者は何度も支部長や本部長から聞かされてきました。私達信者もそれを真実だと思いこむようになり、私も高額な布施の目標に懸命に取り組んでいました。」

 信者はこうして洗脳されていきます。

しかも、支部の現場では布施をせざるを得ないような巧妙な仕組みが働いています。元信者の方のこういう証言があります。

「幸福の科学では建前上は自分にできるだけの布施をすればよいことになっていますが、実際は、支部に来ている同じ信者たち数十名が『主の理想を実現するために』と本部が決めてくる目標額に届くよう毎回必死でお金を出し続けているのが実情でした。出さない場合は自宅に『主のお役に立ちたくないのですか?』と断りづらい言い方で布施要請の連絡が入り、そのたびに信者はお金を出さざるを得ない状況に追い込まれるのです。一方、電話を入れている役職者は役職者で、役割上『勧進(人に布施をするように勧めること)』をしなければならず、率先垂範して他の人よりもまず役職者自身が先にその布施をすることが求められます。私も役職者でしたので、いつも主人に内緒でほぼ全ての布施の機会ごとにかなり無理をしてお金を用意してきました。」

  以上見てきたように、K会ではありとあらゆる手法を駆使して布施の推進をします。その仕組みと集金トークを見れば、それが「洗脳集金システム」と呼ぶにふさわしいものであることが理解いただけると思います。

 

 

2013年6月29日土曜日

幸福の科学の植福について⑩・・・植福菩薩、大黒天信者


洗脳集金システム④
 
菩薩認定制度(植福菩薩、寄進菩薩、献本菩薩)

 K会(幸福の科学)の洗脳集金システムの大きな柱は「菩薩認定制度」です。これには植福菩薩(1000万円以上の植福)、寄進菩薩(土地寄進)、献本菩薩(半年間に100冊献本)があります。半年ごとに認定され、菩薩の称号を与えられ、袈裟等の記念品が贈呈されます。

 菩薩といえば七次元菩薩界の悟りを得て人助けのために活動する人です。第一段階の悟りである阿羅漢になってその心境を維持し続け、さらに救済活動をして初めて到達できる悟りであると説かれてきました。この菩薩に、ある一定基準以上の布施や活動をすれば誰でもなれるというのがK会の菩薩認定制度です。これは「洗脳」です。

寄進菩薩は土地、植福菩薩は1000万円のお金、献本菩薩は100冊分の書籍購入費を出すことでなれるというので、菩薩認定制度は文字通り「洗脳集金システム」となっています。K会は悟りの認定と布施(植福)の額をリンクさせたことで、信者の布施へのモチベーションを大きく上げることに成功しています。

しかも、これは一種の顕彰制度でもあるため、教団内でのステイタスの向上につながります。事実、寄進菩薩や植福菩薩に認定された人は、総裁の講演会や精舎の落慶祭など公式の大きな行事の際に、最前列を用意されるなどして、特別に扱います。非常に巧みな制度だといえます。

これは支部運営にとって非常に有効な制度なので、支部長は熱心に取り組みます。特に植福菩薩が一人出ると、その期の支部の布施の目標額は達成が非常に楽になるため、支部長は植福菩薩を出すことに特に知恵を絞ります。

ある元信者の証言は、支部の現場の雰囲気をよく伝えてくれています。

「信者は日常的に布施を求められますが、中でも1000万円布施をした人は植福菩薩の称号を与えられて、皆からちやほやされます。高額布施者を仏に貢献した者と称え、皆の憧れの存在にして本人の自尊心をくすぐる一方、他の信者にはその人に続くことの素晴らしさを説いて気持ちを煽ります。私はかつてス部で開かれた『菩薩誕生祝賀会』で『次は〇○さんのような気がする』と皆の前で言われ、何とも言えないプレッシャーを感じました。」

 つまり自分から進んで植福菩薩になるだけでなく、周囲がそう仕向けていくので、非常に巧みに誘導されていくのです。

 
大黒天信者

 K会には発足当初からの会費制度として「植福の会」があります。1000円以上、任意の額を毎月自動引き落としで入金する制度です。特にその金額が1万円以上の人を大黒天信者と呼びます。

