2012年12月25日火曜日

投稿・プライドの高さは伝染する

大川隆法氏の症状

(紹介)

千の風さんから投稿を頂きました。
すっかり幸福の科学の幻聴から解放され、うつ状態からも脱却されたようです。
一つの参考意見としてご覧下さい。

(投稿)

脱会すると、「のーびのびと解放」された気分となります。
なんか、会にいるときは、「しばられていた気分」だった私としては。
  
一度培った「信念体系」をぶち壊すのは、結構勇気が入り骨も折れることだと思います。
過去のそれに使った自分の時間とお金、あるいは過去の自分との対決を
迫られるからであります。

全部ぶち壊して、白紙に戻したい人はそうすればいいし、「良い部分だけ残して」
あとは、消込作業をしたい人はそうすればいいのです。

自己愛性人格障害の症状を見てみましたが、大川隆法の症状にそっくりです。
ほとんどぴったりです。
大川隆法という人は、「自己愛性人格障害」の典型みたいな人です。

私は「途中から大川隆法が悪くなったのか」、
はたまた、「最初からそうした芽をもっていたのか」と、
色々検討した時期がありますが、
「最初からそうした芽をもっていた」という説を今は選択しております。

「自分が優れていると人に褒めてもらいたい。人の賞賛を浴びたい。あなた立派ね
と言ってもらいたい」でも、劣等感にさいなまされていた一青年が、ある日突然
霊言を受けて、「有頂天になって舞い上がってしまった」ような気がするのです。

もう、この人は初期の頃から、すでに「傲慢」ですから、1987年あたりですでに
傲慢です、もうこの頃には、「一番えらい自分を認めろ」というようなものが、
ある気がした次第です。暴露本虚業教団を読みますと。

それが年をとるほどに、メッキがはげてきて、誰の目にも明らかに、「変だな」と
分かるようになった過程をもっているのではないかと思います。

平気でうそをつく、のも、自己愛性人格障害の症状の特徴です。本人は嘘を
ついている自覚がないそうです。「自分はこんなにすごいんだ」ということを
言いたいようです。そのための嘘といいましょうか。

ですから、大川さんのこの「相当のプライドの高さ」が、信者にも伝染するのですね
大川さんのプライドの高さは、普通の人のプライドの高さとは違います。
「ちょっと有頂天になって天狗になる」ぐらいの程度のものではありません。
ちょっと、病気に近いです。私からすると。

ですので、信者のプライドを相当くすぐります。そしてまた、随所にそうした「仕掛け」が
設けられていると私は感じています。

たとえば、お布施をするときに、皆で読むお経が支部にあったのですが、ちょっと
詳しい文言は忘れましたが、「無私無欲の、なんとかで、 これぞ信者の誇りなり」みたいな文言がありました。無私無欲でお布施するのならば、誇りなんてないんです。
私から言わせると。
つまり、お布施をすることが誇り、というように、仕向けられております。

私はこれを大変きらった。私が教会を好むのは、謙虚になれる場所だからです。
とっても小さくなって、謙虚になって静かに祈る、こういうスタイルのほうが、
私の魂が好んだと言えるでしょう。

ま、そういうことなので、幸福の科学信者というのは、プライドが高い人が多いように
思うし、また真理のものさしで、人を裁く傾向にあるというのが、私の会員時代からの
感想でした。

真理は人を裁くためにあるのではなくて、人をのーびのびと自由にさせてあげ、
その人の個性を生かしてあげるところにあるのですが、どうも、そういう傾向には
なかったような印象をもっています。

人の自由を縛ったものは、必ずその報いというか、反作用を受けます。
ある期間、人を縛ることに成功しても、どこかで、無理が生じるからなのです。

無理なく、地道に、楽しく謙虚に伝道するならば、そうそう信者は増えません。
しかしながら、納得してもらえます。

組織運営も、この行事が終わったら、次の行事。次の行事が終わったら、
映画。で、祈願、祈願。で、金、金。
こうしたことは、ある期間は有効かとは思いますが、段々人が疲労してくるのです。
家庭の事情で、そうそう宗教にお金ばかりかけてもいられない人だっていることで
しょうから。

