2012年7月29日日曜日

 『舎利弗の真実に迫る』講義57 あとがきに代えて

この講義も、最後のページを迎えることになりました。ここで私は、この書籍の講義を書く中で、何を得たのかをまとめてみたいと思います。
私はこの講義により、大川隆法氏と信仰的にも思想的にも、決別をすることが出来たと思います。

この本を精読する過程で発見したことは、大川隆法氏は私の守護霊の名を偽って偽者を登場させたということです。この講義の中で、動かぬ証拠を数々上げることが出来ました。私はこれだけでも、非常に大きな成果であったと思います。偽者を登場させて、真実を歪めて相手を中傷し、元弟子の社会的信用を毀損しようとする、目的のためには手段を選ばない、そんなことをする人が仏陀であるわけがありません大川隆法は仏陀にあらず。これを明らかにしえたことが、この講義のもう一つの成果です。

 私はこの本を繰り返し読む中で、ダイバダッタを非常に復権させようという意図のようなものを、本書の全体から感じ取りました。そして、種村偽守護霊が実はダイバダッタであり、それは大川隆法氏の過去世なのではないかという大胆な仮説を立てました。そう考えることで、非常に多くのことがつじつまが合うからです。

考えてみますと、大川隆法氏は誰よりも仏陀になりたかった人です。ただし、本来の仏陀サンガとの決定的な違いは、本来の仏陀サンガは正直を重んじましたが、大川隆法氏の創った教団は嘘を平気でつくということです。この教団には嘘が多い。しかも、平気で嘘をつきます。大川隆法氏自らが大嘘つきです。信者数も大嘘ですが、彼の私生活の乱れと犯罪行為を「事実無根」として隠蔽することは、悟りを偽る嘘(大妄語)です。ダイバダッタが過去世であれば、仮面が剥がれ落ちて、素地が出てきたというべきでしょう。ただし、戒律を軽視して乱れた生活をするのは、過去世での戒律重視の反動でしょうか。

 この本を最初に読んだときは、正直言って、嫌な気分でした。が、途中まで読んでいるうちに、思わず笑ってしまいました。あり得ないような事実無根の内容が満載されていたからです。まるでパロディーでした。あんまりにも笑ったので、最初感じていた頭痛が治ってしまいました。

 二回目を精読して、ダイバダッタを持ち上げている記述が目に付き、大川・舎利弗までダイバダッタの悪評を和らげる発言をしているのを読み比べて、種村偽守護霊がダイバダッタであり、大川隆法の過去世ではないかと感じ出しました。
 もう一つ、大川・舎利弗が仏典を何度も引用しながらダイバダッタを論じるのを見て、笑ってしまいました。本物の舎利弗なら、ダイバダッタに関して直接知っているわけですから、直接知っている人にのみ語りうる迫力ある記述が無ければおかしいでしょう。何らかの論拠を示しながら、資料を提示しながら、論じるのは大川隆法氏の常とする方法です。これは大川隆法氏の表面意識だと感じました。
そう思って見ると、本書の第一章は大川・舎利弗の章ですが、仏教に関する記述がほとんど無くて、高橋信次やユダヤ教に関する話ばかりが目立ちました。舎利弗の霊言というには、非常に違和感のある内容で、しかも大川隆法氏がこのように教団の考え方をもっていきたいという方向へと誘導しています。舎利弗が大川隆法の従来の考えを修正しているのです。これはこの舎利弗が、実は大川隆法氏の表面意識そのものであると考えると非常に納得のいくことです。舎利弗の振りをしているのは、大川隆法氏であるということになります。

大川隆法氏による自作自演の中傷本。これが『舎利弗の真実に迫る』という本の正体です。こんな内容をDVD15000円もだして無理やり見せられて、さらに本になったものを1500円も出して買わされる会員の皆様は、つくづくお気の毒だと思います。
そういうものまで商売の道具にして、ちゃっかりと稼ぐわけです。この本のどこかで種村偽守護霊が「大川隆法は商人である」と言っていましたが、これは正しい指摘だと思います。実に正しいです。ただし、悪徳霊言商法をする悪徳商人だと思います。

