2013年2月27日水曜日

休眠会員との対話(その1)仏陀の仮面

「大川隆法総裁は仏陀ではないと思います。」

 最近、一人の休眠会員さんとお会いしました。そこで実に興味深い話を伺いました。この方の質問に対しては、私の見解を率直にお話しできました。実に有益な「対話でした。この対話の内容はブログに載せてもよいとの許可をいただきましたので紹介させていただきkます。

なお、プライバシー保護のために、この方の個人情報に関する基本設定を変更している点はご了解ください。またこの方の話の中には、教祖のプライベートな問題に関する伝聞情報も含まれていますが、あくまでこれはこの方のお話になった言葉ですので、その真偽は私が直接確認できませんが、この方のお話の重要な点でしたので、そのまま掲載させていただきます。
この休眠会員さんはKさんとお呼びさせていただくきます。

(対話)

 K  実は私、入会は遅れましたが、本を読み始めたのは1986年からです。日蓮の霊言が最初のきっかけでした。私の家は全員仏教徒でした。私は毎日熱心読経する習慣がありました。でも、成人したころから家の宗教に疑問を持ち始め、数年後に「おかしい」と確信して離れました。その頃霊言集を読み、素直に受け入れました。

種村 宗教的な環境に育たれて、日蓮の霊言もスーッと心に入ってきたんですね。

K はい。でもここ数年「幸福の科学はなんか変だぞ」という思いがしていたんです。総裁の霊言には内容がなく、話がめちゃくちゃです。昨年末までは精舎や支部に行っていましたが、今年からは行かなくなりました。

種村 心が離れたきっけは何だったのですか?

K 私の尊敬するある方が、こっそり宗務関連の話をしてくれたんです。「総裁の愛人の話は本当だ」という内容を、こっそり話してくれました。話の内容には驚きました。でもショックを受けるとかではなく、「やっぱりそうだったのか」と自分の中で納得できたんです。

種村 信頼できる方から総裁の実態を聞いて、驚いたと同時に腑に落ちたということですね。

K そうです。「幸福の科学」と言いつつ、周りを見ると、幸せな人間が周りにいないんですよ。これが長年の疑問だったんです。幸せな人間がいなくて、みんな疲れているんです。お金を払い続け、本を買い続け、研修を受け続け、それでも悟りが上がるようには思えない。法そのものに欠陥があるんじゃないかと思います。幸せになる人もいない。豊かになる人もいない。これはどうしてなのか・・・。これが納得できたんです。

種村 総裁の私生活の乱れを聞いて、「だからなんだ」と納得されたんですね。

K そうです。だってこれだけ成功や繁栄の教えが説かれているのに、金持ちになった人も、発展した人もどれだけいるのでしょうか。いないですよ。私の周りを見渡しても。たまに経済的に成功している人がいても、それはその人がもともと素質があったとしか思えない。

種村 つまり法がおかしいので幸福や繁栄という結果が出ないに違いない。法がおかしいのは、実は総裁の私生活に乱れがあったからだと。そうわかったので、疑問が解けたわけですね。

 いい宗教かどうかを見分けるのは、簡単だと思うんです。入会した後に、その人が以前より「幸せ」になるかどうかだ思います。

種村 支部などであなたの周りを見渡しても、幸せな人がいないから、いい宗教ではないと思われるのですね。

 私は大川隆法総裁は「仏陀」ではないと思います。だからもう「植福の会」はやめました。両親のお骨が幸福の科学の霊園に入っていますが、これは返してもらおうと思っています。

種村 もう信仰を持てないということですね。

 仏陀だとは信じていません。しかしいくつか疑問があるので、種村さんの考えを教えてほしいのです。初期の霊言集には素晴らしいものがあると思うのですが、どうでしょうか。途中から堕落したのでしょうか。それとも初めから駄目だったのでしょうか。