疲労がたまったところで、不満が噴出してきて、脱会となります。

職員側というのは、「おすすめ」をする側であり、その成果によって、総裁の
評価を得れるわけですから、自分の出世のために頑張ってしまうと思います。
つまり、お金集めの。

ただ、これを会員側から見ると、「会員は奴隷にしか見えない」のでありました。

こういう人を疲労させる要素が、教会などにあるかということですが、あんまり
ないです。私教会通いをしておりましたが。

ま、そういうことで、脱会した人は、「束縛」から解放されますので、のーびのびと
自分のやりたいことをやったらいかがなものかと、思っています。

2012年12月20日木曜日

幸福実現党の惨敗に思うこと

何が問題なのか

(紹介)

政治、選挙関連で、読者の方から3つの投稿をいただきました。

3番目はコメントに頂いていたものです。

(投稿1)報道されないので助かっているのでは。

実現党は「自分らの政策が一番正しいのにマスコミが報道しない」と相変わらず叫んでいます。

私はむしろ彼らの政策がおかしいと思っています。

国防を強調したり、原発の必要性を訴えている面は、私も賛成です。

しかし、彼らの政策の中には、疑問を感じるものもたくさんあります。

たとえば、大統領制、TPP賛成、移民受け入れ、大幅な規制緩和、大川新憲法など。

経済についても彼らの政策論は、小さな政府にすると言いながら、基幹産業を促進すると言ったり、理論的に結構混乱してます。

また国防が大事なのはわかりますが、ミサイルが飛んできたらどうするんだ!と3年前と同じことをヒステリックに叫んでいるわけです。

この思考パターンは、原発が爆発したらどうするんだ!と叫ぶ原発反対論と同じくらい幼稚です。

とても自分らが一番正しくて、他の政党は全部ダメだ、などといえたシロモノではありません。

マスコミに報道されて、まともに突っ込まれたら困るのは実現党です。報道されないことでむしろ助かっているのです。

(投稿2)世間への怨念には警戒が必要

日本の政治にとっては、今回安倍さん率いる自民党が大勝したのは喜ぶべきことです。安倍さんや麻生さんは非常に優れた政治家です。日本の政治の大きな危機のときに、彼らが政治のリーダーのなったのは、まさに奇跡です。日本の神々が味方したのではないでしょうか?

今回の実現党の悲惨さというのは、目も当てられません。ただただ浅ましいばかりです。負けたあとの態度も見苦しいです。自民党が勝ったのは自分らのおかげだとか、マスコミが報道しないから悪いんだ、とか聞いていて気持ち悪くなります。

今回の選挙で、大川氏や信者は、世間への怨恨を一層深めたと思われます。「幸福の科学」は冗談でなく、オウムとますます同じ運命をたどっています。もはやオウム並みの社会問題も犯しかねない団体だと思われます。

(投稿3)今回の惨敗は「自業自得」です

「幸福実現党と書かないと日本人3000万人が死ぬ。」「死にたくなかったら幸福(実現党)と書きなさい」

youtube
の動画で見ましたが、大川氏は本当に言っていました。大川氏のあまりの浅はかさにあきれるばかりです。恐怖の予言をすれば、人々が自分の言うことを聞くとでも思ってるでしょうか? 彼が堕落していく姿は、オウムの麻原氏とそっくりです。
今回圧勝した自民党は「列島強靭化」という、極めてまっとうな政策を打ち出していました。
簡単に言うと、「最近のトンネル事故に象徴されるように、今日本のインフラが老朽化している。それにまた大きな地震が起きるとも分からない。そのため、自民党は公共投資をして、インフラを整備していく。そしてそれは最も効果的なデフレ脱却策ともなる」といことです。公明党の「ニューディール政策」もそれと似たものです。
震災などにもそなえて、国民のためにインフラを整備する、という自民や公明に対し、信者は「(実現党を支持しないと)天照さまが怒って地震が起きる」と言い、総裁は、「死にたくなかったら幸福(実現党)と書きなさい」と叫んでいたのです。
政党として見てどちらがまともか、一目瞭然です。彼らはよく「自分らの政策は一番正しいのにマスコミに報道されないから悪い」といいますが、マスコミ云々の前に、主張や政策論で、自民には勿論、公明党にも完敗してるのです。
また、大川氏は演説で「釈量子は安倍晋三の100倍優秀だ!」なんて叫んでいましたが、みっともないにもほどがあります。そもそも100倍ってどうやって計るんでしょうか?
彼らは、日本の政治家のすごさを知らないのです。安倍晋三さんや麻生太郎さんなどは極めて優秀な政治家です。すくなくとも実現党とはプロと小学生くらいの差があるでしょう。
今回の惨敗はまさに「自業自得」です。