さて、三回目の精読は、この講義を書くために行いました。そして精読し、講義を書き終わってみて、私の心には何も引っ掛かりがなくなりました。私の外面的な名誉は、まだ毀損されたままです。しかし、私の心は何一つ傷ついてはいません。この本が放つ悪想念の矢を、私の心は受け取らずに済んだように思います。ですから、その矢は、すべてこの本の書き手にお返しすることが出来ると思います。

 私は大川隆法氏の仕事について、初期のものを中心に、評価できるものもあると考えています。すべてを否定しようとは思いません。しかし、この本はお粗末であり、全く評価できる部分は無いと思います。唯一評価できるとしたら、知らず知らずのうちに「大川隆法の真実」を語ってしまっているところです。そして、それを明らかにすることこそが、この講義の真の役割であったと思います。

 さて、私にとっての真の事の起こりは、斎藤敏之氏が活動停止になった昨年春からでした。そこから何かが変わり、私は急速に潜在意識と対話出来る力が目覚め始めたのです。これは斎藤氏も同様でした。その後、半年もたたない内に、幸福の科学との本格的な決別が始まり、心検の授業内容も一新してしまいました。それと共に救済力が目に見えて向上を始めました。

 今回、私の除名のきっかけになった大川隆法氏への手紙は、私信であったので、大川隆法氏本人なら知っているはずの事実を詳細に書くことで、反省を促そうとしました。それが外に漏れて週刊文春にその内容の一部が掲載されたことは、被害者の方に対しては大変申し訳ない事であり、私としても非常に心苦しい思いを致しました。しかしながら、内容に偽りは無いので、週刊文春さんの取材に対しては、くれぐれも被害者のプライバシーには配慮して欲しいということを申し上げた上で、手紙の内容に偽りの無いことを証言しました。それというのも、被害者がその後も増大し続けており、この犯罪を抑止することが是非とも必要だと思ったからです。あの記事が出てから、私の元には、他にも被害者が何人もいるという情報がいくつも入ってきています。私は純粋な若い女性たちの信仰心を利用して、自分の欲望を満たそうとする大川隆法氏と、彼の犯罪を隠蔽し続ける幸福の科学に対しては、はっきりと公憤を感じております。

 私は、この講義の中でも、私の過ちだと気付いたことに関しては、はっきりとお詫びを述べてきました。教団を拡大するという点に関しては、私にも責任の一端は明らかにあると思います。しかし、だからこそ、私自身が大川隆法氏の犯した過ちを批判し、幸福の科学の過ちを明らかにし続けることが、私のとるべき道義的責任であると思います。その批判の内容は、具体的な問題行動のみならず、思想的な過ちの修正へと進まなければならないと考えております。

 心検のブログを見ていただいても明らかなように、私たちが深層潜在意識と言っている霊的な心の領域、さらには遠隔地にいる方の表面意識との交流も、すでに起きている現実です。こうした能力は、ごく普通の市井の方にも芽生えてきているケースを多く目にするのですが、私どもが心理学的な手法により、こうした能力の開発ができ始めていることも事実です。これは多くの人々の「癒し」と「心の成長の支援」のためにのみ許され授けられたものであると自覚しております。

 私は次回から、ロール・レタリングによる守護霊との会話、つまり深層潜在意識からのメッセージを発表していく予定です。これは私の偽守護霊が出された以上、本当の守護霊は何を考えているのかを世に問うことは、私の守護霊の名誉の回復にもつながると思うからです。
 
 ロール・レタリングは春口徳雄氏によって日本で開発された自己カウンセリングの手法ですが、心検でこれに取り組んですぐに、これは自己の深層潜在意識との交流や他人の潜在意識との交流の手段となることを発見しました。
 
 もとより、どの程度まで守護霊による通信であるかという精度の問題は、繰り返し繰り返し実験を重ねていかないことには、判別が難しい面があります。私自身は、自分がはっとする気付きが与えられたり、自分自身が啓発される内容が入っていた場合、これは深層潜在意識(守護霊)からのメッセージではないかと思って、感謝して受け止めるようにしております。

