2012年9月30日日曜日

霊的体験に学ぶ③ 神と悪魔を名乗る幻聴


幸福の科学による霊的被害の証言

(解説)

千乃風さんの体験の続きです。正心法語を4日間聞いて幻覚幻聴が始まったあと、幻聴がさらに本格化していきます。今日は幸福の科学に出てくる神(高級霊)を名乗るものと、悪魔を名乗る幻聴の体験です。幸福の科学により、どのような霊的被害が起きているかという貴重な証言でもあります。
この証言の中で、神を語る声が来ても、真に受けて有頂天にならなかったのが、千乃風さんが悪霊にのっとられなかったポイントだと思います。また、悪魔と名乗るものが来ても、過剰に恐怖心を持たないで戦っているのも、彼女が持ちこたえてきた秘密だと思います。

私は出来るだけ色んな角度から、様々な証言をこのブログの中で紹介していきたいと思っています。この千乃風さんのような怖い体験をしながら、人から変に思われたら嫌なので誰にも言えずに苦しんでいる方は多いと思います。そういう方は、ご自分の体験やその時の感情を吐き出すだけでも癒しの効果がありますので、どうぞ遠慮なく私の方にメールで送ってください
霊的な体験でなくても、幸福の科学での不幸体験や祈願や研修を受けて病気がひどくなったり、人格が悪く変わったり、布施のことで被害にあったり、職員や組織に裏切られて傷ついたりと、様々な苦しみを抱えておられる方は多いと思います。書くことで、抑圧していた感情は吐き出すことが出来、楽になります。そして、その体験が他の方の洗脳を解いたり、同じ心の傷を持つ人を癒すこともあります。ですから、勇気を持って書いて送ってください。公表してもらいたくない時は、その旨を書いてください。実名で公表して欲しいときは、それも書いてください。何らかの形で、皆様の経験が他の方の助けとなるように、私も努力させて頂きたいと思います。

私のアドレスはここです。
tanemura1956@gmail.com


(千乃風さんの投稿)

1.       (高級霊)の声を名乗る声

では、次に神の名前を語る声について書きます。何種類か出てきたように思います。出口王仁三郎、高橋信次、左慈(サジ)、エルカンターレ、空海、ゼウス、モーゼ、天御中主神、ギリシャ系の女神、アフロディーテ、文殊菩薩、ナイチンゲール、ヘルメス、日蓮、ミカエル、まあちょっと忘れましたが、そんなところです。

このうち、出口王仁三郎、高橋信次、左慈(サジ)、空海、ゼウス、モーゼ、天御中主神などなどは、私に迷惑をかけませんでした。私は本物ではないと思っていたので、無視していたら、消滅したからです。
空海は、困った、困ったといっており、ゼウスもモーゼも困った、困ったと言っていましたが、何が困ったのやら、私にはさっぱりでした。天御中主神を語る声は、とうとうと中国関係のことをしゃべりましたが、聞いていて、本物とは思わなかったので、ほったらしで、消滅しました。

これらは、すべて「幸福の科学に関係あった神々」なので、出現したものと思われます。

で、このうち、おそろしかったのが、アフロディーテと名乗る声と、ミカエルと名乗る声が出てしまうときです。
この声が出るときは、私の体調が悪くなる時なのです。
あるとき、アフロディーテと名乗る声が出たとき、私の「空間に異常」が起きました。「生け花に剣山」があるかと思いますが、その剣山のようなものが、ぬっと床から突き上げてきた日があるのです。
で、アフロディーテと名乗る声が出てしまった時は、いつも私はトイレにかけこんで、げーげー吐いているのです。3度ぐらいあるかと思います。「なんでアフロディーテを名乗る声の時は、気分悪くなるんだろう」と謎でした。

それから、ミカエルを名乗る声が出てしまう時も、私はおそろしかったです。なんか私の身に恐ろしいことが起きるんです。で、詳しいことはもう忘れましたが、今覚えているものの一つとして、「目の前に不気味な海賊船」を幻覚として見たりしました。

ミカエルと名乗る声が出るときは、ついでに悪魔関連も出てしまい、ちょっとなんかいやだったように覚えています。

あとで詳しいことを書きますが、このアフロディーテと名乗る声とエルカンターレと名乗る声は、アフロディーテが白魔術をかけ、エルカンターレが黒魔術をかけるという設定に、私の幻聴の中ではなっていたのです。

日蓮を名乗る声だけと、実は大ゲンカとなっております。もちろん本物の日蓮ではないと私は思っているので、平気のへいざで、「日蓮め、だまれ、こら」といって、大ゲンカをしております。そうしたら、「日蓮の260万回の呪い」などと言われ、言われた瞬間に、私の「おでこ」にぺたっと、何か四角いお札のようなものが張られる感触となりました。「これ、なあに?}と私は思ってしまいました。