種村 初期の霊言には素晴らしい内容のものはあると思います。内村鑑三の霊言のように、その信憑性が相当問われているものもありますが、優れた内容の本が多かったと思います。報告数字だけを求めた大伝道の時に堕落が始まり、講談社フライデー事件でさらに攻撃的な本性が出たと思います。その後まじめに仏教を学んだのはいいと思うのですが、やがて大川総裁がどんどん自分が偉くなっていったことが問題だと思います。ただし、最初のころの教えに既に「我のみ偉い」という思想が入っているので、もともとの総裁の性格に、自己愛性人格障害があって、その部分が教えにもゆがみとして出ていたと思います。ただし、初期のころは天上界の指導を謙虚に受けるという姿勢もあったので、それが歯止めになっていたが、やがてそれが効かなくなって堕落していったのではないでしょうか

1997年前後に総裁の女性問題が出てくるのですが、これは総裁が仏陀の仮面をかぶってストイックに生きてきたものの、それだけに強い性的欲求や多くの女性に愛されたいという欲望を抑圧してきたと思います。それが中年になって、ユング心理学が教えるように、それまで自分がかぶってきた仮面(仏陀という見せかけの人格)の下に抑圧してきたものと、本格的に向き合う時期になって、自分の教えでは心が統御できなくなって、抑圧してきた欲望に飲み込まれていったというのが真相なのではないでしょうか。私はそう思います。

私は性的な欲求が強いこと自体を悪だとは思いません。あれだけ事業意欲がある方ですから、そちらの方面が強いのは理解できます。でも聖者の仮面を被って生き続けるには、やはり無理があったということではないでしょうか。本当の悟りではなかったということです。だから欲望が統御できず、抑圧が解消できなかった。自分自身を救えなかった法ですから、人を救うことはできません。そういうことだと思います。

 精舎で光の体験をする人がいるじゃないですか。私の母は筋ジストロフィーにかかって、様々な祈願をしても結局治らなかったんですが、その母が過去清算の秘宝特別灌頂を受けたんです。そしたら母の両親がでてきたというのです。母が自宅療養中に初期の講演会の50巻ビデオを見せていたら、母の周りに守護霊たちが座っているのが見えたそうです。一人はおかっぱ頭の女の子だったそうです。守護霊たちも最初は元気がなかったんだけど、50巻ビデオを見せているうちに元気になったと言います。

ですから初期には神の光が下りていたのではないでしょうか。それとも初めから偽物の団体だったのでしょうか。

種村 初期には神の光が降りていたことがあったのではないかと思います。世紀末にかけては相当闇が広がった気がするのですが、それでも数年前までは、天上界で何とかこの教団が邪教化するのを防ごうとする綱引きがあったような気がするのです。

特に精舎ですと、館長や講師の心境によって、磁場は全く変わると思います。心境がいい館長や講師の指導するものであれば、ある程度光が下りていた時期があると思います。また、初期のころの総裁の説法には光があることが多かったと思います。ですから、それを聞いて守護霊が元気になるということも、あり得ると思います。

ただし、難しいと思うのは、縁の法則が働くことです。たとえそれを話した当時は心境がよくて神の光を受けていたとしても、今の総裁が心境がわるくて悪魔や邪神の影響を受けているとすると、その講演ビデオを見た人は現在の総裁の心境と同通してしまって、悪魔や邪神の影響をそこから受けるということです。

この理論は、総裁がよく口にした理論です。少し前に、「きょう子さんの著作は内容はいいし、光も出ていたが、今のきょう子さんの波動を受けるので、彼女の本を読むと悪魔の影響を受けるので、読まないほうがいい」と総裁が言ったのは、そういう理屈からです。

この言葉自体は、きょう子さんには大変失礼な内容で、私がご本人と会った限りでは、総裁のいうきょう子氏と実際のきょう子氏の心境は相当違うと感じました。きょう子さんの心境の方が、前妻を罵倒し続ける総裁よりはるかに上だと思います。