投稿・私の還俗の理由

組織が隠したかったもの

(紹介)

幸福の科学の元職員の方から投稿を頂きましたので、ご紹介します。

(投稿)

私は幸福の科学の職員として、10年間勤務をしてきました。
宗教団体なので在職中は「出家」という言葉を使うのですが、退職する時には「還俗する」と言います。私の場合は還俗したと言うよりも「還俗させられた」と言うべきだったと思います。

最後の勤務地は地方の支部長でした。赴任した当時、支部には会員がまばらで、月例の祈願式などには数名の会員がおいでになるだけの閑散とした状況でした。
しかし、それにもかかわらず、そこの支部の伝道実績や、他の活動実績も全国で上位にあり、赴任して間もなくの全国支部長会議の席では、上位の成績を出したということで名前を読み上げられたほどでした。

私は公表された成績と、支部の実態のギャップに疑問をもち、すぐに当時の支部の主任に事情説明を求めました。

当初、その職員はいろいろ弁解したり、隠したりしていたのですが、伝道と言っても、実際には入会していない方の名前を書類上に登録をするだけのものでした。もちろんご本人は自分が会員になっていることさえ気づいていませんでした。
更に驚くべきこととして、月刊誌の配布や献本についての実態は、ほとんど活動がされていない状況でした。支部の礼拝室のご本尊の脇の白布の陰に、過去数年間にわたる月刊誌の段ボールが開封もされずに天井まで積み上げられていました。また、支部の外の倉庫の中にも同じように月刊誌や、新しい書籍が段ボールのまま積み上げられていました。未会員に配られたはずの月刊誌と書籍がそのまま倉庫に眠っていたのです。主任に説明を求めましたが、言い訳や嘘をつくばかりでした。

「地区の集い」のために会員さんのお宅にお邪魔した時のことですが、活動状況などをお伺いすると、おもむろに押入れのふすまを開けました。何と、押し入れいっぱいに、月刊誌の段ボールと献本用に購入して下さった書籍が山のように積んでありました。実際にはほとんど未会員には差し上げることなく、押し入れの中にしまってあったのです。
「支部の職員さんに頼まれて買ったのですが、差し上げる相手がいなくてしまっておきました。」「月刊誌は毎月支部に届いたものを車に積んで家に持って帰っていました。」とのことでした。
ところが支部の職員は、それを実際に献本したと偽って、本部に報告をしていたのです。

月末が近づくと、職員が婦人部長や代表地区長に電話をかけて、伝道や献本の報告を求めるのですが、会員の皆様は苦し紛れに「うその報告」をするのです。職員は嘘と知りながら、さらに上乗せして本部に報告していたのです。このような実態は、前任の支部長も知りながら、黙認してやらせていたそうです。その結果出世できて、総合本部の活動推進局への異動となっていたのです。

私は、事情を知り、即座に止めさせました。

支部の地区長会議では、会員の皆様にこの実情を説明し、「今後は正当な形での真実の活動に取り組みたい」と宣言いたしました。すると間もなく、日ごろから活動に疑問をもっていた会員さんが支部においでになるようになって、支部行事のたびに礼拝室はいっぱいになり、新しい会員も増えてきました。ようやく普通の支部に戻ったのです。

その時に当然、主任の考え違いは叱責しましたし、活動推進局に異動になった前任の支部長にも連絡し、従来のやり方の説明を求めました。

その直後のことです。人事の辞令が出て、私は還俗となったのです。ようやく支部が正常になりだした時でした。赴任からわずか三カ月後のことだったのです。

嘘の救世活動、見せかけの信者数、隠蔽の数々。幸福の科学とは一体何をしようとしている団体なのでしょうか。

私の経験を幸福の科学の会員の皆様に知っていただき、洗脳の解除に役立てていただければ幸いです。

2012年12月19日水曜日

私の還俗体験(その2)