私の幻聴の内容の中では、ナイチンゲールは、私の体調を記録する係となっていた様子なので、笑える話です。

まあ、こうしたところが、神の名前を語る声でありました。

2.悪魔を名乗る声

さて、次に悪魔を名乗る声が出現しました。実際に出た名前は、サタン、ベルゼベフ、覚鑁、メドーサです。その他に正体不明の悪魔と名乗る声が出ましたが、いちいちやってられないので、まとめて悪魔です。

で、これは脅しが多かったのです。これに私は相当てこずりました。最もやっかいなものであったと言えます。
今では細かい詳細は覚えておりません。忘れることにしたのです。そうしないと、これを霊のしわざだとしますと、ちょっとふさぎこんでトラウマとなりますので、細かな内容はすべて忘れました。

しかし、「強烈」なものだけは、今でも鮮明に覚えております。
まず、大川きょう子さんが、月刊誌に「レプタリアン」の話を書きました。「レプタリアンは人間をえさにしますから」と書いてあったので、気分悪いなーと思って、私は読んで忘れてしまっていました。
ところが、これが幻聴に出てしまったのです。「お前をレプタリアンのえさにしてやる」とか、「レプタリアンのえさになれ」とか言われてですね、宇宙人のでたらめ話をしまくり、まあ何とあきれることに、宇宙人があらわれたあかつきには、私が司令塔になって、「でっかいぬいぐるみ」のようなものを着て、宇宙人と戦えとか何とか、そういうようなでたらめ話をしたように思います。

「泣く泣くレプタリアン ♪」とかいって、歌まで作ってはやしたてるのです。私はいつ、この話終わるのかなあと思って、あきれて聞き流しておりましたが、消滅するまでに3年かかっております。やれやれ。

次に、白魔術、黒魔術が出てしまいました。これは大川氏が月刊誌に、「たった3行」ほど、「白魔術は良いほうで、黒魔術は悪いほうです」というようなことを書いてあったかと思います。私はそんなものに興味もなかったので、読み飛ばして忘れていたのですが、これが出てしまったのです。

それでですね、2002年に出現し、2006年まで断続的に、この魔術をめぐる話が出てくるのです。
「アフロディーテが白魔術チームを作って、お前に白魔術をかける」だとか、「後方の裏方で、場所にエルカンターレが黒魔術をかける」とかいってですね、「お前を魔術で苦しめてやる。一生続く呪いをかけてやる」などなどの声が聞こえたように思います。

幻聴は、白魔術を白、黒魔術を黒、と思っているらしく、そのため、私の夢に、なんだか、白と黒のなんか奇妙な夢が登場することになり、なんだか、白黒で相当苦しんだように思っています。

次に、サタン、ベルゼベフ、覚鑁、メドーサですが、2007年6月にサタンと名乗る声が出現し、1年私を脅したように思います。その細かい内容は覚えていません。仕方ないので、「さーさん」というニックネームつけてやって聞き流して相手してやってました。

2009年8月から12月にかけて、「ここにサタン、ベルゼべフ、覚鑁、メドーサ他悪魔10名がでそろった」という声を聴き、5か月ほど脅されています。で、このとき、私は閉じたまぶたの裏に、なんか黒龍の姿を見ております。覚鑁は「私は切った、はっただ」といい、「呪い返しだ」とか何とかいい、メドーサは魔術専門に設定されていました。仕方ないので、私は「メドーサちゃん」といって適当に相手しながら、叱り飛ばしていたのです。

私はもちろん、サタンにもベルゼベフにも、覚鑁にもメドーサにもちっとも関心ありません。
サタンとベルゼべフについては、聖書で知っておりましたが、覚鑁やメドーサは大川氏が言ったことがあって聞いただけで、すっかりと忘れていたのです。

小桜姫の神霊界入門に、「すりばち地獄の話」がありました。これも、幻聴に出てしまいました。
「お前をすりばち地獄に落としてやる」とかなんとか言う幻聴が聞こえ、実際、私はすりばち状の幻覚を見たように思います。これは数週間で比較的短期で終了しました。

あと、パワトロンが出てしまいました。「新型パワトロンに入れ」とか何とかいう声が聞こえ、何か、パワトロンをめぐって脅されてしまったように思いますが、詳しい詳細は忘れました。

魔界も出ました。きょう子さんが、本に「魔界というところがあり、Kさんは魔界出身です」と書いてあったように思います。
で、「お前を魔界転生にしてやる。何度生まれ変わっても、もう魔界」とか何とか言われまして、なんだか魔界をめぐって、脅された記憶があります。

