2013年8月1日木曜日

幸福の科学の植福について⑭・・・見返りの制度化


 布施を誘導する仕組み 


 布施に対する見返りの制度化とは、主に布施をした信者に名誉・重要感・賞賛を与えることを、教団の賞罰の仕組みとして組み入れることです。

 
見返りの制度①・・・植福菩薩、大黒天の名称と優遇制度

 
  高額の布施をした人には信者が欲する称号を創り、それを与えることで名誉を顕彰し来世の栄光を示唆します。

 1000万円の布施をする人には植福菩薩の名称が与えられます。

 菩薩の称号は教団では非常な名誉であり、来世に菩薩になる原因となる功徳を積んだとされます。信者によっては、これで自分も菩薩になれると思いこみ、大きな自己満足を覚えます。また、教団内でも特別扱いされ名誉心が満たされます。特に支部や精舎等での教祖の説法や記念式典には最前列の席が用意され、特別扱いを受けます。

 
 大黒天信者とは、植福の会に入り、毎月1万円以上の定額の布施を銀行引き落としで行う信者のことです。大黒天信者という呼称を与えられることで、自分も来世には大黒天になれるという期待を持つことができ、自己満足します。
 

 仙台の正心館の建設に当たっては、布施にランクをもうけ、110万円以上を「篤志家植福」、100万円以上を「復興大黒天」、1億円以上を「復興菩薩」と命名しました。これらの命名は教祖が決めたために、その金額の布施で大黒天や菩薩として認定されたという自己満足を得るとともに、教団内での名誉が与えられ、特別扱いを受けたりします。

 
 大黒天信者や植福菩薩には特別の機関紙が送られ、特別扱いされます。場合によってはその機関誌に記事として取り上げられて賞賛され名誉を与えられます。

 
 こうした制度のメリットは、教団にとってまったく何の出費もなく単に名称を与えるだけで、信者が進んで高額の布施をするようになるということです。実際に来世(あの世に還ってからという意味)に菩薩や大黒天になるかどうかは、誰も確認することができません。しかし、そう信じさせることで、お金が集まるのです。これは洗脳集金システムの核心部分であり、コロンブスの卵ともいえる画期的な発明です。OR氏が天才的な宗教ビジネスマンと言われる所以です。

 この弊害は、「お金さえあれば菩薩になれるのですか」という不満が、教団の信者の間に広がることです。

 また菩薩になりたい一心で無理をして、貯金の大半を使い果たす人も出ます。その結果、貧しくなって後悔する人もでます。

 

見返りの制度化②・・・名前の顕彰
 

 建立した精舎に一定額以上の布施をした人の名前を刻んだものを設置し、顕彰する。これは一般的に神社仏閣で行われている方法です。この精舎建立に自分は貢献できたという満足と、それが永年顕彰され続けることへの満足が得られます。また教団内での名誉となります。

 
 K会では3年に1本の程度の映画が作製・上映されますが、その際に大口寄付者は映画の最後の部分で名前が上映されて顕彰されたり、機関誌で顕彰されたりします。

 

見返りの制度化③・・・祝福

 
  さまざまな植福者に対しては、支部ごとに信者でお祝いをしたり、祝福の拍手をしたりして称賛され、顕彰されます。これは自分が非常に良いことをしたという自己満足が得られるとともに、仲間に祝福されていることの喜びを感じます。そして仲間内からの賞賛、祝福は、その人の自己重要感を満足させてくれます。

  これは一種の麻薬のような効果を持つので、何度でも布施をしたいという気持ちを起こさせます。もし布施ができなくなると支部内で重要感が失われ、肩身が狭くなったりします。

 
 布施は本来、見返りを求めてはいけないことになっています。執着を断つ修業なので、見返りを求めると意味がなくなるのです。

 しかし実際には、これまで見てきたように、見返りを制度化しており、建前と本音は乖離しています。名誉心、重要感が与えられ賞賛欲求が満たされる。それは執着となり、強いプライドになったりすることもあります。純粋な修業ではなくなっています。にもかかわらず経文等で布施の見返りを求めないことを説いているのは、高額の布施をした人が見返りに特別待遇等を要求することを防ぐための予防措置としての効果があるからでしょう。

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