還俗への決定打

①理解し難い守護霊の主張

「種村さんの守護霊が、また総裁先生のところへ行きました。」
何度か、そう聞かされました。その都度、私は恐縮して、大変な罪悪感を持ちました。それが何度か続いた時でした。人事局のHさんは電話で、私に自己都合による退職願を書くように言いました。
私はやむを得ないと思いました。しかし、その時、「ちょっと待ってください。」とHさんはいい、だれかと相談しているようでした。総裁と話していたように感じました。そして退職願の件は、一旦保留になりました。

私は非常の追い詰められた気持ちでした。総合本部長のY氏からも電話がありました。私の守護霊がいろいろ人事的な要求をしているようなので、それをどのように抑えるかという話でした。「私の言うことをきいて、ちゃんと従おうという気持ちになってください。そうすれば種村さんの守護霊も結界を破らないようになるから。」という趣旨のことも言われました。総合本部長のYさんは、念力が強いので、いろんな職員の守護霊が結界を破って総裁先生の所に行くのを防ぐ役割をしているのだということでした。だから、Yさんに従う心を出せば、私の守護霊もYさんの守護霊の指示に従うということだと理解しました。

でも当時の私は、守護霊のコントロールをしろといわれても、どうすればできるのかがわからず、悩みに悩んでいました。そこで、私は法友でもある講師の方に相談しました。初期からお世話になってきた日光精舎館長のHさんは、本当に親身になってアドバイスをして下さいました。ところが、私の心には、悩みの気持ちが一杯にあふれており、折角のアドバイスも十分に入ってきませんでした。後にカウンセリング理論を学んで、こういう時は、まず相談者が胸のうちを全部さらけ出した後でないと、折角のアドバイスも入ってこないのだと知りました。空っぽになったコップになら新たな水はいくらでも入りますが、泥水がつまったコップに清水を注いでも、流れ出てしまうのと同じです。それでもHさんの善意だけは、胸にしっかり刻みました。
日光精舎でもう一人、講師のSさんにも相談しました。この方はY氏と犬猿の仲で、神奈川本部長時代のY氏と衝突して還俗寸前までいったという経験をお持ちでした。この確執は相当根深いものがあったようで、アドバイスをしてくださる言葉に混じって、SさんのY氏への怒りが吹き出してきました。「この心境だと、講師をするには難しいものがあるのではないかな」と心の中で感じてしまいました。

その直後でした。Y氏から電話がありました。「種村さんの守護霊が総裁先生のところへ行って、人事改造を要求してきた。私を始め幹部の人たちをものすごくけなしてきた。今の幹部を左遷して、自分を総合本部長にしろと要求しているよ。私が折角、あなたを守ろうとしたけど、これでは駄目だ。」という趣旨のお話でした。
私は、Y総合本部長を初め、それ以外の幹部の方に対しても、あまり悪意とか批判を持ったことがありません。総裁が評価して使われている以上、幹部批判は総裁批判になるので、どうしてもブレーキがかかったのです。また人のことを悪くいうことは、あまりなかったと思います。ましてや、人事の大改造をして、自分を総合本部長に据えろというのは、私には想像も出来ない発想でした。第一、当時の私は交通事故で半年以上入院生活をして、ようやく仕事に復帰して半年もたたない頃でしたので、体力が大幅に落ちており、体力的にも気力でも、到底責任ある立場に耐えないことを自覚していました。ですから、私には、その守護霊の言うことが、全くピンときませんでした。「そんなの無理だ。私にそういう立場が務まるわけがない。」と思ったぐらいですから、首を傾げました。

ただし、思い当たることが二つありました。Sさんが相当幹部批判をしていたので、もしSさんの思いと私の思いが合体したのなら、そうした化け物のような想念が出来上がるのかもしれないということです。しかし、話を聞いているだけで、特に賛同したわけでもないのに、どうしてそこまでなるのだろうかと不思議でした。
もう一つ思い当たったことは、私には一番弟子願望が潜在していることでした。私は過去世で釈迦の十大弟子の筆頭であったといわれていたので、今回も筆頭の弟子にならないとランク落ちするという焦りがありました。その思いが、そうした守護霊の主張となって出てくるのだろうと納得したのです。そして、言われたことはピンと来ない部分が多いけど、すべてを自己責任として受けとめねばならないと思いました。