 いずれにしましても、私はこれ以上被害者を出さないためにも、既にさまざまな面での被害者に遭われた方々のためにも、私が出来ることは誠心誠意成し遂げてゆく覚悟です。大川隆法氏や宗教法人幸福の科学と全面的に敵対するような事態になっても(すでにそういう状況にありますが)、決して退くことは致しません。真実を照らす光は、たとえ小さくとも、必ずや闇の実態を照らし出さずにはおかないと信じています。

 今回、私の私信の一部が世に出てしまったために、心に傷を負わせてしまった方には、衷心からお詫びを申し上げたいと思います。しかし、今なお被害が広がり続けている現実がある以上、この犯罪を食い止めなければ、さらに苦しむ人々を作ってしまいます。そうした方々への救済の一助として、被害者の方の体験が真に活かされるように、私は全力を挙げて戦います。

 どうか、これを読まれた皆さん。もしあなたが知る真実があり、それが闇を照らし出す真
実であるのでしたら、どうか声を上げて頂けませんでしょうか。もし私にそうした真実をお伝えいただけるのでしたら、必ずそれを闇を照らす光として、活用させて頂きます。

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2012年7月28日土曜日

番外編2 3億円の名誉毀損の裁判

宗教法人幸福の科学が、週刊文春と種村修に対して、名誉毀損で3億円の提訴をしてきました。

 いろいろ理由を書かれていますが、3億円もの訴訟をなさるということは、本当のところ、幸福の科学こそ、お金が欲しいのではないでしょうか。救国植福で無理をしながらも、目標の3分の1しか集まらなかったようですし、昨年末ごろは、資金不足から総合本部の看板の電気も消しておられたようなので、相当に大変な思いをされているのであろうと思います。

 『舎利弗の真実に迫る』という本も、丸々一冊、一個人に対する、教団を挙げてのバッシングでした。今回の提訴も、週刊文春という会社だけでなく、私個人を名指しで訴えておられます。
1300万人という信者数がいらっしゃるようですが、『舎利弗の真実に迫る』の「あとがき」によれば、国内だけで五百支部、精舎等が二十五、布教所一万箇所、世界にも約百ヶ所に支部等の拠点を持つ、マンモス教団です。かたや私はひとりの個人にすぎません。一般社団法人心検でカウンセラーをしているというだけの人間です。全く何のバックもない、一市民にすぎません。

 普通の人であれば、それだけでもう怖くて怖くて、まともな社会生活が出来なくなるのではないかと思います。普通は、自分への中傷を、捏造とはいえ、本として出され、今まで縁のあった信者さんには見せられ、私とご縁がある方にも送りつけられて、もうそれだけで、精神的に参ってしまい、自殺したくなるほど追い詰められるのではないかと思います。私が何とか耐えていられるのは、それでも真実を明らかにしなければならないという責任感と、支援してくださる仲間がいるからです。

 私は大川隆法氏を信じ、幸福の科学の最も初期の頃から参画し、教団を創り拡大してきた人間の一人として責任があると思っています。私は、間違った宗教になった幸福の科学を広め支えてきたという点では、加害者でもあるからです。私の話を信じて入会して下さったり、活動してくださったり、お布施をしてくださった方は、決して少なくありません。また、私の話を信じて職員になった方もおられます。そうした方々に対して、私は間違ったものをお勧めしてしまった責任があります。
 ですから、大教団が私に襲い掛かってこようとも、私はそれから逃げ隠れするつもりはありません。私の罪は、勇気を出して真実を言い続けることを通して贖うべきだと信じています。