3.宇宙関連の幻聴幻覚と悪魔問答

あとですね、「宇宙協定がある」という話を聞きましたが、なんだか、このおかげで私は「宇宙のごみ捨て場は土星だ。島流しにしてやる」とか何とかいう幻聴を聞き、土星の幻覚を3度も見ております。

それから、「ちびっこ地球」という声も出現しました。これ、結構かわいい男の子の声で、怖くはなかったのですが、「僕地球、地球の表層で、人間とつながっているところ。人間の話ができるんだよ」とか何とか言っていました。脅しではなかったのですが、「これから地球は活動期に入る」とか、何か言い続けたように思います。

で、皆が「智慧」を持てるように、「卵を作っている」とか言ってですね、私の幻覚に、白い卵型のものがずらっと並んでいる幻覚見てしまいました。まあ、これは結構かわいい笑える話です。

その他、無数の悪魔と名乗る声との、「悪魔問答」をやらかしております。「神と悪魔はどちらが強いか」とか「悪魔が支配する世の中になるのだ」とか、そのようなものです。
私が「学校帰りの森かげで、僕にかけより、チューをした」と、ズンドコ節を歌ったら、「学校帰りの森かげで、悪魔にかこまれ」などと歌いかえしてきて、ほんと、参ります。

で、「逆的展開論」とかいって、しきりにはやしたててきました。これは何を意味しているかというと、私が「幻聴が治りますように」とかいったとしたら、「幻聴が増えますように」とか、あべこべにひっくり返してくるんですね。
「幸せになりますように」というのを、「不幸になりますように」というふうに、全部あべこべにひっくり返してくることを、逆的展開論などといって、はやしたてていた様子です。

あと、とん、じん、ち、まん、ぎ、の六大煩悩がいけないのなら、それを逆手にとって、あおってやればいいのさ、とかいうことで、六大煩悩の悪魔問答にもなったりしております。

まあ、こうした具合にですね、2002年から2007年の暮れまで、脅しが継続的にあったことは事実です。そしてそれは、「幸福の科学と関係」した事柄であったことも、事実です。

2008年以降は、脅しはまあなくなり、朝から晩まで幸福の科学の話をしまくり、うんざりです。

4.8割は幸福の科学関連の幻聴

こうした事柄を、つらつらと分析してみますと、どうも私の幻聴は、8割が幸福の科学だという統計結果を見ております。これが霊の仕業だとしますと、私はかなりつらいです。
というのは、ちょっとこれだけ多量の声を相手しますと、そしてそれが霊の仕業によるものとしますと、ちょっとうつになってしまい、トラウマになるからなのです。

ですので、あまり霊については考えたくない気分でおります。

2001年正心法語のCDかけっぱなしから、引き続きこのような「現象」が起きてしまいました。そこで病院にも相談にいきました。
一つ目の病院の先生は、「宗教が原因していると思うから、霊だの何だのという本を読まないこと」といい、二つ目の病院の原田先生は、「どっちでもいいです。霊のしわざじゃないから。たまたま幸福の科学のことだったんでしょう。あなたの場合」といい、中尾先生という先生は、「幸福の科学の本読まないほうがいい」と言われました。

霊のしわざだとすれば、「相当幸福の科学に詳しい霊」だということができます。
いずれにせよ、私は「やっとやんだ脅し」が、再び幸福の科学の本を読むことで、始まることが御免こうむるという気分で、もう霊のことが書いてある本をシャットアウトしている次第です。

この話は、直接脱会のお手伝いをするものではありませんが、「一つの証拠」として、何かの参考になればと思い、書き記す次第です。

その他、沢山幻聴内容はありますが、いちいち覚えてられなく、また覚えていると、私の精神上きわめてよくなく、思い出すとつらいので、印象的なものだけに、とどめました。

笑い話ですが、「黄金の法」という映画を見に行ったら、地獄のビヒモスが出てきました。私はこれにも脅されています。あはは。短期間ですけど。もういちいち書ききれません。あとは割愛いたします。

そういうことで、何かの参考にされてください。
あきれるような不気味話を書いて申し訳ありません。
これが私の「実話」なのです。

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2012年9月28日金曜日

洗脳解除のために 法の矛盾を明らかにする


 法の修正の裏にある秘められた意図

洗脳解除のために、私達がしていきたい作業の一つに、初期に説かれた法と、その後に変更された法の矛盾点を明らかにすると言う方法論があります。何故その変更がなされたのかを注意深く見ていくと、どのような意図が働いているかを見抜くことが出来ます。その法が真理だから示されたのではなく、ある意図があって示されたことが明らかになると、その分、洗脳が解除されていきます。これも一種の別解脱といえると思います。

