2013年2月27日水曜日

休眠会員との対話(その1)仏陀の仮面

「大川隆法総裁は仏陀ではないと思います。」

 最近、一人の休眠会員さんとお会いしました。そこで実に興味深い話を伺いました。この方の質問に対しては、私の見解を率直にお話しできました。実に有益な「対話でした。この対話の内容はブログに載せてもよいとの許可をいただきましたので紹介させていただきkます。

なお、プライバシー保護のために、この方の個人情報に関する基本設定を変更している点はご了解ください。またこの方の話の中には、教祖のプライベートな問題に関する伝聞情報も含まれていますが、あくまでこれはこの方のお話になった言葉ですので、その真偽は私が直接確認できませんが、この方のお話の重要な点でしたので、そのまま掲載させていただきます。
この休眠会員さんはKさんとお呼びさせていただくきます。

(対話)

 K  実は私、入会は遅れましたが、本を読み始めたのは1986年からです。日蓮の霊言が最初のきっかけでした。私の家は全員仏教徒でした。私は毎日熱心読経する習慣がありました。でも、成人したころから家の宗教に疑問を持ち始め、数年後に「おかしい」と確信して離れました。その頃霊言集を読み、素直に受け入れました。

種村 宗教的な環境に育たれて、日蓮の霊言もスーッと心に入ってきたんですね。

K はい。でもここ数年「幸福の科学はなんか変だぞ」という思いがしていたんです。総裁の霊言には内容がなく、話がめちゃくちゃです。昨年末までは精舎や支部に行っていましたが、今年からは行かなくなりました。

種村 心が離れたきっけは何だったのですか?

K 私の尊敬するある方が、こっそり宗務関連の話をしてくれたんです。「総裁の愛人の話は本当だ」という内容を、こっそり話してくれました。話の内容には驚きました。でもショックを受けるとかではなく、「やっぱりそうだったのか」と自分の中で納得できたんです。

種村 信頼できる方から総裁の実態を聞いて、驚いたと同時に腑に落ちたということですね。

K そうです。「幸福の科学」と言いつつ、周りを見ると、幸せな人間が周りにいないんですよ。これが長年の疑問だったんです。幸せな人間がいなくて、みんな疲れているんです。お金を払い続け、本を買い続け、研修を受け続け、それでも悟りが上がるようには思えない。法そのものに欠陥があるんじゃないかと思います。幸せになる人もいない。豊かになる人もいない。これはどうしてなのか・・・。これが納得できたんです。

種村 総裁の私生活の乱れを聞いて、「だからなんだ」と納得されたんですね。

K そうです。だってこれだけ成功や繁栄の教えが説かれているのに、金持ちになった人も、発展した人もどれだけいるのでしょうか。いないですよ。私の周りを見渡しても。たまに経済的に成功している人がいても、それはその人がもともと素質があったとしか思えない。

種村 つまり法がおかしいので幸福や繁栄という結果が出ないに違いない。法がおかしいのは、実は総裁の私生活に乱れがあったからだと。そうわかったので、疑問が解けたわけですね。

 いい宗教かどうかを見分けるのは、簡単だと思うんです。入会した後に、その人が以前より「幸せ」になるかどうかだ思います。

種村 支部などであなたの周りを見渡しても、幸せな人がいないから、いい宗教ではないと思われるのですね。

 私は大川隆法総裁は「仏陀」ではないと思います。だからもう「植福の会」はやめました。両親のお骨が幸福の科学の霊園に入っていますが、これは返してもらおうと思っています。

種村 もう信仰を持てないということですね。

 仏陀だとは信じていません。しかしいくつか疑問があるので、種村さんの考えを教えてほしいのです。初期の霊言集には素晴らしいものがあると思うのですが、どうでしょうか。途中から堕落したのでしょうか。それとも初めから駄目だったのでしょうか。