 それにしても、情けないのは大川隆法という方です。私の手紙は大川隆法氏宛ての私信です。それが教団から漏洩して、それが掲載されたとはいえ、もとは私と大川隆法氏の問題なのです。元の師と弟子の二人の問題です。教団は関係ありません。教団の陰に隠れて、こそこそと逃げ隠れすることは、おやめになっていただきたい。「大川隆法氏とならお話します」と、広報局の渡邊局長にも伝えてありますが、大川隆法氏は出てこられない。大川隆法氏の個人の不始末は、大川隆法氏自身が出てきて釈明され、ご説明願いたいと思います。私は私個人の名前を出しています。大川隆法氏は教団の陰に隠れています。私は、それが情けないと思っています。大川隆法氏も「われ一人立つ」の気概をもって、かつて立たれたのであるならば、ご自分自身が出てきてください。法廷の場で、共に真実とは何かを明らかにする努力をしてまいりたいと思います。

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『舎利弗の真実に迫る』講義56 「まえがき」に寄せて

「本書は、釈迦十大弟子の筆頭ともいえる舎利弗の確認を巡っての探究のプロセスを明確にしたものである。」(『舎利弗の真実に迫る』P1「まえがき」)

 この講義も、いよいよ終わりに近づいてきました。この本は、かつての弟子を、大川隆法氏が自ら乗り出して、信用毀損し、社会的に抹殺することを狙って出されたものだと思います。やむなく私は、正当防衛のためにこのブログで講義というかたちで、大川隆法氏の本の検証を始めました。大川隆法氏の霊能力や過去世認定はどの程度確かなものなのか。ここに出てくる種村守護霊は本物なのか。ここに登場する舎利弗は本物なのか。そうしたことを念頭に置きつつ、本書を一つ一つ丹念に分析していったところ、意外なことにこれは「大川隆法の真実に迫る」作業に他ならないことに気付きました。私がこの「まえがき」に模して書くとすれば、こうなります。

「本講義は、自らを仏陀の再誕として四半世紀にわたって主張してきた大川隆法氏の、真の姿を探究するプロセスを明確にしたものである。」

「正直言って私にとっても、哀しみの眼を持って見つめなくてはならない時間がかなりあった。」(『舎利弗の真実に迫る』P1「まえがき」)

私は、これはだと思います。私が行動を起こしたのは、ごく最近だからです。本格的には今年の春以降ですから、この言葉に嘘を感じます。教団自体に本格的に疑問を持ち始めたのも、まだ2年にも満たない期間です。それでも、「総裁先生は本当はすべてお分かりのはずだ。しかし幹部が悪いのだ。」という思考によって、真実は見えていなかったのです。

しかし、大川隆法氏の真実の姿が見えてきたときに、私は哀しみを覚えました。それと共に責任を感じました。弟子であったものとして、そして真実を知ったものとして、大川隆法氏に言うべきことは言わねばならないと思いました。それは今も続いています。


「もともと私は情にはもろい性格ではある。しかし、後天的な修行によって、理性的合理的頭脳も鍛えている。」(『舎利弗の真実に迫る』P1「まえがき」

 私はそう信じたいと思うものです。ですが、奥様に対してなされている仕打ちを見ると、そこには「情」もなければ、「理性的合理的頭脳」も感じません。長年の服薬によって、ひょっとしたら大分「頭脳」を痛めておられるのではないかと、心配しています。奥様になされたことと、同じことを私にされている『舎利弗の真実に迫る』ですから、そこには「情」も、「理性的合理的頭脳」も、やはり感じることは難しかったということです。

「本書で立ちあらわれている現象は、幸福の科学という宗教の、『慈悲の宗教』として持つ『優しさ』と、『近代合理性』を持つ『理性的宗教』としての『厳しさ』との間(はざま)にできた、かすかなすき間に、つけ入って生じたものであろう。」(『舎利弗の真実に迫る』P1「まえがき」

 私はこの部分を読んだ第一印象は、「慈悲という聖なる言葉を汚すことは許されない」という怒りでした。私は大川隆法氏は、仏を汚し、仏の言葉を汚していると思います。そこに怒りを覚えました。

 お金がある人に対する「優しさ」(もどきですが)は、この教団にもあると思います。しかし、それが本当の優しさでない証拠に、永年布施を続けてきて、もはや貯金を使い果たし、年金暮らしでほとんど布施ができなくなった会員さんへの冷たい仕打ちで分かります。どの支部でも、こうした人々の、嘆きや怒りを聞くことができます。

