2013年11月24日日曜日

『舎利弗の真実に迫る』名誉毀損裁判の報告④



大川氏の憑依に飲み込まれた裁判官

今回の名誉棄損裁判での裁判所の判断は、大川隆法氏の意図するところへと誘導されたように思います。そういう仕掛けが『舎利弗の真実に迫る』にはあります。それは、本書で大川隆法氏が、次のように述べている点です。大川氏が本書を書いた意図について、判決ではこう書いています。

(被告大川は)「原告(種村修)と訴外きょう子と結託して別派活動をしたならば、古い会員などを引っ張っていけるチャンスもあるのかなと感じるので霊的な部分についてきちんとしておかなければならないとか、原告(種村修)が、『今、別派的な動きをしており、当会に多額の布施をした信者あたりを狙って、布施をしたお金を取り返させ、それを資本金にして別派をつくろうとしているらしいということが分かっています。彼が舎利弗であったか否かについては、とっくの昔に明らかにし、否定しておかなければいけないことであったと思います』などと記載しているから、・・・」

 つまり、大川隆法氏は私がきょう子氏と結託して古い信者を引っ張ろうとしているとか、布施返還を仕掛けてそれを元手に別派をつくろうとしているとか、自分の妄想を書いています。何の根拠もないことですし、事実はまるで違います。このことでも大川隆法氏に霊能力がないことが証明されてしまいました。

 
 大川きょう子氏の離婚訴訟に私はきょう子氏から依頼されて、陳述書を出したことがあります。動機は、きょう子氏個人に対して、教団をあげてバッシングする大川氏のやり方は汚いと思ったからです。それは以前、大川氏の主張を信じてきょう子氏一人を悪者に考え、集団呪詛に加わったことへの謝罪という意味もありました。きょう子氏との関係はそれだけです。

 仮にも仏陀と名乗った人が行うことではないと思います。ですから私は心から悔いたのです。

  また布施返還に関しては、大川氏に幻滅し納骨壇を返却しお金の返還を求めた信者に対し、支援をしたことはありますが、返還されたお金を資本金にして別派をつくるなど、大川氏の妄想もいいところです。私の仕事は心理カウンセラーであり、私はこの仕事を天職と考えているからです。

このような被害妄想を重ねる大川氏は強度な憑依(のりうつり)状態であるとしか言えません。強度の憑依状態の人の話を聞いたり、書いたものを読むと憑依の伝染を受けますので注意が必要です。

 しかし、裁判所は本書で大川氏が上記の主張をしていることを根拠に、私の名誉棄損裁判が宗教とその別派に対する内部紛争であると、誤って解釈したようです。いわばコップの中の嵐であり、うちわもめにすぎないため、そうした状況で書かれたと見なされる本書を、一般の読者は信じることは考えられない。だから原告の私の社会的信用は本書によって低下しないという論理が見られます。それは先ほどの引用箇所に続く判決文によって明らかです。判決はこう続けています。

「一般の読者は、本件書籍の執筆及び出版が幸福の科学内部における別派活動の紛争に端を発するものであって、かつ、被告大川が原告(種村修)の別派活動を教団に波及させないようにするための書籍であるとの印象を受けるといえ、本件書籍に記載されている内容はかかる被告大川の意図に基づき著された内容であると判断するということができる。この認識を前提として原告の主張を検討する。」

 裁判所は内部紛争であると誤解することで、教団が邪教化していくのを防ぎたいと思って抗議した個人を、教団が自由にバッシングしても、何らの法的な制約を加えられないことを判例として残してしまいました。大川氏の描いたストーリーそのものが何の根拠もない妄想であるにもかかわらず、そのストーリーを認識の前提において判決をしているのです。私はここに、大川氏の強度の憑依の影響を受け、それに飲み込まれた裁判官の姿を見ます。

 次回には、私から見たこの判決の問題点を書きたいと思います。


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1 件のコメント:

  1. 読者からのコメントをいただきましたので、掲載させていただきます。
    (読者からのコメント)
    「私も裁判官に対して、薄々そのような感じを持っていました。
    内部紛争であれ何であれ、世間に実名を出して、出版公開していますから名誉毀損です。
    仮に百歩譲って、内部紛争と仮定したとしても、信者に内部紛争が起こった事実の報告や経過は、公式には一切伏せられていますから、書籍を読んで初めて知ることになるのです。
    そして、相手を徐々に悪魔視していきます。
    「悪魔視」や「悪人視」、「反逆者」等は名誉毀損どころでは、なく新たな洗脳を「一般の人(信者を含めるべき)」に植え込むものですよね。
    教祖は、強度の憑依状態であることは、確かでしょう。
    書籍を通じて、読んだ人に魔が忍び寄ったり、入り込みます。
    裁判官も我欲のある人間です。
    裁判官の不当な疑心に、疑問に入り込んで増幅させるでしょう。
    正に、飲み込まれた状態だと思います。
    これを打開するには、裁判官に光を降ろし続けるしかないですよね。
    不当な判例を事実と論理で抗弁し論破することも大切ですが、肝心な裁判官が魔の影響を大きく受けるのならどうしようもありません。
    しかし、今回の判決が神が護りしものならば、これが神の打たれた布石となって、必ず良い結果がでると思います。」

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