種村 初期の霊言には素晴らしい内容のものはあると思います。内村鑑三の霊言のように、その信憑性が相当問われているものもありますが、優れた内容の本が多かったと思います。報告数字だけを求めた大伝道の時に堕落が始まり、講談社フライデー事件でさらに攻撃的な本性が出たと思います。その後まじめに仏教を学んだのはいいと思うのですが、やがて大川総裁がどんどん自分が偉くなっていったことが問題だと思います。ただし、最初のころの教えに既に「我のみ偉い」という思想が入っているので、もともとの総裁の性格に、自己愛性人格障害があって、その部分が教えにもゆがみとして出ていたと思います。ただし、初期のころは天上界の指導を謙虚に受けるという姿勢もあったので、それが歯止めになっていたが、やがてそれが効かなくなって堕落していったのではないでしょうか

1997年前後に総裁の女性問題が出てくるのですが、これは総裁が仏陀の仮面をかぶってストイックに生きてきたものの、それだけに強い性的欲求や多くの女性に愛されたいという欲望を抑圧してきたと思います。それが中年になって、ユング心理学が教えるように、それまで自分がかぶってきた仮面(仏陀という見せかけの人格)の下に抑圧してきたものと、本格的に向き合う時期になって、自分の教えでは心が統御できなくなって、抑圧してきた欲望に飲み込まれていったというのが真相なのではないでしょうか。私はそう思います。

私は性的な欲求が強いこと自体を悪だとは思いません。あれだけ事業意欲がある方ですから、そちらの方面が強いのは理解できます。でも聖者の仮面を被って生き続けるには、やはり無理があったということではないでしょうか。本当の悟りではなかったということです。だから欲望が統御できず、抑圧が解消できなかった。自分自身を救えなかった法ですから、人を救うことはできません。そういうことだと思います。

 精舎で光の体験をする人がいるじゃないですか。私の母は筋ジストロフィーにかかって、様々な祈願をしても結局治らなかったんですが、その母が過去清算の秘宝特別灌頂を受けたんです。そしたら母の両親がでてきたというのです。母が自宅療養中に初期の講演会の50巻ビデオを見せていたら、母の周りに守護霊たちが座っているのが見えたそうです。一人はおかっぱ頭の女の子だったそうです。守護霊たちも最初は元気がなかったんだけど、50巻ビデオを見せているうちに元気になったと言います。

ですから初期には神の光が下りていたのではないでしょうか。それとも初めから偽物の団体だったのでしょうか。

種村 初期には神の光が降りていたことがあったのではないかと思います。世紀末にかけては相当闇が広がった気がするのですが、それでも数年前までは、天上界で何とかこの教団が邪教化するのを防ごうとする綱引きがあったような気がするのです。

特に精舎ですと、館長や講師の心境によって、磁場は全く変わると思います。心境がいい館長や講師の指導するものであれば、ある程度光が下りていた時期があると思います。また、初期のころの総裁の説法には光があることが多かったと思います。ですから、それを聞いて守護霊が元気になるということも、あり得ると思います。

ただし、難しいと思うのは、縁の法則が働くことです。たとえそれを話した当時は心境がよくて神の光を受けていたとしても、今の総裁が心境がわるくて悪魔や邪神の影響を受けているとすると、その講演ビデオを見た人は現在の総裁の心境と同通してしまって、悪魔や邪神の影響をそこから受けるということです。

この理論は、総裁がよく口にした理論です。少し前に、「きょう子さんの著作は内容はいいし、光も出ていたが、今のきょう子さんの波動を受けるので、彼女の本を読むと悪魔の影響を受けるので、読まないほうがいい」と総裁が言ったのは、そういう理屈からです。

この言葉自体は、きょう子さんには大変失礼な内容で、私がご本人と会った限りでは、総裁のいうきょう子氏と実際のきょう子氏の心境は相当違うと感じました。きょう子さんの心境の方が、前妻を罵倒し続ける総裁よりはるかに上だと思います。

しかし、この縁の法則の理論そのものは当たっていると思います。ですから、私は初期の大川隆法の書籍もビデオも、一切合財全部捨てました。書籍だけは使うこともあると思って、一セットだけ持っていたのですが、部屋の波動がどうしても悪くて体が重くなるので、結局捨てました。そうしたら部屋の波動はものすごく軽くなり、ほっとした経験があります。

