2012年10月31日水曜日

投稿・大川隆法氏の言葉を検証する

洗脳解除のために

(紹介)

大川隆法氏(以下OR氏)の言葉を検証する投稿を、投稿者Uさんから頂きました。
OR氏の思想を一つ一つ検証すると、さまざまなものが見えてきます。

これまで「教えはいいけれど」「良い教えだけど」という見方が、幸福の科学に批判的な人も使うことが多くあったと思います。
しかし、本当は教えに問題があったからこそ、OR氏の行動や職員の言動が
おかしいのではないでしょうか。

教えそのものを検証すること。また教えと行いの矛盾を検証すること。
それがこれから必要なことだと思います。
洗脳解除のために。

(投稿)

    大目連は?

『舎利弗の真実に迫る』P16
「そして、昨年(2011年)、釈迦の二大弟子の一人である大目連の生まれ変わりと言われていた、当会の最初のころの事務局長だった方が亡くなられました。
ただ、この方の過去世が大目連だったのかどうか、本当は確認ができていないのです。」
(コメント)

OR
が釈迦の意識であれば確認は簡単だと思うが
この方は自分を大目連の生まれ変わりだと信じて亡くなられたわけで、それだけで大変失礼な話だ
自分で勝手に過去世を乱発して確認もしてなかったとは
とても釈迦の生まれ変わりの意識の言うセリフではない
②不妄語?

「舎利弗の真実に迫る」P30「教団の初期の段階では、幹部らしきものに何らかの格付けが必要な面もあった」ということです
(コメント)

真の釈迦教団であれば、うその過去世など不要
釈迦弟子がまだ生まれてないのであれば、たんたんと実績を作っていけばいいだけ
そうゆうのを正語の反省の「不妄語」というのではなかったか?
③憲法改正?

「舎利弗の真実に迫る」P115いや、それは、谷口雅春大聖師が日本国憲法改正を訴えておられて、超右翼的、”日の丸パタパタ型”の憲法改正を訴えておられたのは・・・・・。

(コメント)

谷口先生の立場は現憲法の改正ではなく、占領憲法を失効宣言して、大日本帝国憲法の復元改正なのだが


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2012年10月30日火曜日

投稿・若き日の大川タカノリ君の未来予測

「私が今死んだら、地獄の最深部に堕ちるだろう」(『太陽の法』)

(紹介)

ユニークな投稿を頂きました。

『太陽の法』の内容を非常に深く読まれて、大川氏の人格理解に一石を投じてくださっています。

一つのご意見として、参考になると思います。

(投稿)

はじめまして。2chから来ました、米国講演希望と申します。

「太陽の法」の後半で、大川さんが「さとり」を開く前、自身の半生を振り返る記述があった。

「私が今死んだら、地獄の最深部に堕ちるだろう」というような。

これを読んで、「何と大仰な」と驚いた読者は私以外にもいるはずだ。
現在の傲慢不遜な大川さんは明らかにおかしいが、
初期の「へりくだり過ぎる」大川さんにも「あれっ?」と違和感を覚えていた。『平凡からの出発』についても然り。

ちょっとした人生の挫折(浪人、失恋、留年、司法試験不合格、大学院進学失敗、就職第一志望不採用等)で地獄の最深部に堕ちるか?

24才の中川隆君は、死んでも絶対に地獄の最深部に堕ちないと思う。

56才以降の大川リュウホウさんは、死んだら地獄の最深部に堕ちると思う。

30才頃の大川タカノリ君は、将来の自分の行く末を見通していたのかもしれない。


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2012年10月29日月曜日

投稿・恐怖の呪縛「中国による侵略の危機」へのコメント集

映画「ファイナルジャッチメント」の問題点他

(紹介)

私が、ブログで<恐怖の呪縛「中国による侵略の危機」を考える>を発表したことへの反響を頂きました。

この問題は、現在、組織を挙げて幸福の科学や幸福実現等が取り組んでいるので、きちんとした見解、反論は不可欠ではないかと思います。

洗脳の手法として「恐怖心による支配」が組織的にされていますので、これを見抜いて恐怖で支配され、操られている人々の心を解放していきたいと思います。

(投稿)

