2013年8月27日火曜日

(投稿)霊言パフォーマンスに欠落する礼節


世界を感動させた日本の精神


感動を呼ぶ3つの映像

幸福の科学では、寛容で開かれた団体であると言われているが、本当にそうなのであろうか?

種村氏に対する誹謗中傷、そして、日本国民に信仰心が無いと蔑み、このままでは日本は滅びると、日本の主祭神の名を騙り、国民を恐怖させようとする。

幸福の科学の信者には、その脅かしは効き目があるかもしれないが、日本を知っている外国人からみたら「???」であろう。

そこで論より証拠で下記の映像を紹介したい。
 


http://www.youtube.com/watch?v=oNyvFg-Y8Bo

 
ここに語られていることが「やらせ」と見える方は、素直に見ていただきたい。

日本人の精神がここに流れていることは容易に理解出来る。

人を感動させること、それは日本文化に在りということである。
 



 実力なき独裁者

幸福の科学の信者には、人を脅かし、自分の権威を保つために他人に迷惑をかけても少しも恥じないということは日本文化には馴染まないものであることを思い出して欲しい。

有名人の名を許可もなく勝手に使い「霊言」と称するパフォーマンスを行うことは、礼節に欠けることではないだろうか? 礼節に欠ける国師など存在するのだろうか?

今の大川総裁の行いは、独裁者にしか見えない。選挙活動中に他党の党首の印象を悪くするような録画を流しても恥じないのである。相手を貶さなければ選挙に勝てないと

思っていること自体が実力の無さを証明してしまっている。

「霊言」というパフォーマンスをする前に有名人と直接お話が出来るよう設定をしたら良いではと思うのだが、

相手にされないので勝手に名前を借用してしまうところに、この大川総裁の心の弱さ、教団の実力の無さを感じるのは私だけだろうか?


 日本文化の魂

また、教団から与えられた情報だけを鵜呑みにして判断している人たちには、冷静に見ていただきたい。

日本文化の精神の根底には日本古来の神と仏教精神の生活の上に育てられたものである。

そう、日本神道と仏教が融合して、日本文化の魂を作っている。

そこに神仏が既に宿っているということである。日本人が生きることは即ち神仏がともに生きているということである。さらに言えば儒教の教えも日本人は学び、礼節や親孝行の精神を身につけていた。このように良きものは学び向上しようとする精神があった。これは寛容の精神がなければ困難なことだと思う。

その伝統は今にも継承されているはずだ。

日本文化はもともと寛容な精神を持ち合わせている。

幸福の科学を信じないから信仰心が無いと決め付けることの恐ろしさを幸福の科学の信者は理解されていないのではないか?歴史的にみても日本人は神国・日本さらに、仏教国としての位置も確立してる。その国民に対して信仰心が無いと言い放つことは、それはまさに神仏への冒涜そのものであるということだ。

自らの選択した道に誤りがあれば、潔くそれを手放し、本来の道へ方向を戻す勇気を幸福の科学の信者の皆さんには養っていただきたいと思う。

 
信者の方々へ

「活動方法がおかしいと思いつつ、流されて生きていないだろうか?」

「教祖や団体に依存して生きていないだろうか?」

「独立した精神基盤を持って信仰を持っているのか?」

など是非自らを省みて頂きたい。あなた一人々が尊い神仏の子であることを思い出して欲しい。

世界に尊敬されている日本であるということを知って頂きたい。このままでは日本の恥部としての存在になってしまうことだろう。世界から尊敬されている日本人は沢山おられる。

その方たちは幸福の科学の信者ではないだろう。でも宗派を超えて尊敬されている。

その事実を幸福の科学の信者には見つめて頂きたいと心から願うものであります。

ご紹介した画像では、イラクやインドの方々から真の尊敬を受けた名も無き人々の記録がある。まさに、幸福の科学が言う菩薩たちの働きではないだろうか? 見返りを求めず、与えられた使命を果たす、清々しさ、尊さを学んで頂ければと思う。

 

 

 

 

0 件のコメント:

コメントを投稿