ただしこの作業は、なかなか時間がかかる作業です。そこで、私は読者の皆様にお願いしたいのです。皆様が気がつかれたもので結構ですので、投稿して頂けませんでしょうか。一つ一つはささやかでも、集まれば大変な洗脳解除の力に変わっていきます。

そのサンプルとして、投稿者Uさんが送ってくださったものを、二つの投稿を掲載させて頂きます。

1.聖アントニウスは自身の権威付け

89
年当時、10次元の大日意識の一部が人格化したものを聖アントニウスという説明があった
これは地球における神であって、この存在は9次元上段界霊の本体としか意思を交換しないという
9
次元の本体でしかわからないから、これまで知られることはなかったという
それがなぜか現在では聖アントニウスは、架空の存在とされている
これは当時ORが自身の権威付けのために、聖アントニウスと意思を交換できる自分を、9次元上段界霊の本体であるというために使ったのだろう
このようにOR89年当時から、自分の都合がいいようにうそを言っていたのだ

2.イエスキリスト霊示集(土屋書店刊)のあとがきで
「本年のクリスマスを前に、本原稿を完成させることができたのは、幸福の科学出版編集部の阿部浩之氏、種村修氏の奮闘の賜物であります。この歴史的な書物刊行に際して、両氏のご協力に謝意を表したいと思います。」とある
この両名とも現在ではHSを除名処分になっているのは感慨深い
この中の第二章「神の愛」1987116日霊示において
地球における神とは、10次元の大日意識をさして間違いないとある
これと現在のエルカンターレ信仰とは隔たりがある

1987
年の時点では、神は大日意識であったのだ
エルカンターレを前面に出したところから、天上界の指導が得られなくなり法が曲がっていったのであろう
そうゆう面では「イエスキリスト霊示集」はHSの分岐点になった貴重な一冊といえる


洗脳解除に役に立つ本『マウンド・コントロール』紹介


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番外編 批判する精神としての愛


投稿者Mさんとの対話

投稿者Mさんから届いたメールに、私は暖かいものを感じました。彼女は、私にメールの文章への批判を求めてこられましたので、私は頂いたメールを対話形式に編集しなおし、「投稿者Mさんとの対話」として発表させていただきます。

投稿者M 私が初めて種村氏と電話でお話をした時、私は一種のパニック状態に陥っていました。幸福の科学の実体を知り、悲しさも怒りも感じられないまま種村氏に電話をさせて頂きました。
それから、幸福の科学の実体をリサーチしているうちに、怒りを感じはじめました。しかし、「幸福の科学と関わったことも私の人生の一部、結果を含めてそこから学べるものもあるだろう」と受け容れてからは、冷静に「大川氏がなぜ法を説けたのか」等を考え始めることができております。

種村 おっしゃる通り、自分の人生を受容することが、とても大切だと思います。大川氏と関わったのも自分の人生であり、それを信じ洗脳されたとしても、それも自分です。まずその事実を受け入れて、そこからスタートしようとすることだと思います。Mさんはその後、どうされたのですか。

投稿者M  私は、まるで「幸福の科学」を題材にした映画を作るかのように、大川氏と教団を考察しています。その映画の主人公は大川氏ではなく、「僕」という人物です。この「僕」は、私自身でもありますが、信者であった方また信者である方で、この映画の観客は90%以上が幸福の科学に関わっていない方達です。といいますのは、私は、幸福の科学の教えの枠外から考察するようにしています。幸福の科学の教えの枠内からだと、大川流の「和合僧破壊」等の呪文に縛れ、大川氏や教団に疑問を持つ自由さえ奪われるのです。ここでも、間違いを指摘できます。私は今とても自由です。そして、真なる神が私が自由を取り戻したことを喜んでいます

種村 よかったです。「和合僧破壊」は堕地獄であり、二度と人間として生まれることができないとの旨が幸福の科学の経文には書いてあります。しかし、ダイバダッタは人間として生まれています。大川氏も、ダイバダッタは人間で生まれていると言っていましたから、自己矛盾を起こしているのです。人間として生まれられないというのは、真理ではなく、大川隆法の呪いの言葉です。まさに文字通り「呪文」なのです。退会すれば、幸福の科学の霊的な縁が切れて、自由を得ます。さらに、大川氏の思想と行動の誤りを検証をする作業を通して、心の自由をもっと取り戻せると思います。
投稿者M  今回の私の見解で、「幸福の科学」を題材にした映画を作るなら、その映画のタイトルは、『ハッタリの法』です。かなり皮肉なタイトルですが、私がこの映画の脚本を書くなら、少し笑える部分をつくるでしょうから私のちょっとしたブラックユーモアです。怒りだけでの考察は危険ですから。      