<投稿者Oさん>「チップインされた恐怖心を取る必要」

種村ブログを読みました。まさにグッドタイミングだと思います。私自身、この中国問題でひっかかっており、退会した会員を含め、中国への侵略に対する恐怖心がかなり強く「チップイン」されており、この克服なしでは、マイコンからの脱却はできないと確信しているからです。つまりは、この恐怖を煽る思想に対抗するものをだしていくことが、真に退会した元信者の方や現信者さん達を護ることにつながっていくはずです。
実は私もここでつまづいていて、何とか投稿を通してマイコン解除の一助をしたいと思っていましたが、なかなか進まずにいました。という訳で、このブログ内容は私にとっては大変有り難いものでした。
この中国問題については洗脳解除の一助として今後も展開していくことと思います。私自身もおよばずながら御協力できたらと思っています。
また退会された信者様の中にも同じような考えを持っておられる方も少なからずいらっしゃると思います。そうした方々とも協力していけたら、より良い効果が得られるのではないかと思います。
<投稿者Dさん>「幸福実現等の意図と知力に疑問」

幸福の科学の中国脅威論は、何割かは正しいですが、おかしいところも多分にあります。
中国が軍拡を進めていることは確か。脅威であることは確か。このまま、10年前後、日本が何もしなければ、「占領」される可能性もないことはありません。

しかし実現党は、話が飛び過ぎです。「日本を救えるのは私たちだ」という方向に持っていこうと焦るあまり、中国は怖い、ひどい国だ、日本もこのままじゃ占領される、と。何かというと、占領占領、といいます。

彼らはむしろ日本が占領されるのを望んでいるのではないか?そのなかで、やっぱり幸福の科学は正しかったと、認められヒーローになることを夢見ているのではないか?日本を守りたいのではなく、自分らが認められたいのではないか?自分らを評価しない世間を見返してやりたいのではないか?

中国の軍事力は注意が必要ですが、日本の自衛隊も決して弱くはありません。今日本に必要なのは、正しい軍事知識に基づく自主防衛論です。

実現党は、軍事経験者はおらず、釈さんの話を聞いても軍事知識については、にわか勉強の域を出ていません。幼稚です。

実現党の主張にも正しい面はありますが、国防論、外交論については、他の優れた識者の本を読んだ方がいいと思います。個人的には、田母神さん、渡部昇一さん、日下公人さんなど保守系の本がいいと思います。

<投稿者Dさん>「映画『ファイナルジャッチメント』の問題点」

映画「ファイナルジャッチメント」では、日本の上空に戦闘機があらわれ、数分後には街頭のビジョンで占領宣言されています。映画としては面白いかもしれませんが、本当に起こる可能性はかなり低いです。
だいたいあの戦闘機はどこから飛んできて、どこに着陸したんでしょう。戦車も出てきたような覚えもありますが(出てこなかったすみません)どこから持ってきたんでしょう。致命的なのは自衛隊がまったく出てこないことです。いくら憲法9条があるとは言え、あの非常時に、自衛隊が誰ひとりとして、何もしないというのも考えにくいです。
実現党は、中国の軍事力を過大評価しすぎ、日本の軍事力や政治家を過小評価しすぎ、最後に自らを過大に評価しすぎ、なのです。ここがおかしいのです。とにかく日本を守りたいというより、自分らがヒーローになりたい、認められたい、という気持ちが強く、焦っていているので、冷静な分析ができないのでしょう。
僕の知る限りでは、軍事の専門家は、中国が今すぐ日本に仕掛けてくる可能性は低いと見ています。今のところ、軍事力で言えばアメリカ>日本>中国、だからです。
問題は、あと10年くらいすれば、(もっと早いかもしれません)この軍事力の力関係が逆転する可能性があるということです。そして、日本には核兵器がないことです。
今日本は、戦後タブーにしてきた「核」や「軍事」について真剣に議論しなければならないのです。これが、日本の課題です。「中国にはもう勝てない⇒やっぱり幸福実現党しかない」とか、そんなことではないのです。

個人的には、さしあたり日米同盟を守りつつ、アメリカがあてにならなくなったとしても、自主防衛できるような道を探っていく、方向がいいと思います。
大体、宗教団体が、人を不安にさせることを言ってどうするんでしょう。放射能が怖いと煽ってるメディアと変わりません。
 


