2013年8月25日日曜日

幸福の科学の植福を考える㉓・・・不信感の根本原因


言行の不一致
 

信者への裏切り
 もともとK会は、教えに惹かれて入信する人が多かった宗教でした。近年の本は別ですが、以前にはK会の本に書いてあることは、いかにも素晴らしい内容に見えました。


しかし、教祖と教団の実態が教えに反していることがはっきりするにつれて、私はK会が信仰を強調する狙いが見えてきました。教祖が100パーセントの信仰を力説するのは、実は信者に疑わせないための詐術であったと気が付いたのです。「説明する気はありません。ただ私を信じてついてきてください。」というのは、事態がもはや理性的に説明できなくなったのを覆い隠すためだったのだと理解できるようになりました。


教えを裏切る教祖と教団の言動は、信者への裏切りだと思います。ある元信者の方は、その点を鋭く指摘されています。
 

<大川氏の本には「良いこと」がたくさん書かれています。誰でも良いことを言うのは簡単ですが、実践できなければ意味がありません。神を名のるのであればなおさらです。

 大川氏は数々の言行不一致がありながら、自分を「仏陀」「救世主」とすることで、巧みな集金システムのもと、多くの人々から多額の布施を集め続けています。信者は「99%の信仰ではいけない、100%の信仰が必要である」と言われ、常に大川氏あるいは教団本部からの指示に服従し、目標達成のため必死で活動しています。大川氏はその教えで「与える愛」を説きながら、実態は信者の心を縛り、一切の批判を受け付けず、操ってきたことを私は許しがたく思います。

 これらは幸福の科学が「言っていることと、やっていることが違う教団」であることを表しています。そうであるにもかかわらず、自分を神として多くの人々から多額の布施を集め続けている大川氏は穢れており、今まで自らが常々強調してきた布施の大前提の三輪清浄が崩れています。

 真ではない活動を長らく続けてきたこと、そして信者に対して多くの経済的・時間的・心理的負担をかけてきたことに対するすべての責任は教団トップである教祖・大川隆法氏にあると思います。>

 
こう告発される方も、もとは熱心な信者であり、周囲の懸念を押し切って活動してきた方です。この方がどれほど無念を感じ取っておられるかと思うと、私は申し訳ない気持ちが起こります。なぜなら私がこの教団を初期から支えてきた事実は消えないからです。

 教祖の教団の実態をありのままに見ることが正見です。しかし、信仰はそれを見えなくさせます。信仰がなければ正見ができないとK会は教えますが、これは全くさかさまです。エル・カンターレ信仰がフィルターとなって、一般の人には見える明らかな事実すら、信仰を持つと見えなくなるのです。間違った信仰は邪見だというのは、K会の信仰にこそあてはまります。邪見に基づく行為は間違った行為となります。


私は信者さんの中には、本当に純粋な気持ちで布施されている方が少なくないことを知っています。この方々の気持ちを思うと、私は心が苦しくなります。この方々が真実に目覚め、真実と向き合い、真実を受け入れたときに、どれほど落胆され、後悔し、苦しまれるかを思うからです。



 

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