しかし、この縁の法則の理論そのものは当たっていると思います。ですから、私は初期の大川隆法の書籍もビデオも、一切合財全部捨てました。書籍だけは使うこともあると思って、一セットだけ持っていたのですが、部屋の波動がどうしても悪くて体が重くなるので、結局捨てました。そうしたら部屋の波動はものすごく軽くなり、ほっとした経験があります。

 私は布施返還までは求めようとは思っていません。しかし、霊園の納骨壇に入れたお骨は返してほしいと思います。入会したこと自体は後悔していません。すばらしい人に会えたと思うからです。法友の中には、私にとって大切な方々がいらっしゃいます。

ところで、私はここ3年ほど「正心法語」のCDを一日中かけっぱなしにしていたのですが、特にどうということはありませんでした。あれは本当にひどいものなのでしょうか。

種村 私のブログに千の風さんが投稿してくださったものを読むと、正心法語のCDを3日間かけてから、空間そのものが地獄のような異様な磁場になってしまって、押しつぶされるように感じ、それをきっかけに統合失調症を発症したと証言されています。

私は二つの要素があると思うのです。一つはその方の体質です。千の風さんは極端に敏感な霊体質だったと思います。だから正心法語の総裁の声を通して、その時の総裁の心が通じている世界にずっぽりと引き込まれてしまったのではないかと思います。

2000年ごろだったと思いますので、総裁の心臓病もその前後に悪化していたように思いますので、総裁自体が完全に霊障状態のときに、たまたまCDをかけてしまった可能性が高いと思います。この時期的な問題が第二の問題です。時期的に見て、総裁の心の状態がいい場合と悪い場合で、天国と地獄ほどの差が出るのではないでしょうか。先ほどの縁の法則が働くからです。

あなたの場合は、あなた自身が霊体質ではないので何も感じなくてすんでいると思います。私も、心を見つめる時間が長くなると霊的になることがあったと思いますが、通常は霊的には鈍感な方だったと思います。それほど霊体質ではありません。ですから、正心法語をCDでかけたり、毎日全部を読んでも、比較的悪影響を感じなかったのではないかと思っています。

お経を読むというのは、内容はともかく自分を律していくので、そのストイックな生活スタイルそのものがプラスに働きます。ですから、私はが正心法語を毎日全部読むようになってから運命が向上したように感じたのは、そのストイックな精神生活が精神的な緊張感をもたらし、向上への意欲を喚起してくれたので、よい影響を与えたのではないかと思っています。

 なるほど、それについてはわかりました。私がこの教えに疑問を持ったのは、幸福の科学の本を読んでも誰も成功しないからです。たまに成功した人がいても、それはもともと成功するだけのものを持っていた人だと思います。

『マインドを変えよ』という10万円もする本とCDのセットがあるんですが、何度も聞きましたけど、肝心なところが抜け落ちているんです。マインドを変える「方法」に、全く触れていないんです。努力精進が大事だと言っているだけで、マインドを変える方法がすっぱり抜け落ちています。

こういう本ですから、いくら本を読んでも永遠に悟れず、向上もしない。お金だけ払い続けるシステムが確立されていると思います。

幸福の科学ではいろいろな本を読んでもよいと言われますが、本の数が多いので幸福の科学の本しか読まなくなります。でもアメリカの成功哲学の本を読むと、総裁が書いているようなことが出てきますが、総裁がぱくったのではないかと思いました。私が尊敬している職員の講師がいるのですが、このかたも総裁の本しか読んでいませんでした。アンソニー・ロビンズ氏の本の話をしたら、この講師はアンソニー・ロビンズのことを知らなかったんです。

アンソニー・ロビンズと言ったらアメリカでも日本でも、この方面では知らない人がいないぐらい有名な方です。彼は10代で成功し、一度挫折を経験しましたが、20代でさらに成功した人です。総裁よりもずっと若い時から成功している人ですよ。だから彼が、総裁の本を読んで成功思想を語っているとは思えません。総裁より年連が6歳も下です。