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2012年10月28日日曜日

自己責任の原則と救済について

幸福の科学の教えに救済力がない理由

1.自己責任の原則の使われ方

幸福の科学には自己責任の原則という中心的な思想があります。あらゆる人生の問題は自分自身が招いているのであるから、それを反省して自分自身を変えていきなさい。それによって運命は変わるのですという教えです。成功も失敗も自己責任の原則により、自らまいた種を自らが刈り取るのだという縁起の理法の必然的な帰結として、自己責任法則が説かれてきました。

私は今まで、この思想は正しいと考えて、受け容れてきました。ところが、人間のタイプによって、同じ教えが異なった使われ方をされがちな事に、最近ようやく気がつきました。

自我の強い攻撃性の高い人は、反省の矛先を相手に求めるのです。「自己責任だから、あなたが反省しなさい。」という具合です。これは「自己責任の原則」の趣旨とは逆で、単に「お前の責任だ。反省しろ」と言っているのにすぎません。
他罰的なタイプの人も、この傾向を持ちやすいようです。

一方、調和型の人、自我がそれほど強くない人は、自分の責任としてすべてを受け止め、相手の責任を問うことをしません。全部自分が悪いのだと考えてしまいます。自己卑下タイプの人も、この考え方をします。

自我の強い人と調和型の人がセットになると、どうなるでしょうか。他罰的な人と自己卑下的な人との組み合わせでも同じです。
自我の強い人は自己責任を振りかざして人の責任を追及し、相手を縛ります。調和タイプの人は、相手に間違いがあっても、全てを文字通り自己責任で捉え、ようとします。
そうなると、自我の強い人が調和型の人を意のままに動かしていくという図式が、しばしば生じます。

調和型の人は一見、自分に責任があると反省することで心の調和を図ろうとしているのですが、相手の悪をのさばらせているという点で、相手の悪に加担してしまっています。幸福の科学の説く自己責任の原則が、それ自体は正しいと思われるのに、実際の使われ方を見た時に大きな弊害を伴うように見えるのは、そうしたときです。

2.愛を妨げる思想への転化

この問題は仏教の根幹にも関わる問題です。自己責任の原則は縁起の理法から導かれるものであり、それ自体間違いではないと思います。これは「あなたの運命はあなたの思いと行いによって作っていくことが出来、修正していくことも出来るのだ」という力強い人間観をもたらす思想だと思います

しかし、これを誤解して、相手に反省を押し付ける言葉として使われたり、また自分の反省をするのはいいが、相手の責任に目をつむる思想に使われると弊害が起き、相手の悪を助長する思想となります
さらに重要なことは、これを他人にむやみに適応すると、「あなたの不幸はあなたの責任であるから、あなたが自分でなんとかすべきだ」ということになり、相手の自己救済を義務として押し付けて、人を助けたいという気持ちを阻害する、言ってみれば愛を妨げる思想にもなりえます人を支援する力に欠けている宗教者は、容易にこの言葉で自分を守ろうとすると思います。
また、もっとこれが進むと「お前の自己責任だ」と言って、相手の責任を追及する言葉として使っているに過ぎない場合もあります。

思想はその運用を間違えると、本来の意味とは正反対の方向へも向かいかねないものであり、自己責任という思想も例外ではありません。

3.自己変革の教え

自己責任の原則とセットとなる教えとして、自己変革の教えがあります。幸福の科学では、教えに照らして自己変革をしようとしていくことが、正しき心の探究の姿勢であると教えられてきました。特に初期の頃は『真説・八正道』において、自己変革の意志のない人間は、真理を学ぶに値しないというほど、この教えは強調されました。

幸福の科学では、仏教で強調された「菩提心(悟りを求める心)」を「正しき心の探究」をする姿勢と捉えられ、それは今の自分、即ち仏の心境とは程遠い自分を変えていこうとする不断の努力を伴わねばならない、とされました
これが自己変革の教えで、自己変革の意志のない人間は、真理を学ぶ資格がないとまで強調されたわけです。

