2013年3月31日日曜日

自己愛性人格障害を考える(その3) 自己特別視

3.自己愛性人格障害の特徴と診断(1)


肥大した自己の重要感と自己特別視


「パーソナリティー障害の人は、見たところは弱々しく臆病そうな姿をしていても、心の中では自分を偉大な神のように感じています。自分が唯一絶対の存在であるだけでなく、非現実的な万能感を抱いていることも珍しくありません。」

まさにOR氏を彷彿とさせる記述です。ただし最初のころはOR氏は見た目も押し出しが強く、恰幅がよかったのを覚えています。こういうタイプの人が霊的な現象を体験すると自我のスーパーインフレーションを起こしがちなので、よほど注意が必要です。OR氏の場合は、最初はあまりはっきりとは言いませんでしたが、K会を始めた最初から、自分を大宇宙の根本仏になぞらえていたと思います。ある講演会で「高橋信次先生が言っていた大宇宙・大神霊・仏とは誰のことですか」という質問に対して、ご自分を指さすという動作で答えていたからです。K会の規模が大きくなり、それを言っても迫害されない頃を見計らって、それをはっきりと言いだしました。それは実に計画的な行為だったと思います。

このタイプの人にとって、自分こそが重要で世界の中心なのです。」

という記述は、OR氏のためにあるようなものです。信者は文字通りそう信じるのですが、少し引いてみて「自分はひょっとしたら、OR氏の自己愛性パーソナリティー障害の症状につきあわされているだけではないのか」と考えてみてもいいのではないでしょうか。

「現実の自分がパッとしなくても、それは本気で力を発揮していないからだと考えます。あるいは、自分の真価をちゃんと評価してくれる人がいないからだと思うのです。」

 K会の人は「自分の真価を理解してくれない」という欲求不満は、非常に強いのではないでしょうか。そう思わないと、正しいことをしているはずなのに、世の中に認められないことが説明できません。また自分は菩薩だと思っていると、現実がうまくいかないのは「本気で力を発揮していないからだ」と考えます。そう考えないと、霊格が高いはずなのに現実がその逆になっていることが説明できないからです。

 K会のマスコミへの怨念は、そうした思いが高じたものです。しかし、世間もいつまでたっても認めてくれないのは、やはり自分たちに問題があるからではないかと問い直してみたらいかがでしょうか。「自己責任の原則」を自分たちにも当てはめるべきだと思います。

 OR氏は「最終的には世間は正しい判断をするものだ」と、世間への基本的信頼を説いていたはずです。「人を信じ、世を信じ、神を信じよ」と、最初から日蓮にも言われていたはずです。私はこの日蓮の言葉を、本当にそうだなと、還俗して4年目につくづく実感したことがありました。世間は見ていないようでも、じっと見ています。世間がいつまでたっても認めないのは、やはりやっていることがどこかおかしいのです。そう反省する謙虚さが必要だと思います。

当然プライドも高くなります。尊大で傲慢な態度をとることが典型的です。」

 これは職員には特に当てはまる言葉です。これは私自身もそうでした。表面はたとえ謙虚にふるまっていても、内心に傲慢さがあったと思います。だから「上から目線だ」と言われ続けました。私の母親からもそう指摘されたので、本当にそうだったと思います。そして、これが社会に出てから人間関係でつまづく最大の原因であったと思います。

 K会の教えを知っているだけで「自分は特別に神から選ばれた存在だ」という思い込みが、どれほど人間関係を破壊しているかに気が付いてほしいと思います。周りの人は、本当は嫌がっているのです。だから信者をやめたと告白すると、「ああよかった」と周囲の皆さんが言われるのです。

自分を特別な存在だと思っているので、特別扱いされることを当然のように思っています。」

 職員はこの傾向が染みついています。私もそうでしたからよくわかります。特に職員はお布施をもらいなれています。これは還俗したら、絶対に捨てないと問題を起こします。人に食事代を出してもらったり、金銭的に支援してもらっても、それを当然と思う感覚が染みついてしまっているのです。信者さんも出すことになれているので、互いに共鳴するのですが、絶対に問題視されます。職員は還俗したら、自分から進んでお金を払うくらいのつもりでいてちょうどいいと思います。これは自戒の念を込めて書いています。
 
(この執筆に当たっては岡田尊司著『パーソナリティー障害がわかる本』(法研)をベースにしています。この本は大変わかりやすいので、お勧めします。)


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2 件のコメント:

  1. <読者の方からのコメントをいただきました>
    自己重要感、特別視。
    K会に属し居る時は、酷かったと思います。
    何せ、選民ですから。自分を自分で特別視していますから言葉、態度に出ていたと思います。そう周囲の人は離れていくのです。
    仏の弟子なら、ますます謙虚になっていくはずが、低級視して、見下します。相当な上目線です。
    そして、高度に思える法をスパッと放って、切り捨てます。相手はその系統の知識は無いわけで、かつ言い放つことが論理的ですから、切られます。
    結構、的を射抜きます。苦しかったと思います。
    K会にいると妙に頭が良くなっていくと思います。近年、変になっていきましたが、それまでは、献本すれば「いい事は書いているね」という返事はよく返って来ていました。色々な知識や考え方を紹介してくれるからでしょうね。K会のおかげで、よい本にも出会いました。

    こんなことよりも、K会を脱会しても後遺症が残っています。長年染み付いた姿勢はなかなか消えません。ここを努力する必要が大いにあります。
    ここが出ると、私のように職を転々とすることになります。嫌われて、恐れられて、迫害されますから。相手は怖がっています。
    霊的な人は恐怖心が出るでしょうが、相手の恐怖心が自分に向けられて流れ込んできているのです。相手も恐怖しています。
    その傾向が出ると、霊的にも攻撃されます。K会の時と同様な現象が周囲に起きてきます。
    こうなると、自己責任が解っていても薄れます。信仰の自己本位の欲がやはり出てくるのです。
    この自己重要感、特別視からくる尊大な姿勢は本人は気づいていなくても出ています。この戦いは、厳しいものがあります。
    自分で削り取っていくしかないのです。

    しかし、常に守護霊が見守っています。それは確かです。いくら迫害されても一人ではありません。
    守護霊は先の先まで見据えています。
    それを信じて、私も頑張っていきます。
    如何に環境を転々としようとも、絶対に神の心を完全に見出すという心を忘れないようにしています。

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    1. 赤裸々なコメントに感謝します。こういう赤裸々な心が書けるということは、そこに愛を感じます。また裸の自分と向きあってこられた姿が、うかがい知れます。
      この課題を本当の意味で克服されるには、受容と共感的理解を学び体得される必要があると思います。これはカウンセリングの基本ですが、この二つはカウンセリングの神様と言われたカール・ロジャーズが、人の成長を支援する聴き方として経験的に導き出したものです。自己一致とセットでカウンセリングでは重視されますが、あなたは相当なレベルで自己一致がおできになる方だと思います。そこで受容と共感的理解を努力して身につけていかれると、絶対に対人関係は変わります。
      管理職になっていくためにも、この二つは不可欠です。私の研究所でもこの点は常にお教えしていく内容となっていますし、それで人生が変わっていく方を見させていただいております。ですから、私も確信をもって書かせていただいております。

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