②法を曲げた罪

もう一つの決定的な出来事がおきました。総本山の宇都宮正心館の館長をしていたMさんが、私がつくった研修会をしていたところ、その研修会には生長の家系統の悪魔や悪霊、さらに他力信仰系統の悪魔や悪霊が指導して、磁場がゆがんだという指摘が、総裁からされて、その研修が中止になったというのです。原因は、私のつくった研修ソフトにあるとのことでした。この研修は、エル・カンターレへの祈りを解説する研修で、総裁の色々な言葉を抜粋して、つなぎあわせてつくったものでした。ほとんど私の言葉は入っていませんでした。そのため、当時の私は総裁の言葉をつなぎ合わせてつくった解説資料を使って、どうして悪霊や悪魔がくるのか不思議でなりませんでした。

当時、私が自己流にした解釈は、交通事故から職場復帰してすぐに作った研修ソフトであったので、私の心境の中に他力依存の気持ちが強くなっていた可能性があり、それが他力信仰系統の魔を呼び込んだのだろうということです。しかし、私がこのソフトを使って研修をしていた時には、特にそういう指摘は受けなかったので、不思議な気持ちがしました。
この結果、総裁からは「種村は講師としても使えない」と認定されました。それで一旦保留になっていた還俗の話が、一気に具体化しました。

当時の私は、総裁の判定を全部信じていました。ですから、そういう問題が起きたという事実を人事のHさんからの連絡で聞かされて時には、本当にショックでした。法を曲げる罪は無間地獄であると教えられてきたので、私は自分の罪深さに茫然となりませした。ただ、その時、何か他人事のように感じている自分がいて、胸の奥から深い懺悔の気持ちがこみ上げてこない自分を自覚していました。自分を、映画のスクリーンで見ているような気持ちがあり、当事者感覚が希薄なのです。
心理学ではこれは離人症といいます。強度のストレスに耐え切れなくて、心が肉体から離れるような状態です。心理学的にも、相当危険な状態にあったことは事実です。当時はそれが分からず、法を曲げた罪に対して懺悔の気持ちがこみ上げないほど自分の境地が落ちたのかと、そちらの方を深刻に捉えていました。

③総裁への疑問

何度も言いますが、当時の私にとって、総裁の言葉は絶対でした。ですから、総裁から如何に言われよと、その責任は全て自分にあると考えました。

しかし、疑問に思うことがあります。まず総裁のつくる結界は、弟子の守護霊が突破できるほど弱いのはどうしてかという疑問です。
総裁の近くにいたある職員の方と話す機会がありました。結界について話が及ぶと「無い、無い。結界なんかあるわけありません。種村さんは結界があると本当に思っていたのですか。」と心底あきれた顔をされたのを見て、私はショックを受けました。「えっ、本当に当時から結界がなかったの? 嘘でしょう」という気持ちでした。

また当時は、総裁に色んな霊がインスピレーションを降ろしてきて、長男の教育方針がころころ変わって、大混乱していたことを、後できょう子氏から聞きました。きょう子氏は「どうか天上界の支援霊よ、霊示を降ろさないで下さい。」と真剣に祈っていたといいます。彼女は「教育について、地上の人間より認識力の低い支援霊というのはどういうことだろうか」と真剣に悩んでいたといいます。私がその話を聞いて「それは高級霊じゃなくて悪霊の指導だったんじゃないんですか」というと、「あっ、そうですよね。でも当時は、本当に高級霊の指導だと信じていたのです」と苦笑いしていました。

そういうことから判断すると、総裁まわりには結界がほとんどないか、もっというと悪霊が自由に入り込める環境にあったと思われます。これは、総裁自身の悟りが落ちているので、結果が崩れていたということです。それを弟子の責任にして、弟子に罪悪感を感じさせ、還俗へと持っていくために利用したのではないかという疑いを強く感じます。