これは自力救済型の思想です。真理を学び、反省して、自分を変えていきなさいという思想です。その結果、悟りという名の幸福を得たならば、それを人に伝えていきなさいという思想へとつながりました。また自己変革をしようとする、その努力の過程においてこそ他力が働きかけるという思想が加わり、安易な他力信仰とは一線を画した斬新さがありました。

この自己変革の思想は、幸福の科学の大乗の時代に入るとともに、余り強調されなくなりました。しかし、なくなったわけではなく、自己責任の原則とセットで、「あなたは自分に問題があるのだから、自分が反省して自分を変えていきなさい」という、苦しんでいる人を突き放すような姿勢として、根強く残っていると思います

私は幸福の科学が愛の温もりを感じない冷たい組織になる一因が、この思想にあるのではないかと思います。この思想は、相手が救えなくても、救う側を免罪している部分があるのです。自己責任の原則、自己変革を要求する思想、これは自力救済を要求するからです。

その結果、苦しみの中にある人は、誰からも助けを得られず、孤独の中で苦しみ続ける事になります。これは私自身が、職員時代に強く感じてきたことです。これほど沢山の教えがあるのに、実際にはほとんど人が救えない。少なくとも自分の問題を解決できないで、延々と自分を責めながら信仰と勉強を続けている。そういうことが少なくないように思います。というより、私自身の職員時代が、まさにそうだったのです。

4.なぜ人を救済できないのか

これは、在家になってからも、実は長く苦しんだ問題でありました。私はカウンセリングを学ぶことで受容共感的理解という思想に触れましたが、幸福の科学に欠けているのが、まさにこの思想でした。「受容」と「共感的理解」というのは、思想というより、人の話を深く聞く傾聴の際の基本姿勢です。それが欠けているので、幸福の科学の教えは救済力を持ちきれず、真に心の救済ができる人間を育てられないのではないかと、非常に強く感じ始めています。

自己責任の教えがあるので、会員は不幸の原因や心の問題は自分にあるとして、自分自身を責めます。また幸福の科学の価値観に照らしてそれに反する思いが出たら、これを「抑圧」しようとします。思ってはいけないことを思ってしまったという反省は、単なる抑圧にすりかわります。抑圧された思いは、潜在意識に溜め込まれ、やがて自分自身がそれに支配されるようになっていきます。抑圧された思いが、コントロールできない怪物へと育ってしまうからです。

私は、欲望を統御できない自分、自己否定の心や劣等感を統御できない自分を、嫌というほど味わいました。しかし、葛藤の末に現実の中で挫折し、どうしようもない現実の自分を受け容れざるを得なくなり、「これが自分だ」と認め、自分を受け容れる(自己受容)ようになってから、運命が変わりだしたと思います。
弱弱しい自分がありました。プライドが傷つくことを畏れて現実に飛び込めない弱い自分があったのです。しかし、現実に飛び込んで、おぼれている自分も自分だと認めて、それを受け止めることが出来るようになれた。そこからが本当のスタートでした。

この段階で、私はそれまでほどには抑圧をしなくなりました。自分のあるがままの思いを見つめ、「これも自分だ」と、ある種の開き直りをしたからです。私はその頃は、これを単なる開き直りだと感じていたのですが、実はそれだけではなかったのです。あるがままの自分を見つめて、抑圧するのをやめたのです

やがて私は私の中のいやな思いに耳を傾け、決して否定せず、決して裁かず、受け止めて理解してくれる友人に出会いました。そこから、癒されて、再生していくプロセスに入り始めたと思います。

自分自身を振り返ってみると、どのような思いが出ようと、どのような行いをしようと、それを正直に認め、それが自分だと潔く認め、そういう自分を受け容れるところから、真の成長が始まったと思います。何故そのような思いが出るのか、その奥にあるものと向き合おうとしたときに、「不退転」という気持ちが湧きました。

5.相手の心に寄り添うという愛

人の救済においても、人は他人を救えるわけではありません。しかし、人は人が自らを救済することを援助することは出来ると思います。その方法は「相手の心に寄り添う」ということです。その人のあるがままを受け入れ、その人の身になってその人の気持ちを理解する努力をすることが、寄り添うということです。寄り添われた人は、やがて「自分自身を受け入れ、自分自身を信頼する」ようになります。寄り添う人は、その方が「自らの内なる力」で立ち上がることを心から信じて寄り添います。