 これはK会にとっては、黙っていても毎月入ってくる布施なので、経営の安定には欠かすことができないものです。そこで毎月の入金を高額にするために打ち出されたのが大黒天信者という呼称です。「大黒天信者」という呼び名は、自分が「大黒天」であるという気分にさせてくれます。自分は特別な存在であるという気分を味わえるのです。しかも「主が許された大黒天信者になれることは、主がおられる今世だけである」と支部職員がしばしば強調しますので、何か尊いものになる気がするのです。

 もう一つ植福の会の金額を増やす方法は、家族の名義で植福の会を申し込むように誘導することです。子供やご主人、さらには両親などの名義を使って植福の会に払い込みます。するとその功徳を家族も受けることができると教えられるので、入金者が増え、入金金額が増えます。

 こうして植福の会の増額は実に巧妙に誘導されます。ある元信者の方はこういう経験を語っています。

「植福の会ははじめ月1000円でスタートしましたが、役職につくと増額をするように何度も言われ、徐々に金額が増えていきました。『いつのまにか自動引き落としされるこの布施は執着を生みにくく、より功徳が大きいので天に宝がたくさん積めます』と職員が支部でよく信者に言って勧めていました。」

 私も職員時代には、こういう言い方でお勧めしました。実際に私はそう信じていたので、退職(還俗)して金銭的に苦労していた時期でも月額1万円の植福の会を何年も続けていました。与えることで 陰徳を積み、与える心がいい運命を引き寄せるに違いないと信じていたからでした。しかし、教祖と教団の実態がはっきりわかってからは、それは間違いでそういう功徳はあり得ないと思い、打ち切りました。

2013年6月28日金曜日

(投稿)たった一本の電話から


少年とアリ地獄


 
たった1本の電話から、自分の人生の新たな展開が始まる。
良い方向に向かうのか、悪い方向に向かうのか、それはわからない。
ただ、この1本の電話というものは、自分にとっては、明らかに危機である。
しかし、一見危機と見えることが、新たな道を開くきっかけとなることもある。
この1年間、カウンセリング手法を用いて、自らの心との対話を通じ、心の修行をしてきたつもりだった。
自分としては、それなりの成果を上げたつもりだった。
しかしながら、この電話は、「今まで行ってきたことは、いったい何だったのか?」という問いかけをされたようであった。
自分の心の安定は、ガラガラと崩れ、方向性を見失った渡り鳥のように、不安と恐怖に包まれた。
一体、今の自分というのは何であったのか。頭では理解していたようであったが、簡単に足元をすくわれる状態であったのではないか。
心の中で、今まで積み上げてきたものが、音を立てて崩れていくのを感じた。
しっかりとした土台と信じていたもの、それが砂の塊であったとは。
自分の心は、この砂の集まりのように、脆く儚いものであったのか・・・。

心の中から響いてくる声がある。
「あきらめるな。転んでも、また立ち上がれ。」

自らの小ささを知ったとき、大いなる神に真剣に向き合うことができる。
そうして再び、神へと向かう道に進むことができる。
自ら歩んでいた道を見失ったときに、そこに本来進むべき道が現れてくる。

私の心の中に、次のようなイメージが強く浮かんできた。
ある少年が、地面を歩くアリを眺めていた。
アリは、餌を求めて、ただひたすら歩いていた。
少年は、そのアリの前に、蟻地獄があることに気付いた。
心優しい少年は、アリの前に小石や草などの障害物を置いて、アリが何とか違う方向に進むように
仕向けた。
アリは次々に目の前に現れる障害物をかわしながら、蟻地獄から別の方向に離れていった。
それを見て、少年は優しいまなざしで、静かにアリを見続けていた。

神もまた、この少年のように、私を導いてくださっているのであろう。
目の前に現れた障害物は、正しく神へと向かうための「道しるべ」なのかもしれない。

障害物につまずいて、たとえ転んだとしても、
汚れを払って、また歩き出せばいい。
決して恨むことなく、弱音を吐くことなく、
ただ、黙々と、導いてくださる者を信じて、歩き続けること。

ただ、それだけ。

 

 