もう一つの疑問は、もし守護霊が本当に、いろいろ無理難題を言ってきたとしても、どうして仏陀であるはずの総裁がそれを説得し、教え導くことができなかったのかという疑問です。真の仏陀は天人師です。天上界と地上界の師であるということです。そうならば、どうして守護霊を教導できないのでしょうか。指導ができないので、「地上の人間が守護霊をコントロールして総裁のところへ行かないようにしなさい」というしかないのです。これでは指導力が低すぎるように思います。

最後に、もし私がつくった研修ソフトそれ自体に問題があったのであれば、どうして私がその研修を正心館で多くの会員に指導した際に、指摘しなかったのでしょうか。M館長がその研修を行ったときには参加者が多かったので、正心館の磁場がゆがんでしまうほどの異変を、総裁が遠方で察知したという説明だったと思います。
でも、エル・カンターレは全知全能の神であり宇宙の創造主であると言われています。それほどの方なら、どうして私が研修を指導した折に、その異変を感じ取れなかったのでしょうか。

生長の家の系統の悪霊や悪魔が指導しているということでしたが、これは幸福の科学から生長の家の名残を取り去るように指導する目的があったのではないかと思います。M館長も元生長の家の信者でした。ですから、何かの意図が隠されていたように思われてなりません。

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2012年12月18日火曜日

私の還俗体験

1 還俗の始まり

幸福の科学では還俗する人が、これから出てくると予想されているようです。
私も1999年に還俗した人間です。
私のささやかな体験を書かせていただくことで、還俗させられる方々のお役に立てればと思います。

    人事からの電話

私は1999年の夏に還俗しました。還俗に至った2ヶ月ほどの経緯は、強烈に記憶に残っています。

日光へと向かう列車に乗っていたとき、人事部のHさんから突然、携帯に電話がかかってきました。
「種村さんの守護霊が総裁先生のところへ来て帰らないそうです。そのために総裁先生は昨日からお仕事が出来なくなっておられます。種村さんのほうで、守護霊が暴れないようにしてもらえませんか。」

突然のことで、何のことかが分かりませんでした。
どうも詳しく話を聴くと、私の守護霊が「種村の扱いをもっと上げてもらいたい。いまの立場では納得が出来ない。」と、総裁先生のところへ談判しに行って、納得のいく回答がもらえないので帰ろうとしないということのようです。そのために総裁先生は仕事が出来なくなり、エネルギーを奪われているということのようでした。
私は当時、「総裁先生は大救世主であり、総裁先生のお時間はすべて人類のために使われなければならない貴重な時間である。それにもかかわらず私の守護霊のために、その貴重な時間が奪われているということは、本当に申し訳ない。大救世主の貴重な時間は人類のためのものであり、私一人のために割かれてはならない。」と固く信じていました。ですから、これを告げられたときは、驚天動地であり、三界に身の置き所なし、という心境でした。ただただ申し訳ないという気持ちがこみあげてきました。
途中の停車駅で飛び降りた私は、駅のホームで土下座して、本当に申し訳ないとお詫びをしました。

人事のHさんは、「高橋大亀さんも同じように仰いましたよ」と言い、言葉を詰まらせていました。
そして、「思いつめるとかえって守護霊が暴れますので、ここはリラックスして総裁先生に思いを向けないようにしてください。総裁先生の近くにいると、どうしても守護霊が行きやすいので、遠くへいったん旅行されてはいかがでしょうか。そしてリラックスされてはいかがでしょうか。」と言われました。
業務命令として、遠方での休養を示唆されたわけです。

当時、日光精舎の講師をしていた私は、急遽、北海道へ旅行に出かけました。休養の旅なので、温泉に行ったり、夏の花火を見たりと、普段なら考えられないような時間を何日も過ごしました。そして、ひとまずは大丈夫と言うことで、職場に戻りました。
しかし、実際にはこれが還俗への始まりだったのです。
その後は、何度も、同様の電話が人事からありました。そのたびに、Hさんは親身になってアドバイスをしてくれました。それでまた別の地方へと、休養旅行をしたりもしました。すべてこれは、守護霊が総裁先生のところへ行かないようにするためのものでした。しかし、ことごとくうまくいかないようでした。

