2013年3月26日火曜日

洗脳解除のために(その4)

霊的現象への恐怖心の問題


悪霊を恐れる心

 K会に入って学んでいくと、悪霊や悪魔を非常に恐れるようになります。たとえば、悪霊に憑依され、「のりうつり」を受けている人が来談したとします。その人と話すと、いかにも悪霊の波動を感じるとします。その時に、私たちはどういう行動をとるでしょうか。

私にはこういう体験があります。ある人の心境が急に落ちて、そこに悪霊が憑依しました。その瞬間私は、少し後ろへ体が引きました。悪い波動の影響を受けるのを嫌ったので、自然に体が後退したのです。

ところが私の尊敬するあるお医者様は、その瞬間に体が前に出ました。「だいじょうぶですか」と声をかけたのです。

どちらに愛があったでしょうか。明らかにそのお医者さんの方です。私はとっさに体が後退するように反応したのは、私の本心を鮮やかに表していると思いました。

どんなにきれいごとを言っても、救済したいと思っていても、悪霊に憑依されるほど苦しんでいる人に接したら、体が退いたのです。自分が悪霊波動で汚れることを嫌ったのです。これは十年以上前の経験です。

私は今でもその時のことをはっきりと覚えています。その後、いろいろな体験を積んできました。自分が悪霊のようになって苦しんだ経験もあれば、人の悪霊をエクソシストした経験もあります。またカウンセリングでそうした悪しき霊的影響を受けても、相手の成長を信じ続けて忍耐強く取り組んだ結果、遂によくなられて共に喜んだこともあります。そうした経験を通して、自分も少しは変わったなと思うことがあります。

悪霊、悪魔といえども、彼らも人間であり、超越潜在意識で私たちと一つにつながった存在です。彼らも必ず心が成長していきます。それを信じて接するということが、どうしても必要になります。

相手のために良かれという思いは、決して失いたくないものです。いかなる場合でも愛のエネルギーを発していきたいものです。これが悪霊、悪魔と言われる暗黒のエネルギーに染まった魂と対決するときの鉄則です。経験則からそれを確信しています。

「愛」の対極にあるものが、この場合「恐怖心」なのです。恐怖心は「自己防衛」の本能をかきたてるので身構えますし、「怒り」を呼び込みます。人は自分が害されるとなると、怒りを持つものです。しかし、これは自分がマイナスのエネルギーを出すことを意味します。

愛のエネルギーをいかなる時も出そうとすることは、最大の悪霊対策になります。相手を病人と見、「そういうことをせざるを得ないほど苦しんでいる」という側面を見ると、愛のエネルギーは出てくると思います。

これが悪霊、悪魔を克服し、人々を救済していくために、どうしても必要な精神です。K会で学ぶと愛と悪霊の存在の両方を知識として学びますが、愛のエネルギーを出すことがどれほどの力を持っているかを、実体験を通しては学べません。したがって簡単に愛が死んで、悪霊への恐怖が勝つのです。これはK会に所属する人の欠点であると思います。(例外はいらっしゃると思いますが)


深層潜在意識との同通を恐れる心
 
K会は、教祖が霊界ものを書きまくっているにもかかわらず、自分が深層潜在意識と同通することを恐れる気持ちをほとんどの信者が持っています。霊的な体験をしたいと思いながら、霊的な体験をする自分になることへの恐れがあるのです。
この恐怖心がるので、霊的世界と交流できるようになった人、要するに阿羅漢以上になって自分の深層潜在意識と自由に交流できる人が出てくると、「狂って廃人になるぞ」と言ってK会の職員が脅します。それもある意味、善意を装って恫喝してきます。私はそういうケースを実際に知っています。

こうした反応が出てくるのは、OR氏が「霊道を開くと怖いよ」と折に触れて言い続けた結果、職員や信者に恐怖心が刷り込みまれたのが原因です。ですから悟りを開いて深層潜在意識と同通したいという願望がある一方で、その心境維持できなくて悪霊や悪魔のとりこになったらどうしようかという恐怖心を持っているのがK会の職員や熱心な信者です。