 また、大川隆法氏の奥様に対する仕打ちを見れば、優しさとか、慈悲とかには無縁の宗教であることが、もっとはっきりとわかります。私に対するこの本もそうです。この本のどこに慈悲や優しさを見出せばいいのでしょうか。

 私は慈悲について、こう思います。慈悲とは、幸福の科学が言うように、上位のものから下位のものへと向かう愛であるならば、まず下位のもの、弱者や、苦しみ悩む人々を、親鳥が身を挺して守るように、いたわり守らなければならないはずです。親が子をいつくしみ守るように。しかし、現実にされていることは、「溝に落ちた犬には石を投げろ」です。

また、慈悲のもつもう一つの側面として、未熟な魂をはぐくみ、忍耐強く育て、素晴らしいものへと成長させる働きが不可欠です育(はぐく)みの心です。これが幸福の科学にはほとんどありません。だから、幸福の科学では人が育たないのです。

 私のところにも、幸福の科学広報局の渡邊局長と土屋部長が「これは仏のご慈悲です」と言って、本を持ってこられました。私はかつての北朝鮮の「将軍様のご慈悲」という言葉を連想してしまいました。

 またこういう本を出すこと自体、どこにも「近代合理性」は見出せないと思います。これまで分析してきた結論から言うと、ニセモノを種村守護霊として登場させ、私の人格を貶め、ひそかに大川隆法を讃えさせる手法には、慈悲は無論のこと、「理性的宗教」の片鱗すら見出すことができませんでした。現在、週刊新潮や週刊文春に対して、同様のことをワンパターンでされていますが、これは厳しい反作用を受けると思います。

 私は大川隆法氏に申し上げたい。慈悲とか優しさとか、理性とか合理性とか、それぞれ深い意味のある尊い言葉を汚さないでいただきたい。自分勝手な都合のよい意味に摩り替えて、こうした尊い言葉を使うことは、言葉に対する冒涜です。

「私自身は、かつて愛した者は、いまでも愛している。」(『舎利弗の真実に迫る』P1「まえがき」

 もしこの言葉が真実なら、奥様に対して、あんなにひどい仕打ちはされないと思います。元の奥様に対してされている仕打ちは、普通の人間なら絶対にしないような、酷い仕打ちです。「あなたは本当に愛を知っているのですか」と聞いてみたいと思います。どうしてあなたの家庭が壊れ、幹部や信者の家庭が次々と壊れて、教団からも愛が消えていくのですか。それをお聞きしたいと思います。愛がない宗教。それが正直言って、私が今の幸福の科学にもつ印象です。

「しかし、救世主としての自覚や責任感、大義が、私自身への自制を強く求めてくるのだ。救いの蜘蛛の糸は、何度か垂らした。その糸が切れてしまうことにも、新しい救いが待っているのかもしれない。」(『舎利弗の真実に迫る』P1「まえがき」)

 奥様を切り捨て教団を挙げての個人攻撃をするときにも、同じ論理が使われました。「世界宗教になって世界を救わねばならないから、それを妨げる者は身内でも許さない。切って捨てる。それが救世主としての自覚であり、大義である。」これが大川隆法氏の論理です。

私はこれを聞いた当初、「そこまでして、世界宗教への道を歩まれるのか。それほど辛い思いをされてまで、全人類を救おうとされるのか。私もなにかお役に立たせていただきたい。それにしても、これほどの主のお気持ちが分からないとは、奥様は何てひどい人なんだろう。」と、そう思っていました。

 しかし、奥様のきょう子さんの本心は別でした。彼女は、大川隆法が異常であることに気がついたので、多くの人を巻き込むことや、彼がこれ以上の罪を犯すのを、どうにか食い止めたいと思って、世界に出ることに反対していたようです。私も、その気持ちなら理解できます。私も今、ほぼ、似たような思いを持っているからです。

 私は、いま、幸福の科学が新たに地上で生まれた地獄へと変化を遂げつつあると思います。ですから、大川隆法氏が投げかける「蜘蛛の糸」は、私を洞窟に縛り付ける毒蜘蛛・タランチュラの糸として見えています。私はこの糸を「除名」によって切っていただいたことは、「地獄から出てよい。ここでの修行は終わった。二度とここへは戻ってくるんじゃない。」と言われているように感じました。
 