    大川隆法総裁に感じた恐怖心

それと前後して、私が総合本部に呼ばれたときの事です。当時、秘書をしていたKさんと話す機会がありました。Kさんは、後に幸福実現党の党首もされた方ですが、その頃、悪魔からの攻撃を短期間でかわしたというので評判になっていました。
Kさんは秘書の責任者をしていたときに、悪魔からの総攻撃を受けたそうです。それで一時悪魔に憑依されたので、秘書の任を解かれました。休養をとり温泉につかったところ、リラックスしたためか、悪魔の憑依がはずれて、数日後に秘書に復帰したという話でした。温泉につかって何も考えないというのが、悪魔対策にも効くらしいと、このとき話題になっていました。そうしたことも、人事局のHさんのアドバイスの根拠になっていたのです。

この時、Wさんという元秘書の方とも話しました。Wさんは後に理事長をされた方です。Wさんは私に次のような話をしてくれました。
「種村さん、お釈迦様の時代には、釈迦の十大弟子が中心にサンガが動いていたけど、今世は文殊が中心なのですよ。昔とは立場が逆になっているということを理解してください。」
これは、「(文殊菩薩の生まれ変わりである)大川きょう子氏が教団の中枢にいるということは、文殊に縁のある人々が教団の中心におかれるのです。過去世の釈迦十大弟子は周辺に追いやられても当然です。だからあなたは教団の中心位は戻れない。だから出世を諦めなさい。」と、こう言っているように聞こえました。教団には強い疎外感を感じました。

また、Wさんは、ご自分の体験として、このようなことを話しました。
「私は秘書をするとき、総裁先生からは『あなたは本来なら私の傍に来れる人間ではないが、今世は特別に秘書をしてもらっている』といわれました。秘書になって総裁先生のお近くにいたときに、凄まじいほどの恐怖心を感じた事がありました。自分が巨大な宇宙の前で本当に小さい存在にすぎなくて、押しつぶされてしまうほどの小さな存在なのだということを、その恐怖の中で感じ取りました。」
仏のそばにいて仏弟子が恐怖心を感じるというのは、本来であれば理解しがたいことです。一切の恐れのない安らぎの心境を味わうのならわかるのですが、凄まじいほどの恐怖を感じるというのは、悪魔のそばで味わうことのはずです。
しかし、洗脳されきっていた当時の私にとって、大川隆法総裁は絶対の疑うことのできない存在でした。ゆえに常に大川総裁を正当化する理論を自分自身で組み立てて、自分自身を納得させていました。この時はこう考えました。
W氏は自我の強い天狗タイプの人である。彼のような人が自我を抑えるには、自分の小ささを霊的な感覚で知る必要があったに違いない。エル・カンターレの偉大さを、恐怖心の中で骨身にしみて感じることで、自我を抑えることができるのだろう。」

職員は、「総裁先生のお言葉です」と言われれば、絶対に正しいと信じて従いました。これに疑いを挟むことなどありません。仏陀は法の上に立つ存在であり、法を変えることができる存在であると教えられていたからです。法に基づいて大川総裁を批判的に見るということは、許されないことだと教えられてきました。
ですから、いかに理解しがたいことでも、「総裁先生が言われた」という一言で職員は従います。私の還俗に関連する出来事も、いろいろ摩訶不思議なことがあります。しかし、疑いませんでした。

今から思うと不思議なのは、もし私の守護霊が行ったとしても、真の仏陀ならそれを諭して、考えを改めさせることができるはずです。それがなぜできなかったのでしょうか。釈迦教団で守護霊が釈尊のもとから離れず、還俗になったというような記録は皆無です。
また仏陀は無畏施といって、恐れない心を与えます。恐怖心をなくさせる方なのです。それが凄まじい恐怖心を起こさせるというのは、道理に合いません。相手が魔なら、仏陀を見て恐怖心を起こすこともありえるでしょうが、秘書に置くような仏弟子が大川総裁のそばにいて、凄まじい恐怖心を起こし、「この方には逆らえない」と肝に銘ずるというのは不可解です。マフィアのボスに対して手下が恐怖心を抱くのならわかります。悪魔と一体化した総裁に対して、弟子が恐怖心を抱いたのなら理解できます。しかし、仏陀にそば近くに仕えるほどの高弟が、仏陀に対してそうした恐怖心を抱くというのはありえません。にもかかわらず、当時の私は、そうした理性的な批判は持ち得ませんでした。それが洗脳された状態と言えるのではないでしょうか。