本当はこういう人の良いとこ取りをしているので、総裁の本は一見素晴らしく見えるんじゃないかと思うんです。

『常勝思考』の本のサブタイトルは「人生に失敗などないのだ」ですが、ダイヤー博士がすでに「人生に失敗などないのだ」ということを言っていました。

総裁は最近、「自分が通路を通るだけで、そばにいる人の病気が治る」と言っているようですが、それならどうして宗務の人が病気が治らないで治療を外で受けているのでしょうか。私はその事実を知っています。

教えで説かれていることと、現実の身の回りに起きていることが大きく違うのが幸福の科学だと思います。

 

(次回に続く)

 

2013年2月21日木曜日

投稿・植福について思うこと


「お前、騙されているぞ」

(紹介)

被害の実態について声を上げようとの呼びかけに応えて、投稿してくだいました。
K会の植福に関する意見と、私へのメールメッセージを、ご本人の了解を得て掲載させていただきます。

(投稿)

1.植福に関する苦言

 私は、会員になって一年経った頃から大黒天植福を始めました。精舎の美しさに感動し、精舎を建立する思いで大黒天植福を心こめて続けておりました。自分の給料の10%をお布施 の目安にしておりましたが、法話拝聴や月例祈願拝受のお布施、書籍の購入や伝道活動の為 の出費等が重なりますと、収入の 10%ではおさまりませんでした。

別の言い方をしますと、大黒天植福し、全ての法話を拝聴し、全ての月例祈願を拝受し、全ての新書を購入し、伝道活動にも参加しますと相当な金額になってしまい、私の場合は、大 黒天植福を続けながら、月例祈願は受ける時もあれば受けない時もあり、法話は数ある中か ら選択し、新書は「法シリーズ」だけは必ず購入するというかんじでした。

私が会員の頃に疑問に思った事を書かせて頂くと、私は、支部の伝道活動にはしっかりと参加しておりました。私は、活動会員には全ての法話 拝聴の機会を与えるべきだと思っておりました。たとえ拝聴に対して「お金」を奉納できな くても、伝道活動をすることで「時間」を奉納しているのです。

そして、法話拝聴は伝道の「ツール」になると思っていましたから、傲慢な言い方になりますが、「もっと伝道してほしければ、活動会員に伝道のツールを与えれよ」と思っておりました。

私は、法話、祈願、研修等を無料してほしいと思ったのではありません。仲良くしていた元 会員と「お金がかかり過ぎて、支部に行きたくても行けない」「今月の法話と新書の数に はついていけない」「行事に参加しない方が、時間的にも経済的にも楽」等、支部行事に かかる出費と生活費のバランスについて話した事がありました。教団側は「お布施の強制は していない」「家計を苦しくしてまでお布施をするようには言っていない」と言われるか もしれませんが、語弊のある言い方になりますが、お金持ちでない会員達の経済状況も考慮 するべきだったと思います。

2.世間は「騙されている」とみている

今回お布施について考えている途中で、昔、私の兄弟と交わした会話を思い出しました。

私の兄は「大川隆法は仏陀の生まれ変わり」と信じる私に、「お前、騙されているぞ」と言いました。
私は、「せっかく仏陀が再誕しているのに、お兄ちゃんが損しているよ」と答えました。

私の弟は私のお布施額を聞いて「姉さん、そんな大金、騙されているぞ」と言いました。
私は、「世界をユートピアにするために植福をしているのだよ」と答えました。

結論は、「大川隆法は仏陀の生まれ変わり」等の戯言を信じ、そこにお布施をする事を世間では「騙されている」というのでしょう。
しかも、そのお布施が本来の目的以外に使われていた(いる)ならば、なおさらです

それでも私は「騙された」と思わないようにしています。
その様な思いが出る前に、「考えても仕方がない」と割り切るようにしています。
これは、幸福の科学を許しているのではなく、自分を含め植福をされた方を責めないようにしているのだと思います