(コメント)
Aさんからのメッセージです。大きな導きを信じる気持ちを教えてくださいました。

2013年6月27日木曜日

幸福の科学の植福について⑨・・・経典、献本、映画


洗脳集金システム③
 

書籍の種類と経典購入

OR氏(大川隆法氏)の著作は、書店に並ぶものは戦略書籍とそれ以外の書籍に分けられます。また教団内部で支部や精舎でのみ売られる信者向け経典があります。

 戦略書籍は「法シリーズ」がそれに当たります。『太陽の法』『黄金の法』『永遠の法』をはじめ『奇跡の法』『不滅の法』など、毎年1~2冊発刊され、年間を通してベストセラーにするために、戦略的に書店から買い取りを行います。全国の支部には購入目標数が割り振られ、目標は必達が求められます。

 それ以外の書店売り書籍は、霊言集を中心に毎月数冊発刊されています。このうちその時期の活動に直結するものは、組織的に献本されることもあります。量が多くなるほど内容が低下し、信者でも購入する人が減ってきているのが実情のようです。職員も全部は読み切れないようです。

 内部売りの経典は一回の説法で1冊になり5000円の高価格で販売されています。後にそれを何冊か集めて、1冊の書籍として書店売りすることもあります。またいくつかの説法を集めた内部売り経典は1万円で販売しています。売り上げは布施扱いとなるため税金がかからず、高額商品を内部売りにすることで収益性を高めています。

 初期の霊言集は潮文社から1000円前後で販売され、その後は土屋書店や幸福の科学出版からも発売されました。こうした霊言集を豪華装丁の内部売り経典として12万円で全50巻を発売しています。この霊言集の販売には非常に巧妙な方法がとられました。ある元信者は次のように証言しています。

「この霊言集の購入金額が多い支部から順に自前の支部精舎を建てるという本部からのお達しに基づき、役職者をはじめとするリーダー信者は必死になって高額なこの霊言集を何冊も買うことになりました。私の場合、もっと霊言集を買わないと支部精舎がいただけないからとせかされて無理をして40冊ほど買いました。計約80万円もの支出でした。『時限を決めて有無を言わさずお金を出させる巧みなやり方』だと思いましたが、『魔が入った』と言われるのが怖くて批判的な言葉は言い出せませんでした。」

 この高額商品は全部布施扱いですから無税です。しかも昔からの信者は、書店売りの同じ内容の本を持っているにも関わらず半強制的に買わされています。

 
献本

 幸福の科学出版の書籍は、以前は東販や日販の調査でベストテンしていることがありました。しかし近年は、それが影をひそめ紀伊国屋書店などの少数の大型書店での販売実績ベストセラーに限られてきています。

 ベストセラーづくりは教団の初期からPR戦略の中心に置かれています。また献本は伝道のための武器でもあるため、毎年組織的に取り組まれます。

具体的には戦略書籍の販売目標をOR氏が承認し、それに基づいて総合本部の営業担当部署(伝道局)が各本部、更には各支部の割り当て目標数字を決めます。各支部では、その数字目標を達成するために各布教所や地区に数字目標が割り振られ、信者が割り当て目標を達成するために書籍を購入します。そのため活動信者が毎年数十冊から100冊購入しています。

「無料で友人・知人に献本することは素晴らしいこと」「その人の家に仏の光(大川隆法氏の本は仏の光の塊と宣伝)が入るだけで悪霊は嫌がる」と教団は奨励してきました。信者の知り合いだけでは配り切れないので、どこかで入手した名簿に組織的に本を送りつけたり、街頭や公園で無料で配布したりしています。余った書籍が押し入れに山積みになっている信者宅は数多くあります。ほとんどの支部にも書籍の在庫の山がありますが、購入数は目標通り確保する必要があるため、毎年大きな金銭的負担となって信者にのしかかってきます。

「同じ本をベストセラーにするために100冊購入したことが何度もあり、1回につき10万円以上の出費になるので、専業主婦の私にとってはだんだん嫌な気分になり、本を早く掃かせて気分をすっきりさせたいという気持ちが強くなっていきました。しかも大川氏の説法の中で、ベストセラーになって印税が入ってきていることを自慢話のように聞かされた時には、『それらは、信者が四苦八苦して購入したからベストセラーになっているのに、それがわからないのか』と思いました。もちろん、口にはできません。」