言葉を替えると、他者から寄せられた信頼によって、人は自分自身を信じ始めるのです。信じる程度に応じて、力がよみがえります。すべてを裁かず受け止められ、理解されたという思いが、その方の心に癒しをもたらします。その愛が働くからです。人は愛によって、癒されていくのです。

私がさまざまな苦しみを経たときに、私の深層潜在意識、幸福の科学では魂の兄弟と言っていますが、彼らは涙を流して見つめてくれていたように思います。彼らは、やがては私がその苦しみから立ち上がり、苦しんだ経験でもって、人の苦しみにも寄り添える人間になることを、心から願っていてくれたと信じています。そして、要所要所で、さまざまな形での導きを与えてくださったことを感じています。いかに目に見えない応援があろうと、現実の苦しみを経験して試練を潜り抜けるのは私自身です。その過程で、私が知った苦しみや悲しみが、人を理解し、人を受け容れる力になる。それこそが苦しみの意味だったのではないかと、今は思っています。

私はカウンセラーとしても、まだまだ緒についたばかりです。それでものべ六百人の方をカウンセリングさせて頂きました。同時にまた、私自身が継続的にカウンセリングを受けながら、自分を成長させようとしています。

その経験から感じるのですが、自分の苦しみ悲しみをあるがままに受け止め、理解してくれる人に寄り添われることで、人は自分を成長させていく力を、本当に呼び出すことが出来ると思います。
それを愛と呼ぶのなら、愛ありてこそ、人は本当の自分、あるがままの自分と向き合うことが可能となるのだ思います。幸福の科学的な表現をすると、愛があってこそ真の反省が可能となる。愛がない反省は、自分と他人への裁きにしかならない
 最近の幸福の科学は、「愛を説いたはずの教団」から、愛の心が姿を消し、顕著に「裁きの集団」へと変化しているように感じます。


受容と共感的理解という、あるがままの自分と人を受け入れ理解しようとする愛の働きがなければ、決して人は変われないし、成長できないと感じています

「愛なき自己責任の思想」によって、自分を裁き、人を裁くのは間違っていると思います。愛は「愛が大切です」という言葉ではありません。愛は愛そのものの実践の中にしか姿を見せないものなのです。受容したり共感的に理解したり出来ない心は、愛の不在をもたらします。

私はこれまでの反省を踏まえて、カウンセラーとしての愛の道を全うしていきたいと思います。

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2012年10月26日金曜日

投稿・大川隆法の過去世認定を検証する

大川隆法は釈迦の生まれ変わりではない、その根拠。


(紹介)

大川隆法氏は釈迦の生まれ変わりか否か。それを根拠を示してどこまで検証できるか。その検証を投稿者U氏がして下さいました。ここに取り上げられているのは、二つの事実ですが、これだけでも十分に説得力を持っていると思います。

(投稿)

1.文殊菩薩が男か女かわからなかった大川隆法氏

(『舎利弗の真実に迫る』P83からの引用)

「また、初期のころ、文殊菩薩としてスタートした方(元妻・大川きょう子)もいます。
そのころは、『大乗仏教は、釈迦滅後、四、五百年後くらいを中心に起きてきたものであり、釈迦の時代とは時差がだいぶある』
ということに関する知識が十分ではありませんでした。」

(投稿者U氏の解説)

自分が釈迦の意識であれば、文殊が男か女かくらいのことは簡単にわかりそうなのに、
当時の大川隆法氏にはわからなかったそうです
このことからあきらかに大川隆法氏が釈迦の生まれ変わりであるということは間違いですね

2.ミロク菩薩の転生

(旧太陽の法 P164からの引用)

「ミロク菩薩よ。女性でありながら、あなたもよく、私の教えにここまでついてこれたね。
来世で、私が東の国に生まれかわるときには、おまえも、同時代に生まれかわることになっている。
しかし、おまえは、私よりさきに生まれて、どうやら、私の露払いをやってくれるようだ。
私が東の国に生まれかわるということを、おまえはお経のなかに遺しておきなさい。」

(投稿者U氏の解説)