私は、世界をユートピアにしたいという思いで大黒天植福を続けておりましたが、今考えても(自分で言う事ではありませんが)それは美しい思いだったと思います。
そして、今まで植福をされた方の思いも尊重したいと思います。

そもそも目安額には「大川隆法は宇宙の創造主」や「大川隆法は仏陀の生まれ変わり」等のバーチャルバリューが付加されているのですが、私自身、数々の祈願をとっても「宇宙で一番の神様が聞いてくださっている」と思いっていましたし、それをしている時はその目安額をお布施するのに納得していました。

今は、大川隆法氏の再婚報告を聞くのに一万円のお布施というのは異常だと思えます。
未だ「主の再婚報告を聞くのだから」と納得している会員もいるのでしょうしが、「バーチャルバリュー」という言葉を使わずとも、感覚的には「バーチャルバリューが見出せない」と苦悩している会員、「そんな価値は無い」と気付いている会員さんもおられると思います。
ただ、会員である間はそれを認めたくないのでしょう。

布施返還の裁判のことは詳しく知りませんが、4人の元信者さんが布施返還の訴訟を起こしたと聞きました。正義ある行動だと思います。

勝利しますよう心からお祈り申しあげます。



2013年2月18日月曜日

「情報封じ込め戦略」を打破するために

勇気をもって被害を伝えよう

 
幸福の科学は社会的に警戒されつつも、深刻な被害の実態は、それほど認識されていないと思います。
これは、一般の人が気付かないうちに被害が拡大していくので、大変危険な状況だと思います。
被害の認識」が遅れている最大の理由は、幸福の科学が些細なマスコミ記事でも名誉棄損裁判を濫訴することで、幸福の科学に関する批判記事や批判の言論を抑止するという「言論封じ込め戦略」をとっていることにあります。
勿論これは大川隆法総裁の当初からの戦略であり、指示によるものです。
マスコミであれば、有力な週刊誌や雑誌であっても、幸福の科学の批判記事は100パーセント訴訟を見込んでの記事となります。そのために記事の裏付けがしっかりしているとともに、それを裁判でも立証できることが必要になります。
そのために幸福の科学の問題を指摘した記事が、非常に出にくくなっているのです。
しかも、彼らは、記事の中で証言した個人をも訴えてくるので、数千万円から数億円のリスクを背負い込むとともに、裁判での証言や弁護士費用等の裁判費用の負担も考えなければなりません。こうなると、よほどのことがないと個人名を出して被害を訴えたり、その主張を書籍にして出版するということは難しくなります。
実際問題として、この「言論封じ込め戦略」はかなりの抑止効果を上げてきました。それが幸福の科学に関するマスコミによる批判が少なく、被害者の実態が他の問題のある宗教に比べて認識されにくい最大の理由です。
幸福の科学は政治思想的には自由主義を標榜していますが、自分たちへの批判に対しては決して自由な批判は許しません。徹底的にこれを封殺し抑圧するのが、大川総裁のやり方です。
私はこのやり方を冷静に見つめた結果、この教団が政治を左右するようになれば言論抑圧の全体主義に陥り、ヨーッパ中世の魔女狩り的な恐ろしい抑圧社会が生まれかねないと懸念しています。私が大川総裁に手紙を出したのは、それを真剣に懸念したからでした。

さて、被害の報道」が少ないことは、「現実の被害」が少ないことを意味しません。現実には被害は相当広がっており、深刻な経済困窮や家庭崩壊、精神的苦悩の状況に陥っている人が数多くいらっしゃいます。そうした人々からのご数々の連絡も、私自身いただいております。にもかかわらず被害報道が少ないことで、「被害に対する社会の認識」が遅れており、現実には被害が静かに深く進行し続けているのが実態です。
信者の中には、自分が被害にあっているという認識を持てないまま、罪悪感や恐怖心にしばられ、精神的な苦しみのみならず、経済的な貧困、対人関係の崩壊、家庭崩壊などで不幸のどん底に苦しんでいる人も少なくありません。
そうした人々には救済の手を差し伸べる仲間が絶対に必要だと思います。できれば何らかの連絡組織が必要だと思います。
そうしたものがなくても、まずは多くの人や社会に正確に被害の実態を認識して頂くことが重要ではないでしょうか。それによって不幸の拡大の連鎖を止めることが、ある程度可能だからです。