種村 大川氏の法はまさに「ハッタリの法」ですね。

投稿者M このメールを書いている間に、「大慈悲が働いていると思う」が記載されました。種村さん、みんな一生懸命考えているのですね。
私は、この方の「今回の大川隆法の問題は、私たちに対して真なる偉大なる神仏へ思いを馳せるために与えられた慈悲でもあると思っています。に同意します。では、以下の私の考えに間違えがあるなら指摘ください。
 <「大慈悲が働いていると思う」を読んで>
 「偉大なる神仏の念いは、何ものにも冒されない。故に神の言葉は何ものにも冒されない」
この意見に私も同意します。
 悪魔的な存在が神仏の言葉を語って感動を与えられることは、それを語った悪魔の力ではないのです。言葉そのものが神仏であるから、悪魔的存在が神仏の言葉を語っても神仏の権威は汚されることはないのでしょう。」
 私も一度はこのように考えました。それで、大川氏の語った「神」の部分でもって、このまま幸福の科学を続けても良いのではないかとも思いました。
しかし、種村氏が820日語ったように、「大川氏が御自分の不都合な真実を世に公表し、反省して出直すというならば、私も大川氏の一弟子として御供させていただく」。でも、それとは正反対の今の大川氏を「わが師」と仰ぐことはできないという結論に至りました。

種村 それはそうですね。当然だと思います。

投稿者M 次の二つの引用の下線部分についての、私の考えを見てください。
 悪魔的な存在が神仏の言葉を語って感動を与えられることは、それを語った悪魔の力ではないのです。」

「地上に生まれることを許し、そして、神の言葉を人々に説き続けることで
多くの人々を傷つけたカルマを修正させ、神仏の子としての心をとり戻させたい」
 これについては、幼稚な例え話になりますが、泥棒が「泥棒はしてはいけない」と説き続けたとします。確かにその言葉は正しいのですが、泥棒がその罪を許されるわけではありません。ましてや、泥棒が言ったその言葉をプラスの気持ち(感動等)で受け入れるでしょうか。もっとも、その泥棒が足を洗った後であれば、別です。
 悪魔が悪魔とわかる状態で神の言葉を語ったとしても、確かに神仏の権威は汚されることはありませんが、人々に感動は与えません。少なくとも私は感動しません。というのは、私は、感動する言葉に「説得力」「純粋な喜び」等の要素も求めているからでしょう。天使が天使と思われる状態で神の言葉を語ったとき、神仏の権威がストレイトに伝わり感動するでしょう。

種村 ここで言う「悪魔的な存在」とは、ルシファのエネルギー体の一部分が引き上げられていることを指しています。したがって、今の大川氏の状態であれば、完全に「悪魔的な状態」だといえるのですが、初期の頃では本当は「悪魔的な存在」であったかもしれませんが、「悪魔的な状態」とまではいえないと思います。そういう方が語った言葉に感動した自分を責める必要はないと言っていると思います。なぜなら、誰によって語られても「神の言葉」に感動したこと自体は、その方の魂にとって、恥ずべきことではないからです。

当後者M 私は、種村氏の「真理はその実践を、真理を説く人に要請する」に同意します。また、悪魔が天使のふりをして神の言葉を語ったら私は感動するか。私がそれを「天使」だと信じたら感動するかもしれないし、私は「感動」を言葉で上手に説明できませんが、「感動」はそれを与える側、それを受ける側の沢山のエレメントが重なりあって生まれるのだと思います。
 さて、大川氏の説法で感動をした。この時大川氏は天使的であったのか、悪魔的であったのか。私は彼は天使的であったと思います。「大川隆法氏がまだ心の透明感を保持していた頃に、神は彼に神の言葉を預けられたことがある事を認める」に私も同意します。また、大川氏の前世は私にはわかりませんが、この間は「善の蓄積」または「カルマを修正」がされたと思います。

種村 私もそう思います。それが偉大な神仏の慈悲であったと思います。大川氏はその意味で、神仏から本当に愛されていたと思います。その神仏の愛は、今、大川氏にこれ以上悪をさせない方向に働いていると思います。その意味で、大川氏は神仏から愛されています。私はそう信じています。

 当後者M 私は、大川氏に手紙を書いた種村氏の真意が「裁き」ではなく、「愛」であったと知った時、心救われ、種村氏の優しい人柄に接することもできました。また「今回の大川隆法の問題は、私たちに対して真なる偉大なる神仏へ思いを馳せるために与えられた慈悲でもあると思っています。」に同意し、この言葉に「許し」を感じ、この言葉で心救われる方おられると思いますと、心が温かくなりました。
 実際、私自身、今回の一連には、戸惑い、悲しさ、怒りを感じましたが、「幸福の科学と関わったことも私の人生の一部、結果を含めてそこから学べるものもあるだろう」と受けれてからは、心の冷静さを保っております。