これはある元信者さんの証言ですが、これはごく一般的な意見です。別の元信者さんはこう証言しています。

「経典についても、布施と同様に本部から高い購入目標を割り当てて購入を迫られるので、私たちは断ることができません。地区の経典購入目標を達成するために、私の購入冊数は自分用以外に数十冊と前もって割り振られ、支部全体で目標に届くと『目標100%達成おめでとうございます!』と皆で盛大に拍手をしました。私は大川氏の本が出るたびに数冊~数十冊を購入していろんな友人に渡していましたが、受け取りを拒否され友人を失うこともよくありました。それでもまた新しい(戦略)本が出ればまた購入して誰かに献本しなければならず、とても苦しい思いをしました。」

 私も書籍を献本して友人を失ってきましたので、この気持ちは理解できます。

 

映画

 K会では平均3年に1本の割合で映画が作られます。そのたびに布施が募られます。

 映画に関する布施には大きく二つがあります。一つが信者企業や取引企業に協賛金を出させるもので、協賛会社の名前を映画の最後にいれて宣伝します。教祖のOR氏が協賛会社をチェックしていて、常連の名前が見えないときはプッシュさせることがあります。私は教祖に直接催促されて協賛金を出したというある企業役員の話を聴いたこともあります。

 もう一つは、映画チケットも割り当て購入です。献本と同様に目標数字が総合本部で決められ、末端の信者が数枚から100枚、人によっては1000枚近く購入する人もいます。布施と活動の実態をある元信者は次のように証言しています。

「映画チケット(鑑賞券)の買い取りについても、本部から設定された目標を達成するために毎回100枚程度買い取らなければなりません。私はその映画チケットのほとんどを自分で知り合いに配りましたが、多くの信者は渡しきれずに自分で何回も見ます。なかには50回以上観た人もいましたが、私が映画館に出向いてみれば毎回まばらに入っている観客の中にグーグーと寝入っている同じ支部の人たちがあちらこちらに見えました。これは一部の熱心な信者が動員報告数をあげるために無理やりやっていることなのですが、かえって逆効果であり、このやり方を許している教団は信者のお金と時間をあまりにも無駄遣いさせていると思いました。」

 別の元信者はこう証言しています。

「幸福の科学では、布教の一環として何本もの映画を制作して上映していますが、これらも信者が布施と称してお金を出しチケットを購入し、それも『仏から頂く尊いものである』と言われ、支部の本尊前でうやうやしくお金を出してチケットを買うという儀式までやっていました。当時の私も綴りになったチケットを購入して、友人知人に無料で配り、『何度も観ることで仏の気持ちがわかり仏と一体になれる』と言われて、毎日のように映画館に通っていました。当然、家事などそっちのけでした。」

 これは私も同じようなことをしてきました。映画館では一人の信者が一日に何度も観ます。やがて10分したら出てきて、また次の上映時に入るということをするようになります。

 こうしたことが続いたのも一因で、以前は東映系の映画館で上映されていましたが、2012年の映画からは東映に映画配給を断られ、やむなく日活系の映画館に変わりました。
 
  経典の購入、献本書籍の購入、映画観賞券購入。これらもK会における集金システムの一部です。そしてその目標数値はしっかり教団が管理して言葉巧みに信者を操り洗脳し、目標額を集金しています。教祖の自己満足と印税の確保そして教団の収益確保のために、信者が時間とお金を注ぎ込んでいる実態がそこにはあるのです。
 

2013年6月26日水曜日

幸福の科学の植福について⑧・・・研修、祈願、法話


 洗脳集金システム②

 

法話拝聴会

 支部では法話拝聴会といって毎月数本の法話、霊言のDVDが一回5000円のお金を払って見ることをすすめます。『舎利弗の真実に迫る』に収録された私の悪口をいわせた霊言も同じように見せられています。また、大川きょう子夫人を糾弾するための霊言も、何回かに分けて「仏法護持研修」と銘打って行われました。こうしたものは、特別に信者に呼びかけて動員をして見せるようにしていました。