もう一つ、被害者の声が上がりにくくさせている理由に、いわゆる「洗脳」があります。
洗脳では、まず第一に「罪悪感」の問題があります。「信仰しても幸福になれないのは、自分の信仰心が足りないからだ」と信じ込まされ、「不幸なのは自分の責任だ」と思ってしまう人が少なくありません。「信仰は百パーセントを求める。百パーセントの信仰であってこそ奇跡が生まれる。」というその教説に縛られて、信仰して不幸になった責任を自分の自己責任として、幸福になれないのは自分の信仰が薄いからだという罪悪感まで持っているのです。
また「恐怖心」も大きくのしかかっています。「信仰のロープを離せば地獄に堕ちる」と思い込まされているために、怖くて信仰への疑念を持てません。また「仏説降魔経」等で、大川総裁や教団への批判をすると「二度と人間として生まれることができない」と教え込まれているので、恐怖心から声を上げることができないのです。
さらに批判すると「教団から嫌がらせを受けるのではないか」「支部や精舎に張り紙に張り出され、さらし者になるのではないか」「教団から訴えられるのではないか」等、現実的な恐怖心にも襲われます。こうして被害者の声を上げることも、教祖や教団への批判をすることも封じられてきたのです。

この「言論封じ込め戦略」を打ち破るには、勇気をもって自分や家族の被害を、事実をありのままに発表する声をあげる人が多数出てくることが必要です。
特に幸福の科学はその「教え」と、実際の教祖や職員、組織の「行動」の食い違いがはなはだしい宗教です。特に膨大な書籍の群れが、この教団の真実の姿を覆い隠す煙幕となっています。この煙幕が幸福の科学の実態をわかりにくくさせています。

そこで、特に次のことを明らかにする証言が多数出てくることが必要です。
    幸福の科学の活動の実態とその悪辣さ、強引さを明らかにすること。宗教ビジネスとしての手口、さまざまな資金集めの手口と目標必達のための強引な金集の実態を明らかにする必要があります。
    大川隆法氏のプライベートについての不浄なる行いに関する証言は最も必要です。会員は教団組織や職員が悪くても、教祖だけは清浄であると思っており、そのために洗脳が解けません。また各種裁判では、ほとんどすべての裁判でこの点は最も重要な論点となっています。したがって、大川隆法氏の仏陀であるとの主張と実際の行いの乖離こそは、最も重要な論点なのです。
    各会員やその家族の具体的な被害の実態です。経済的被害は金額が明確になるので、非常に説得力があり重要です。また家庭の崩壊、社会生活に支障をきたしたこと、精神的な被害、教団から与えられた苦痛などは、なるべく具体的にその被害の実態を知らしめる必要があります。

以上の証言は、インターネット上のブログや真実を報道してくれる媒体に送られることをすすめます。また各種裁判支援のために使ってほしいというのであれば、私に知らせてくだされば、各弁護士の先生方への情報提供の労は取らせていただきます。


2013年2月14日木曜日

投稿・霊的体験の諸相


『正心法語』CDの霊的磁場は、こんなにも異常

 
(紹介)

 
千の風さんがご自分の霊的体験から、『正心法語』CDが作り出した霊的磁場の異常性を語ってくださいました。

この方は非常に正直な方で、ご自分には部分的に幻聴が少し残っていることを、ありのままに書いてくださっています。

この方の体験は、霊体質の人がどのような感じ方をどのような場面でするのかを教えてくださっています。そのため心理学的にも極めて貴重な証言だと考えております。

通常の悪霊体験と『正心法語』CD体験の比較は、きわめてリアルなものであり、『正心法語』CDの危険性がより深く理解できる内容です。

このような貴重な証言をお寄せいただいたことに感謝します。
 
(投稿)