種村 有難うございます。神仏は私達一人一人も、大川氏やその信奉者の皆様にも、等しく注がれていると思います。ただし善を押し進め、悪を押し止める方向で働いているので、御本人の希望に沿った形で神仏の愛が作用するとは限らないのです。誤った道を驀進しているときは、挫折をするように働く神仏の愛もあると思います。永遠の生命の観点から、その方の魂の進化に最も益する形で神仏の愛は働くと思いますから。ですから、私は思います。大川氏を批判しても、愛の心を持って正しく批判することを常に心がけたいと。投稿者Mさんも、そうした心を持っていらっしゃると思います。そうした道を歩む方が続々と集われることを、心から期待しています。
最後になりましたが、貴重な御意見を下さった投稿者Mさんに、心から感謝申し上げます。

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2012年9月27日木曜日

投稿 検証・大川隆法は何故法を説けたのか?②

大慈悲が働いていると思う

法を実践できない大川隆法氏が何故法を説けたのか? 昨日に引き続き、別の方から貴重な投稿を頂きました。投稿者はこれまで2回投稿してくださった方です。
この方の論点は、昨日の投稿を踏まえてのもので、大川隆法氏が法を説いても、神の言葉(法)の尊さは決して汚されることはない、というものです。大川隆法氏がまだ心の透明感を保持していた頃に、神は彼に神の言葉を預けられたことがある事を認める立場です。それを神の大いなる慈悲という観点から認めていこうとされています。
これも非常に奥深い洞察です。是非、注目してお読みください。


<投稿>

大川隆法が、何故法を説けたのかという理由は、退会された方の多くの方が持たれていることと思います。
大川隆法が説いた教えに感動した人もいるでしょう。
それは以前に書きましたが、それにさらに補足をさせていただくと、
「偉大なる神仏の念いは、何ものにも冒されない。故に神の言葉は何ものにも冒されない」ということではないでしょうか。

悪魔的な存在が神仏の言葉を語って感動を与えられることは、それを語った悪魔の力ではないのです。
言葉そのものが神仏であるから、悪魔的存在が神仏の言葉を語っても神仏の権威は汚されることはないのでしょう。
故に、神仏を悪魔が汚すことも出来ないということになります。

私は神仕組みであると考えています。
さらに言えば、これは大いなる神仏の大悲であると思います。
私は大川隆法がルシファーの生まれ変わりと信じています。
故に、彼の存在こそ、神仏の大いなる愛の現れでもあると思います。
すべての存在は、根本神から分かれてきた存在です。
それが悪魔という存在になっても同じです。
悪魔と言われる存在でも、消滅させることを根本神はされないのです。
故に地獄も存在を許されている。
故に悪魔には救いが必要です。

「神仏の子としての心を取り戻させたい」と神仏は願い続けているはずです。
「地上に生まれることを許し、そして、神の言葉を人々に説き続けることで
多くの人々を傷つけたカルマを修正させ、神仏の子としての心をと戻させたい」と大いなる神仏が願われたら、大川隆法であっても、偉大なるri
神仏の力が及べば、法が説けることは当たり前のことではないでしょうか?
圧倒的に与えきる神の愛は、分け隔てなく人間に降り注いでいるはずです。

一切の生命は平等であると思います。それゆえ、怨親なく相手の幸福を願う心こそが、人間の目指すべき理想であるというのが、仏教の思想であると思います。
密教的には全の存在は、大日如来が姿を変えた存在であるということです。
キリスト教では人は皆神の子です。それは大川隆法でも、私たちでも皆同じです。
そうであるならば、偉大なる神仏が天使だから、悪魔だからと差別をするでしょうか?

宇宙を創造した大いなる神仏からみれば、地球なども小さな存在でありましょう。

 神仏は愛そのものであり、私たち人間が捉えられる愛を超越しているもので
はないでしょうか?
大川隆法が地獄より引き上げられた事の理由のひとつが、ここに存在すると思います。
偉大なる神仏の力を私たちが侮っていれば、「そんなはずはない」と思うのかもしれません。
しかし、宇宙創造をなし、人類を創造した存在を偉大なる神仏とするならば、
不可能など存在しないのではないでしょうか。
今回の大川隆法の問題は、私たちに対して真なる偉大なる神仏へ思いを馳せるために与えられた慈悲でもあると思っています。

悪魔的存在が地上に生まれ、人生を生き、そこにサウロが改心した以上の改心を為した時、そこに偉大なる神仏の存在を私たちは感じることになるでしょう。
しかし、その改心が偉大なる神仏の願う通りでないとしても、その存在を私たちの前に現されたことだけでも、そこに偉大なる神仏の慈悲を感じることが出来ることになると思います。

2012年9月26日水曜日

投稿・大反響 果たして、退会しても失われない価値はあるのか?