 私が支部にまだ行っていたころは、あまりにも次々と出されるご法話や霊言が多く、全部見ることができる信者は一人しかいませんでした。お金が続かないからです。精舎にも類似のものがありますが、そこでは1万円がかかります。

ある元信者の方はこう証言しています。「法話拝聴会は、精舎開催分も含めると毎月1~2回は必ずあり、家族分を含めると月平均2万円以上の布施を出していました。特にここ数年は宇宙人の話や〇〇の霊言という形での法話が頻繁になりましたので、私は他の布施もいろいろある中、お金の工面に大変苦労しました。同じ支部でスタッフをしている熱心な女性信者に『こんなにご法話がたびたびだと資金的に大変よね』と小声で話しかけられたことがありました。」

これは正直な信者の気持ちです。しかしこれらを職員は無料で見れるために、在家信者の間には非常な不満が溜まっていました。熱心な在家の信者は本当は全部見たいのですが、お金がないので見れないことに不満を募らせていくのです。その矛先は無料で見ている職員に向けられます。

 教祖のO氏(大川隆法氏)はDVDを安く見せるのは非常に不満で、自分の話は「真理価値」があるので、本来もっと値段が高くてもいいのだと考えています。ある時、その教祖の意向を受けた二十代の理事長が何万円もの布施をとってご法話拝聴会を実施したことがありました。さすがにあまりにも高すぎる(その割には内容がない)と信者の不評を買い、元に戻しました。もっともこの時高額の布施を払うほど奇跡が起きるといううわさが広がり、ある程度の人は見たと言います。しかし、高額すぎると支部に人が来なくなって、結局収益が低下せざるをえません。

このご法話や霊言DVDは洗脳集金システムとしては、洗脳と集金が同時にできるという点では非常に効果的なものです。しかも、その内容は内部売り書籍(5000円)や書店販売の書籍(千数百円)になりますので、1つの法話、霊言で繰り返し収益を上げる仕組みが作られています。またDVDや書籍の数が多いと、それ以外の勉強に振り向ける時間もお金も無くなるので、信者はどっぷりと教団の教えに浸ります。大量の情報をふんだんに与え続けるというのは、洗脳の一つの手法です。

 
祈願

 支部では毎月2回祈願祭があります。支部の祈願は原則5000円、年数度の特別の支部祈願祭では1万円です。これは信者が持っている「祈願文」を使っての祈願なので、収益としては非常に効率的です。信者が「この支部長は祈りが効く」と判断すると祈願が増えますが、「この支部長ではだめだ」となると減ります。信者は悪霊撃退祈願を、反対する家族に対して行うように指導されます。それ以外に「成功祈願」「病気平癒祈願」「経済繁栄祈願」などがありました。

 ただし次第に支部祈願が減っていったので、「千客万来祈願」など新しい祈願も増えていきました。これは支部としての収益が確保できるようにと出されている祈願です。

 精舎での祈願は3万円が普通で、5万円、10万円、30万円とランクがあります。大きな神社でも通常は5000円程度で祈願でき、1万円も出せば神楽付きになることを考えると、けた違いに高額です。これはK会の祈願は直接高級霊に届くという信仰(洗脳)があるためです。エル・カンターレは神々の長なので、その祈願は他のどこよりも効果があると教えられているのです。

また信者は祈願する行為そのものが信仰心を深める修行であると教えられているので、できるだけ祈願を受けようとします。

特に精舎での研修に参加すると、仕上げとして祈願を受けることで修行を完成させたい、大きな効果を上げたいと思い祈願します。精舎の講師から「研修を受けて祈願をしないで帰ることは、山登りで9合目まで来て帰るようなものです。頂上まであともう少しというところで帰るのですか?」ということを言われると、なんとなく祈願を受けずに帰ることは、みすみすよいことを逃がすことになるという錯覚を起こします。結局信者は3万円以上出して祈願するのです。しかも、「手持ちのお金がなければ、あとからでもいいですよ」と銀行振込用紙も用意されています。振り込み予定期日を書く欄があり、その日までの振り込まれていないと確認催促の電話が来ます。これは布施というより集金そのものです。