 私は布施返還までは求めようとは思っていません。しかし、霊園の納骨壇に入れたお骨は返してほしいと思います。入会したこと自体は後悔していません。すばらしい人に会えたと思うからです。法友の中には、私にとって大切な方々がいらっしゃいます。

ところで、私はここ3年ほど「正心法語」のCDを一日中かけっぱなしにしていたのですが、特にどうということはありませんでした。あれは本当にひどいものなのでしょうか。

種村 私のブログに千の風さんが投稿してくださったものを読むと、正心法語のCDを3日間かけてから、空間そのものが地獄のような異様な磁場になってしまって、押しつぶされるように感じ、それをきっかけに統合失調症を発症したと証言されています。

私は二つの要素があると思うのです。一つはその方の体質です。千の風さんは極端に敏感な霊体質だったと思います。だから正心法語の総裁の声を通して、その時の総裁の心が通じている世界にずっぽりと引き込まれてしまったのではないかと思います。

2000年ごろだったと思いますので、総裁の心臓病もその前後に悪化していたように思いますので、総裁自体が完全に霊障状態のときに、たまたまCDをかけてしまった可能性が高いと思います。この時期的な問題が第二の問題です。時期的に見て、総裁の心の状態がいい場合と悪い場合で、天国と地獄ほどの差が出るのではないでしょうか。先ほどの縁の法則が働くからです。

あなたの場合は、あなた自身が霊体質ではないので何も感じなくてすんでいると思います。私も、心を見つめる時間が長くなると霊的になることがあったと思いますが、通常は霊的には鈍感な方だったと思います。それほど霊体質ではありません。ですから、正心法語をCDでかけたり、毎日全部を読んでも、比較的悪影響を感じなかったのではないかと思っています。

お経を読むというのは、内容はともかく自分を律していくので、そのストイックな生活スタイルそのものがプラスに働きます。ですから、私はが正心法語を毎日全部読むようになってから運命が向上したように感じたのは、そのストイックな精神生活が精神的な緊張感をもたらし、向上への意欲を喚起してくれたので、よい影響を与えたのではないかと思っています。

 なるほど、それについてはわかりました。私がこの教えに疑問を持ったのは、幸福の科学の本を読んでも誰も成功しないからです。たまに成功した人がいても、それはもともと成功するだけのものを持っていた人だと思います。

『マインドを変えよ』という10万円もする本とCDのセットがあるんですが、何度も聞きましたけど、肝心なところが抜け落ちているんです。マインドを変える「方法」に、全く触れていないんです。努力精進が大事だと言っているだけで、マインドを変える方法がすっぱり抜け落ちています。

こういう本ですから、いくら本を読んでも永遠に悟れず、向上もしない。お金だけ払い続けるシステムが確立されていると思います。

幸福の科学ではいろいろな本を読んでもよいと言われますが、本の数が多いので幸福の科学の本しか読まなくなります。でもアメリカの成功哲学の本を読むと、総裁が書いているようなことが出てきますが、総裁がぱくったのではないかと思いました。私が尊敬している職員の講師がいるのですが、このかたも総裁の本しか読んでいませんでした。アンソニー・ロビンズ氏の本の話をしたら、この講師はアンソニー・ロビンズのことを知らなかったんです。

アンソニー・ロビンズと言ったらアメリカでも日本でも、この方面では知らない人がいないぐらい有名な方です。彼は10代で成功し、一度挫折を経験しましたが、20代でさらに成功した人です。総裁よりもずっと若い時から成功している人ですよ。だから彼が、総裁の本を読んで成功思想を語っているとは思えません。総裁より年連が6歳も下です。

本当はこういう人の良いとこ取りをしているので、総裁の本は一見素晴らしく見えるんじゃないかと思うんです。

『常勝思考』の本のサブタイトルは「人生に失敗などないのだ」ですが、ダイヤー博士がすでに「人生に失敗などないのだ」ということを言っていました。

総裁は最近、「自分が通路を通るだけで、そばにいる人の病気が治る」と言っているようですが、それならどうして宗務の人が病気が治らないで治療を外で受けているのでしょうか。私はその事実を知っています。

教えで説かれていることと、現実の身の回りに起きていることが大きく違うのが幸福の科学だと思います。

 

(次回に続く)

 

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