「投稿 退会しても失われない価値があるのでは?」への反響・反論


「投稿 退会しても失われない価値があるのでは?」という投稿に対しては、今までにないほど大きな反響があり、次々とコメントが寄せられた。それだけに、この投稿はおおくの人の心の琴線に触れる内容があったのではないでしょうか。
今まで寄せられたコメント、私へのメールとして寄せられたものも含めて、寄せられた時間の順に、一挙に公開させていただきます。私の価値観による取捨選択は、あえてしておりませんので、ご了承ください。
読者の皆様の考えを深める機会にして頂ければ幸いです。

(以下は7人の方から投稿です。⑥と⑦は同じ方です。)


①真実を語る行為は、尊い愛の行為

「アンチが集まって批判のための批判をしていても、あまり前進はのぞめないのではないでしょうか?」(投稿者の投稿より)

そうですね。 
確かに邪教団と同じ土俵に立って批判しているのであれば、そういうことも言えるのではないかと思います。

しかし、真実の神と一体になって「真実を語る」行為は、 それがたとえ「批判のための批判」のように見えたとしても、 とても尊い「愛の行為」ではないかと私は思います。

「真実を語る」勇気ある行為を、アンチという言葉で一括りにしてほしくないです。

私たちの望む「前進の姿」は、 虚偽を語る霊言集(邪教団)を「真実を語る」真実の言葉で批判することから始まっていくのではないでしょうか? 

四国の元kk信者より

②教祖と信者は鏡合わせ

投稿者に同感です。大川隆法氏その人にいろいろ問題はありますが、しかしながら、教祖と信者は鏡合わせです。

「大川隆法はとんでもない人だ」「いや大川隆法は偉大で絶対に素晴らしい人だ」という、白か黒かというな短絡な思考パターンの方が問題です。

ただ白か黒かを求めるのが宗教なのかもしれず、これは幸福の科学だけではなく、宗教のもっている構造的な問題かもしれません。



③汚いものを金粉で覆い隠しているだけだろう

幸福の科学の教えは、ことばは悪いですが、一言で言えば、「クソに塗った金粉」です。
大川隆法の金銭欲、名誉欲、自己顕示欲、権力欲、物欲、性欲ありとあらゆる欲(クソ)を仏教やキリストの教え(金粉)で覆い隠しているのです。
霊言なども、偉人の名に隠れて自分の妄想を語っているだけです。
大川隆法の教えは、エルカンターレ=大川隆法を崇拝することを求めています。
あなたは、クソを崇拝出来ますか?
あなたが救われた教えは、大川隆法の教えではなく、仏教やキリストの教えなのです。
仏教やキリストの教えをただ大川隆法が語っただけなのです。

④教えはパクリ

自称仏陀の生まれかわりも仏陀の名を衣にして大川隆法の俗物さを隠しているのです。
9次元の霊界も大川隆法オリジナルではなく、高橋信次氏のパクリです。
大川隆法が語ったからと言って大川隆法の教えではないということです。
大川隆法は偉人の教えを、衣をかぶせることで、さも、自分の教えのように語り、信者をだましているのです。

⑤洗脳とは何か

人が集まる宗教団体ならば、どれも9割は正しいことを説いているのです。問題は残りの1割の部分で、それが創始者の個性ということになります。その根本の1割の部分が極めておかしなものだった場合、オウムのようなことになってしまうのです。
教えで救われる人は、正しい9割の部分で救われているので、その人は、それが他の宗教団体であっても、きっと救われていると思います。
問題は、10割まるまる信じ込んでしまっている方々で、根本の1割の部分を信じきってしまうことによって、不幸な人生を歩むことになっていくのです。それが洗脳ということなのです。

⑥心の教えとすり替えられたものを分けよう
みなさん、はじめまして。

教えのすべてを肯定するか、否定するか、それとも部分ごとに判断するのか、むずかしい問題ですね。

ちなみに私の場合は、大まかに言って、教え全体のうち、心の教えに関するものにはやや肯定的で、そうでない部分には否定的な立場をとっています。

そうでない部分というのは、誰それは霊格が高いとか、過去世が偉いというものや、疑ったら魔にやられてるとか、和合僧破壊の罪は阿鼻叫喚地獄だとか、そういった部分です。
これらは、人を慢心させたり、無暗に怖がらせたりするばかりだろうし、心の修行には益はなく、あまり価値がある教えとは思えません。