 祈願ではそれを10万円払って受けるだけで、全部の罪が消えるという過去清算の秘宝特別灌頂があります。エル・カンターレ像の前で五体投地して、その時に頭長に導師が水を振りかけるだけの儀式です。これで全部の罪が消えるのでしたら、反省の教えは無用になります。結局この流れからは、念仏地獄(念仏を唱えるだけで救われると信じて反省の心を失った人がいく地獄)と近いところに五体投地地獄が出来上がるだろうと予想されます。

 エル・カンターレに直接祈願を聞いてもらえるという心願成就祈願は30万円です。通常の神社では大きな神社でも心願成就は1万円なので、ものすごく高価です。支部長に勧められてこの祈願を受けたが全く何の効果もなかったという信者からの相談を、私は以前受けたことがあります。こうなると祈願は単なる布施の名目でしかありません。

 導師が修業をきちんとして心清く、心底信者の幸せを願ってするようだと、祈願は効果がある場合があるようです。K会にも以前はごくまれにこういう導師がいたようです。しかし、そうでない場合は効果がないか、最悪の場合は祈願を受けて悪霊の憑依を受けて、運命や健康が急速に悪化する場合があります。私は30万円の起死回生の祈願を受けた直後から健康状態が悪化して入院したという話をいくつか聴いたことがあります。

 
精舎研修

 精舎研修は、その研修を指導する高級霊が必ずいて、その霊人が指導してくれるという建前になっています。以前は私もそれを信じていましたが、教祖が過去世認定をころころ変えるのを見て、結局O氏には霊を判定する能力がないことがわかってからは、全部うそだと思うようになりました。

 経営診断という100万円の研修があり、参加者は全員素晴らしい霊的体験をするという触れ込みで支部長に勧められていったが、全く何も感じなかったという信者の話を聴いたこともあります。

 ドラッガー指導の経営研修は数十万円するそうですが、参加者でその指導通りして事業に失敗したり、その指導内容の話が大きすぎて結局何の効果もなかったという人の話も聞きました。

 「大金持ちになる研修」という50万円の研修があるそうです。1000万円の札束(表と裏だけが1万円札で中は紙)の束を10個、1億円のお金に似せたものがお盆の上に載せられて用意されていて、研修中にそれを持って記念写真を撮り、1億円のお布施ができるようになりますようにと、高額のお布施をすることを煽るやり方を、その研修の度にしていたという話を聴いたことがあります。精舎の講師も「本当のお金持ちは、ここぞという時はお金をかき集めてでも自分の思った通りのお布施をします。それが本当に豊かな人なのです。」と、高額のお布施を賛美していたということです。

 研修は通常は宗教的なものが多いのですが、その効果となると講師の指導力によって全く違ってきます。公案形式の研修が大半を占めるので、悟っている導師がいないと普通は信者の悟りは絶対に進みません。しかし、以前もK会には阿羅漢の悟りを開いたと教祖の認定される人がいないので、実際には指導力がある講師はごく少数です。そもそも教祖が転落しているので、そういう指導者を育てることができなかったというのが実情です。

 ただし、それでも精舎での霊的体験はあります。オウム真理教でも霊的な体験をして信者が数多くいたようなので、霊的体験自体はできるのです。それが悪霊体験なのか、正しい指導によるものなのか、その判断は非常に難しいのではないでしょうか。この場合にも、原則は指導する講師の心境によって、天上界にも通じれば地獄界にも通じるというべきだと思います。もっとも教団の今の状態では、私は研修に行くことは危険だと思います。
 

 以上主なものだけを上げましたが、洗脳しながら集金するというシステムが、K会には組み込まれています。それを受けて信仰心が深まった人は、さらに熱心に布施をする人へと育っていくのです。なお信者が研修や祈願のおかげで増加した収入は全部K会に布施しなさいという論理が随所に垣間見えるのですが、まるで鵜飼(職員)が鵜(信者)を使って魚を取らせ、鵜がとってきた魚は全部吐き出させて鵜飼(うかい)のものにしているような錯覚を覚えます。