私も、「知識的な勉強を数多くやることで霊道が開くのを抑えることができる」というOR氏の説明を受けて、意識的に勉強をし続けた経験があります。

こうした恐怖心の始まりは、GLAが高橋信次氏が亡くなってから、霊道を開いていた人がほとんど維持できなくて、悪霊悪魔の支配下に置かれたという説明を、文字通り信じたことも大きかったと思います。

これほど霊言が数多く出され、霊界についても説かれていながら、霊界と同通することを恐れる団体も珍しいと思います。
 
私はこの背景にはいくつかのOR氏の問題があると思います。

まずOR氏は自分のように自由に霊的世界と交流する弟子が出ることを、抑えたかったと思います。自分しかできないということで、あくまでも自分は特別な存在であるとしておきたかったのではないかと思います。OR氏は嫉妬深い性格を持っており、部下に自分よりできそうな人間が育つと、これを潰そうとします。そうした心理が、部下に霊的な世界との交流ができる人間が最近まで育たなかった原因だと思います。

本当なら、霊的世界との交流ができる弟子を育成して、自分の霊的な感覚をチェックするためにも、自分と同じ能力を持つ人間を育てるべきだったと思います。そうして複数の指導体制を組んでおけば、相互に支え合って健全性を維持することができたのではないかと思います。

それを阻害するものは、自分に匹敵する能力者を作りたくないという気持ちであり、嫉妬心ではないでしょうか。

もう一つ、OR氏には、はぐくみの心がかけていたと思います。もしかすると、受験勉強型以外の教育方法を知らなかった可能性が高いように思います。受験勉強型の教育は、資格セミナーでの論文による審査制度、講師登用制度に現れています。しかし、この制度が実際には伝道者を創れなかったし、心の医者も創れなかったことは、結果を見ると明らかです。

論文制度は毎年の論文研修で精舎研修のリピーターづくりには役立っていますが、それ以外には本を買う固定客を維持するぐらいの効果しかないのではないのでしょうか。

受験勉強型では悟性の部分は磨けません。公案禅的な磨き方は可能ですが、これもやはり思考偏重であることは否めません。公案では感情や感覚といった部分は磨けていないように思います。

悟性の開発は、通常は霊的指導者がマンツーマンで指導して、正しく開発しなければできません。OR氏は、教えだけ出して、自分で勝手に学習し実習しろという形にしたので、人が育たなかったと思います。

K会でこれまで霊的な世界に参入できる人が育てられなかった理由には、防御システムが不十分だという点もあるのではないでしょうか。あれほど結界を強調しながら、結局大悟館にすら「結界」ができなかったのではないかと思います。

結界とは、心の結界と空間の結界の両方です。そのための教育も不十分ですし、教祖自身が結界を破るようなことを平気でして、悪霊や悪魔を招き入れていたのではないかと思います。

こうした要因が重なって、霊界との同通を恐れており、したがって仮に霊界と交流できる人が出てきた場合には、これを警戒してその才能をつぶしにかかるというのが一般的なK会の反応であると思います。弟子は師をまねるわけです。


霊的世界との交流が日常化していく世界

 私はカウンセリングの現場に立ちながら、また心理学の知識を学ぶうちに、今の時代は「霊的な世界との交流」が当たり前になる時代なのではないかと思うようになりました。ここで「霊的な世界との交流」というのは深層潜在意識や超越潜意識との交流です。これが当たり前になってきている時代がもうそこまで来ていると思います。

201212月の下旬にマヤ暦が終わりましたが、これはそうした新しい時代の幕開けでもあったのではないかという気がしています。子供たちのアニメ漫画などの世界を見たときに、霊的なものがふんだんに出てくるのは、霊的な感覚を持った子供たちが大量に出ている証拠だと思います。

霊的なエネルギーは超越潜在意識から深層潜在意識を通じて、私たちの心と体に流れ込んできます。新しいエネルギーが流入すれば、古いエネルギーと置き換わっていきます。それは一つの新陳代謝のようにも感じます。その新陳代謝が激しくなっているのが現代という時代の特異性ではないでしょうか。