ここのくだりは釈迦の意識で書かれていたということになっている。
しかし現時点の設定では、ミロク菩薩はHSの若い女性職員となっている
当時はミロク菩薩は高橋信次の妻ということだった

大川隆法氏が釈迦の生まれ変わりなら、なぜこんなミスをするのだ

旧太陽の法のここの記述が、釈迦の意識で書かれていないというのがまるわかりではないか

2012年10月24日水曜日

霊的体験から学ぶ⑬ 最終回

体験からつかんだ幻聴対策

(紹介)

千乃風(せんのかぜ)さんの投稿です。この投稿も最終回です。彼女を苦しめた幻聴も元気がなくなってきたそうです。どういうふうになると幻聴が弱ってくるか、そこに「幻聴対策のヒント」が隠されていると思います。

今回が最終回となります。貴重な記録を送ってくださった千乃風さんに心から感謝申し上げます。そして一日も早く、完全な健康を回復されることをお祈りさせて頂きます。

(投稿)

1.幻聴の霊がしょんぼりすること

なんで私、こんな目にあうのかな?と、謎でしかありません。
最近は、大川隆法ただ一人にしぼりこまれ、
南原宏治と連呼するのがやんだので、やれやれです。

種村さんの名前も登場しました。「種村め。ちくしょうめ」とか言うようになり、
私が種村さんの舎利弗の真実に迫る講義を4回も読んで、「大笑い」したのが、
気に入らない様子です。

大川隆法は負けた、とか言うようになり、少ししょんぼりするようになったので、
私は少し気が楽になりました。
 幻聴の声がしょんぼりしてもらえばもらうほど、私としては楽になりますので。

まあ、これが悪魔だとすればですが、幸福の科学に帰って、
暗躍していればいいのです。
そっちのほうが、信者も多いし、色々おもしろいと思います。
ですが、私という個人に執着している理由は何だろう?と考えております。

選挙のときに、「悪魔仲間が帰って来た」といっていました。
選挙中は、幸福実現党はいけると思っていた様子です。
私の予測はゼロ議席でした。
どっちが正しかったかという話となり、「千乃風ちゃんのほうが正しかった。
職員の間にいると、洗脳されるなー」とか、ぶつくさ言ってましたが、
何のことやら私には分かりません。
(職員達は当選者が数多く出ると盲信していたので、それに洗脳されたと言いたいのかもしれません)

2.対策は幸福の科学をシャットアウトすること

まあ、そういう理由なので、「幸福の科学関係をシャットアウト」することとなった
のです。本も読まない、信者とも縁を切る。幸福実現党も見ない。ということです。

幻聴の愚痴をぐだぐだと書いてしまい、申し訳ないのですが、「何かある」としか
思えません。その何かとは、何だろうな?と、しきりに考えるのですが、
よく分からないのです。

現在ただいま、「種村に負けた、負けた」、などとぶつくさ言っております
笑えますが。これね、相当幸福の科学に執念を燃やしているとしか、
考えようがありません。

今後、幸福の科学記事は見ない予定でおります。
これ以上見ても、不愉快なだけですし、いやーな気分するんです。
ですので、私はひたすら忘れる道を選択します。

ほとんどすべてを白紙に戻しました。大川氏の過去世も白紙。きょう子さんの
過去世も白紙。少しだけ覚えていた人の過去世も白紙。ほとんど白紙です。
それでいいように思いますので。

この幻聴は、大川氏をエルカンターレだと思っていた様子で、
私が、「エルカンターレかどうかも分からないね」ということにして、
白紙にしてしまったら、なんだか元気なくなってしまいました笑えますが。

私に教団の霊的背景の証人としての使命があるとするならば、ですが、
間違いなく、1994年あたりから変で、1997年以降さらに変になるのです
で、ずるずるとそういう状態が続き、今はもっと変です。それが私が感じた
直感です。これ以上見ると、気分悪くなるので、もう見たくないです。

もう、大川氏に関心ないです。「ご勝手にどーぞ」という気分で、どうでも良くなり
ました。大川氏、きょう子氏、職員、お子様がたともども、もう関心ないのですね。
それでいいように思っております。