また、幸福の科学の心の教えには、よいものもありますが、すりかえられているものも少なくないようです。
たとえば、愛、知、反省、発展は尊い教えでしょうけども、伝道が最大の愛、幸福の科学の書籍を学ぶのが知、幸福の科学の価値観に合わせるのが反省、信者や支部を増やすのが発展などといったら、よき人になるための普遍的な教えが、よい信者をつくるための教えにすりかえられてしまっています

信仰についても同じです。本来、信仰は「神を信じること」であるのに、幸福の科学では、「大川隆法を神と信じること」になっているでしょう。

私は大体、このような見方をしているので、幸福の科学の教えのうち、すりかえられていない心の教え……、教団内だけでなく、教団の外でも通用する普遍的な心の教えについては、退会した今でも肯定的です。
ただ、普遍的な心の教えというものは、幸福の科学でなければ学べないものではなく、さまざまなところで学べるので、幸福の科学で説かれてる普遍的な心の教えにこだわる理由はないかな、と思ってはいます。

 ⑦素直に間違いを認めたい
⑥連投失礼します。
私は、大川隆法総裁は、幸福の科学の霊界観でいえば、六次元の人なのだろうと想像しています。ある程度の真理知識は身につけてはいるものの実践はできていないというならば、六次元くらいなのではないでしょうか。もちろんこれは、よい心境のときのことであって、今の次元は何とも言えませんが。

こんなことを書くと、「そんなことはない。大川隆法総裁は、とても高く、広く、深い法を説いている」という反論があるかもしれません。でもそれはその人からそう見えているというだけで、それが事実とは限らないのではないでしょうか。
私は信者だった頃、献本をした相手から、「この人は真理を実践してない。本で読んだことを言ってるだけだ」と言われたことがあります。当時は、「そんなことはない……」と反論したものでしたが、今は、この指摘はよく分かるようになりました。
なんて言ったらいいのでしょうか。本物の真理は、学ぶほどに、実践するほどに、人生経験を積むほどに、その奥深さに感動させられるが、大川隆法総裁の教えは、残念ながら、学ぶほどに、実践するほどに、人生経験を積むほどに、底の浅さに気づかされるというのが正直な感想です。

私も退会後、長らく、自分の間違いを認められず、「自分が信じたときの大川隆法総裁は本物だった。自分の判断は間違ってなかった」という考えから離れられませんでした。でも、徐々にではありますが「自分は判断を間違ってしまった。愚かだった」と認めることができるようになりました。
自己否定は辛いものですけど、自分は間違うことがあると自覚すれば、同じ間違いは繰り返しにくくなるだろうし、間違いを犯した人に優しくできるし、よいこともあるように思います。

 

⑧奥行きがない教え

宗教の学びは、解釈がたくさんあることに面白さがあります。
ところが幸福の科学では、まさに「伝道が最大の愛、幸福の科学の書籍を学ぶのが知、幸福の科学の価値観に合わせるのが反省、‥」となり、(浅薄な)答えが決まっていいて、奥行きがないのです。
はっきり言って本屋にある宗教書の中には、もっと良いものはたくさんあります。


<感謝の言葉>

最初に問題提起してくださった投稿者が、皆様の投稿(コメントを含みます)に対して、感謝の言葉を寄せて下さいましたので、掲載させて頂きます。もっとも新しい問題提起もされているようですが。



この度は私の疑問に対してたくさんの貴重なご意見をいただき心より感謝致します。

成る程!と思うことが多かったのですが、自分の認識と心境がご意見をくださったかたたちの域まで達していないので、なかなか全部がスーッと入ってくるところまでいかなかった、というのが正直な感想です。



例として「大慈悲が働いていると思う」のなかで、悪魔には救いが必要です。
圧倒的に与えきる神の愛は、分け隔てなく人間に降り注いでいるはずです。
とありますが、確かに悪魔にも救いは必要かもしれませんが、なぜ大勢の私ども一般を迷わせてもそれが許されるかがわかりません。それが許されるなら、悪魔のほうが私たち一般のものよりずっと神に愛されていると思います。分け隔てなく、というのはウソになると思うのですが?

迷わせられる私ども一般にそれを通して学べ、というならどこかに揺るがない正当な応えが出てきて然るべきではないでしょうか?
そこではじめて悪魔も一般も平等に愛されていることになるのではないかと私は思ってしまいます。


ま、屁理屈と言われればそれまでですが‥‥。

いずれにしても心温かい貴重なご意見をくださった皆様に心より感謝致します。
本当にありがとうございましたm(__)m。

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