③恐怖心を使う者の正体

恐怖心に関して、一言述べたいと思います。

釈尊は菩提樹下で悟りを開かれた際に、悪魔の正体を見破り、「おまえは、こんなことを考えて攻めてくるのだろう」と悪魔の狙いどころを全部指摘されたと仏典は伝えています。その際、悪魔には十の軍隊があることを指摘し、「第六番の軍隊は恐怖といわれる」と喝破されました。

大川隆法氏は『仏陀の証明』でこの魔の十の軍隊のことを解説していますが、なんと中村元訳『ブッダのことば』から引用して、それに解説を加えています。これはオリジナルの思想としては説けなかったということであり、仏陀の証明とはなっていないのではないでしょうか。なぜなら仏陀は根源の法を説く方だからです。

さて、大川総裁が恐怖心を多用して組織を統制していることは、よく知られています。頻繁な異動命令もその一つですが、還俗勧告というのは職員にとっては究極の恐怖心を与えるものなのです。法名を与え、それを剥奪することもそうです。
「お布施しないと富士山が爆発するなどの天罰が起きる」「幸福実現党と書かないと日本人3000万人が死ぬ。」「死にたくなかったら幸福(実現党)と書きなさい」
こうした恐怖の予言を「天照大神」の名前を騙って行ったり、街頭演説で総裁自らが述べていたと報道されていました。これは恐怖心を使って、会員はもとより、一般の有権者まで操ろうとしているわけです。今年の2本の映画も、この恐怖心による一般国民の囲い込みに戦略目標があったと感じさせるものでした。

一方、『仏陀の証明』では、かつて大川総裁がこう述べていました。
「この恐怖も悪魔が使います。特に邪教団などは、この恐怖心をよく使います。『あなた、大変なことになりますよ』と脅して、金を巻き上げるのです。」
この教えに照らせば、今の幸福の科学は邪教団以外の何ものでもないことになるのではないでしょうか。

恐怖心をなくさせるものが仏陀であり、恐怖心を使って人々を支配するものが魔であるとすると、大川隆法総裁は果たして何者なのでしょうか。是非とも教えに照らして、大川隆法総裁ご自身にしっかりと判断して頂きたいと思います。
 

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2012年12月13日木曜日

投稿・何故日蓮の霊格はころころ変わるのか

洗脳解除はどこが難しいのか

(解説)

大川隆法氏がころころと主張を変えるのは、最近では不思議だとは思わなくなりました。彼が自分の都合に合わせて情報操作していることが理解できたからです。
でも、最初に彼が「真実の探究」をしているのではなく、自己都合でさまざまな霊格や過去世の操作をしていたことを知ったときは、ショックでした。あれほど熱意を持って学び、信じたものが、ニセモノ、ガラクタだった、という衝撃です。
自分が蓄えた知識に価値はなかったのか。そのために費やした人生の時間と投じた資金は無駄だったのか。そう思うと、もしそれが事実であっても、受け容れがたいのです。要するに自分にはダイヤモンドとガラスを見分ける目がなかったことを受け容れるのが難しいのです。

洗脳解除という作業は、それゆえに難しいと思います。
信じた自分自身の価値を問い直すという作業が伴うからです。
しかし、真実は真実。それに向き合って目をそらさないところから、人生の再建はスタートするのだと思います。

投稿者Uさんからの投稿は、日蓮の霊格がころころ変わる不思議を指摘されています。
霊人の霊格を自由自在に認定できる仏と見るのか、自分の都合でころころ主張を変えるご都合主義者と見るのか。見る立場で、大川氏への評価は180度変わると思います。
しかしそれは、一人ひとりが判断することだと思います。

(投稿)

日連はもともと如来の霊格だった
それが「方便の時代は終わった」直後の、1994417日・幸福の科学特別セミナーでは、釈迦の10大弟子がいて、その次のその次くらいで、孫弟子か曾孫弟子の位置づけで、五百羅漢に入れるかどうかだ、ということだった
それが最近また復活して、如来の霊格であって霊言本を出すに至った
こんなに次々と霊格が変わる霊人も珍しい
教祖の適当な都合で二転三転する霊格とは?