この時代は新陳代謝のために新鮮な霊的なエネルギーが注ぎ込まれるので、霊的な感覚が目覚める人が増えてくるのではないでしょうか。それは宇宙との交流ということも関わっているように思います。

もしこうした流れが不可避のものであるならば、我々ができることは、この潮流の中でどのように生きていくことがよりよい人生をもたらすかを研究して、そこで得られた智慧を共有していくことであると思います。

いずれにしても霊的なことを扱うだけで異端視され、白眼視された時代はもはやすぎ去りつつあります。自覚しないままに霊的なエネルギーを受けて、その中で生きています。それをどうすればよりよく生きられるのか。どう活用していけばいいのかを教えることが、新しい時代の心理学の役割であると思います。

恐怖心を煽り立てて、自分たちの教団以外で霊現象を扱うものは全部廃人になるとか、悪霊悪魔の仕業であるという偏見を押し付けるのは、もはや時代遅れです。こうした偏見は、誰もが脱しなければいけないと思います。

そうした勇気ある人こそが、新しい時代の扉を開いてゆくのではないでしょうか。その勇気も、洗脳解除のために必要であると思います。

参考「洗脳解除に役立つ本」
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2 件のコメント:

  1. <読者からのコメントをご紹介いします>
    霊的現象への恐怖心の問題

    「人は自分が害されるとなると、怒りを持つ」というのは、当り前のようで鋭いご指摘だと思います。
    その対極が愛の対極で「恐怖心」というのは鋭いと思います。

    その場合、K会のいう悪を増長してはならないという正しいと思える教えが、愛を阻害してしまう面があると思います。
    人を画策して陥れたりする悪意が満ちている環境においてです。
    愛するということにおいて、自己犠牲という思いが出てくると思いますが、本当にこれでいいのかという思いとの葛藤が生まれます。

    特にK会の脱会後には後遺症がまだ残っており、自分のことで精一杯という所があって悩むと思います。

    これを超えるのはかなり難しいと思いますが、アドバイスをお願いします。

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    1. コメントをありがとうございます。
      職場での人間関係でも、自分の欲望のために人を利用し、支配しようとする人は少なくないと思います。
      それに対処するには、第一に自分が人の悪意を受けて毒を食らわないこと、平静心が保てることが重要です。それには自分の心に生起する思いが自分の思いなのか、人の想念が自分に入り込んでいる結果の思いなのか、それを見抜かないといけません。見抜かないと同じ怒りの毒に苦しんだり、猜疑心に支配されます。それが見抜けたら、軽くなります。
      人からの影響ではなく、自分自身の内側にある思いであれば、それをまず味わって、次にその原因を心に問いかけます。そしてそれが見いだせればクリアされます。
      自己防衛の怒りの場合は、その自分をまず受け容れます。自分がそういう状況だということを見つめて、認めて、ここからスタートするのだというふうに受け容れます。自分を裁かないで、こうして苦しんでいる自分だということを受け容れて、自分の恐怖心や弱さや怒りと向き合います。「そういうものを抱えている自分ではあるが、ご苦労さんだな」と自分に言ってあげて下さい。そのうえでそうした恐怖心や不安や怒りの原因を振り返ってくのです。
      この時に自分の気持ちを文章にしてもいいし、絵に描いてもいいし、人に話し手もいいです。吐き出すことが必要です。そうする中でいろいろ自分を見つめていけるし、発見も多いと思います。私も心を絵に描くことで癒されるというプロセスは体験しました。
      こういう作業で自分の心を修復しつつ、是非の判断はする努力をされてください。その中で改善したり、自分の修行をとらえて精進することもあると思います。
      自己犠牲をしなくてもいいと思います。あなたはそこで何かを学ぶために働かれているのですから、「この体験の意味を教えてください」と祈っていかれるのがいいと思います。回答は必要な時に必要な形で必ず来ます。粘り強く問いかけ祈り、そして答えを受け止めて下さい。
      あらゆる苦しみのプロセスも、その奥にに働いている縁起を知ることができるならば、すべては自分の魂の癒しのプロセスでもあるととらえることができると思っています。

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