私に今残っている幻聴は、唇先で声が聞こえるというものです。

唇をぎゅっと閉じていても、聞こえます。

 じゃ、完全に体を乗っ取り、あるいは頭に巻きつき、あるいは足元に乗っかるかというと、全然違います。
 
で、気に入らないことがあると、時々、胸の中央部分から、「ぬー」っていう感じで

声が聞こえてきて、気色悪いことこの上ない。その間だけ、ぐぐぐーと歯を

くいしばって耐えて、胸の中央部分からの声にしないように、ふんばっています。
 
唇先のほうが、負担が軽くて、楽だからです。全然楽。50倍気分いいです。

ですので、なんか体の一部分にだけ取りついている気がしています。

 
じゃ、今までのように、体が重いかといいますと、全然重くないです。

 
私は、幸福の科学に入って以来、霊的体験を沢山してきた人間です。

 
1995年1月17日の阪神大震災が起きたときも、テレビを見ていて、

可哀想になあと同情していました。

 
そうしたらですね、原因不明で急に体が重くなり、立ち上がれないことになり、

3日間ほど、こんこんと眠りこけてしまい、会社休んでしまいました。

急に、ばたっと倒れ伏してしまったというような体験なのです。

もう体重いなあというようなものではなく、立ち上がれないんです。

 
で、私は「やめた。テレビ見るの」といって、以来テレビ見るのをやめてしまいました。

そうしたら、あれほど体が重くて、立ち上がれなくなっていたのが、けろっと

治ってしまったのです。すたすた仕事にいってしまいました。

 
この体験で懲りたので、東北地震の時も、あまりテレビを見ないようにし、

同情しないように決めました。

幸いながら、東北地震のときは、そうした現象が起きませんでした。

 
ですから、事故や地震で、大量の死者が出るときは、あまりテレビを見すぎて

同情しないように、心がけています。そうしないと、霊的にやられてしまうからです。

冷たいようですが、そうせざるを得ません。
 

会社でいじめに会うと、必ず悪霊がやってきます。

いくつかの会社でいじめにあっているのですが、必ずそうです。

そういうのを、「気配」として、感じ取ってしまうのです。

 
2001年に体験した『正心法語』CDの不気味体験というのは、

「空間ごとおかしい」という体験で、普通の悪霊のしわざじゃありません。

普通の悪霊だと、肩にとりつくか、頭に巻き付くか、足元に乗っかるか、

体ごと乗っ取るか、そんなものなのです。

 
『正心法語』CDは、空間が張り裂けて、真っ暗けという事態であり、

通常皮膚が感じている空気感触ではなくて、コンクリートに塗り込められたような体験なのです。

 
「なんだ、このコンクリートのような感触は」というようなものなのです。

 
ぐらぐらと、床がゆがんで見えたんですから。あはは。それは3月16日だけです。

 
まあ、そういうことで、私はいつも、悪霊を呼び込んでは、「しっ、しっ」と追い払って

いたような人間なので、まあ慣れていると言えば、慣れてはいます。

 
エルカンターレファイトしませんでしたよ。悪霊撃退の祈りもしていません。

追い払っても、また他人の介在を通じて、来てしまうのです。
 

私は霊視ができませんから、気配だけです。
 

ということで、私の幻聴は一部憑依の可能性を考えていますが、

これを取り除くにはどうしたらいいかは、今のところ分かりません。

 
部屋の中にいる気配というのは、「しっしっ」とやって、こらー、来るなーなんですが、

唇先というのは、どうしたらいいかが分からず、難問なのです。

 
ということで、こういうケースがあるということで、書いておきました。