私はとんでもない目に会いました。幻聴症状で苦しむ人は、世の中に多いですから、私も仕方ないかと思っておりますが、こうも幸福の科学の幻聴が続きますと、
「何かあるなあ」としか考えようがありません。

最近、幻聴が、「何も話すことがなくなった、大川は千乃風ちゃんに見抜かれた。
大川のうそは見抜かれた。大川は負けた」、などと言い出すようになり
以前のようではなくなりました

そういう具合に、徐々に声の内容が「ながーい期間」かけて、次第に良く
なっておりますので、忍耐することといたします。

3.幻聴は絶え間のない攻撃

幻聴症状は、「絶え間ない声の攻撃」で、これ、味わってみますと、
拷問に等しい」です。テレビでしたら、見たくないとき消せますし、いやな
人とは会わなければいいですが、あるいは会っても、私生活では会わずに
すみますが、朝から晩まで幻聴につきまとわれますと、気分がかき乱されて
かなり忍耐が必要です。

長々といきさつを書いて申し訳ありませんでした。
そういうことで、また私の心境が変化しますと、それに連動して、幻聴の
声の内容も変化するものと思われますので、気をながーくして、忍耐することに
いたします。

私が宗教にたづさわって得た教訓は、盲信のいましめ、それから、独善と偽善
いうこと。それから、徳の感化力で人を導くことのほうが、安全で無難であること
などなどを感じ取った次第であります。

私には、徳など全くありません。今のままだと、地獄行です。
ま、せいぜい5次元レベルのちっぽけな魂ですから、天国に帰れれば、御の字です。
できたら、5次元上段階あたりに帰って、6次元神界の紫式部あたりの人と
お話しがしたいという、小さなひそやかな願いを持っております。あはは。

私は与謝野晶子や紫式部がこよなく好きで、これらの人たちは6次元神界です
から、なんかあこがれの、6次元神界でありました。

言いたいことは、ほぼ言いつくしたかと思っています。
今後、幸福の科学のことは、あまり人に語りたくない心境となりました。

もう、忘れていきたい段階に突入しております。
種村さんのように、熱心にお祈りをし、正心法語を熱心に唱え、本を熱心に
何度も読み、熱心に布教をした人間ではありません。お祈り苦手で、ほとんど
お祈りをしません。病気でつらい時ですら、祈っておりません。何か神様に
「見返り」を求めて祈るようで、いやみたいです。正心法語もほったらかし。
霊現象が起きていやだったからです。

こんな不真面目な人間が、霊的背景の証人としての使命があるとは、
ちょっと考えられないですけどね。あはは。

4.「『舎利弗の真実に迫る』講義」で大笑い

思いますに、仏教関係者は、非常にまじめで厳しい修行をされるような
印象を受けます。種村さんは、どちらかというと、仏教系なのでは?
という気がいたします。

拝火教のなんとかという過去世、ちょっと違う気がします。ですので、
大笑いしました。「釈迦もおいぼれとってさー」とか「にせ種村さんの守護霊」が
言うのを読んで、大笑い。こんなこと生きている種村さん言わないし、ましてや
守護霊のほうが、心の調律がすすんでいるのに、言わないですよ。

あきれてしまい、あまりにもおかしかったので、『舎利弗の真実に迫る講義』、
4回も読んで大笑いしました。これ、最高傑作。今まで内部告発や、
アンチ意見を、ネットで沢山見ましたが、こんな最高傑作はありません。
改めてお礼申し上げます。

この講義は、価値がありますので、是非残していただき、多くの信者さんに
読んでいただくと、いいかと思います。

心検のカウンセリングを初めて読んだとき、「種村さん、頭おかしくなったの」
と、正直、不思議に思っていました。ですが、この講義で、「おかしくないなー」
と思い、安心をしました。

ほーんと最高傑作でした。今もなお、笑っております。
ま、私は大川氏の魂の親がダイバダッタとは考えておりませんので、
そこは違いますが。

これが大川氏の創作だとすると、大川氏は下品だなーと思い、お笑いです。
ほんと、最高傑作でした。

では、長々書きましたが、失礼します。
もう、ほとんどすべてを書き尽くし、あとはそんなに言いたいことはありません。
今度声が変化するか消滅したら、お知らせいたします。


失礼します。

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