 ちなみに、「その(救いの)糸が切れてしまうことにも」と、何か自然に糸が切れたように書かれていますが、一方的に「除名」して「糸を切った」のは大川隆法氏であり、「切れた」わけではないということは、注意して頂きたいと思います。こういう一見、綺麗な言葉を使いながら、巧妙なすり替えをしてこられますので、要注意です。「悪魔は、一見正論を述べながらも、巧妙に摩り替えてくるので、それを見破らないと、悪魔の術中にはまることになる」と、かつて大川隆法氏には教えて頂きましたが、そのことを、本当に理解出来たように思います。

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『舎利弗の真実に迫る』講義55 誰が毒麦なのだろうか

「大川・舎利弗 今、問題になっている人たちは、『自分が、雑草になっていて、抜かれようとしている』ということが分からないのでしょう。抜かれるほうの雑草としては、たまったものではなく、『自己実現しようとしているのに、なぜ抜かれるんだ』と言っているわけです。
 しかし、農家としては、『それでは、刈り取るときに困ります。毒麦が、普通の麦のなかに紛れ込んだら、食べられないではないですか』ということで、毒麦をみつけたら、早めに抜いておきたいですよね。」(『舎利弗の真実に迫る』P259 P260

 私はこの文章を、不思議な感覚で見ています。それは、大川隆法氏が自分のことを語っているように感じるからです。彼は自分が毒麦になってしまって、今まさに抜きさられようとしていることに、気付いていないのでしょうか。毒麦を抜く農家とは、神仏であり世間です。大川隆法氏と幸福の科学は、神仏と世間から毒麦と認定され、抜きさられようとしていると思います。それがもう始まっていると思います。真実のファイナル・ジャッジメントです。

 なぜ毒麦なのでしょうか。大川隆法氏を信じて熱心にやればやるほど、その人の人格が低下してくるし、幸福感がなくなっていくからです。お金はもっと速いスピードでなくなっていきます。
教団にいる人々は、選民意識で自分たちを特別視していますが、上から目線で嫌われ、世間の人と話が通じない人が大量に出てきています。職員の幹部であればあるほど、慢心して偉くなり、その一方で自己保身の固まりになっています。そして、謙虚さ、感謝、努力精進が欠落していきます。職員は大川隆法氏の分身です。大川隆法氏の感化を受けて育てられた人々です。その人々が、信者さんから尊敬されない人が、増えてきています。これは大川隆法氏の人格の低下を反映して、起こっている現象です。永年いる側近の方に、人格の異常性がでている人が増えてきていることを、私は悲しく思います。私はかつて、彼らと共に仕事をした仲間であるからです。

幹部や取り巻きはだめだ。しかし、大川隆法総裁先生だけは素晴らしい。」これを乗り越えないと、大川隆法の呪縛が解けません。私もずっとそう思ってきました。そして、微力ながら、教団をよくするために、教団に自浄作用が働くことを期待して、ささやかな努力をしてきました。
しかし、やはり鯛は頭から腐っていたのです。頭が腐って、その悪臭が周りに広がっていたのです。私はそのことをはっきりと知りました。一連の行動を通して知ることができました。だから思います。毒麦が抜きさられようとしている。その時がすでに始まった、と。


これはショックなことです。自分も毒麦の一つではないといえるのでしょうか。なぜなら、根深く幸福の科学の思想が心に堆積しているからです。その意味において、私のことを毒麦といわれるのなら、全く外れているとはいえないかもしれないとは思います。その可能性は、やはり自己検証が必要だと思います。ただし、大川隆法の強い毒性に気付いて、そこから決別しつつあるので、大川隆法の毒に対する解毒剤を自分で作り始めた麦であると思います。この解毒剤の部分は、世の役に立つかも知れません。

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2012年7月26日木曜日

『舎利弗の真実に迫る』講義54 斎藤敏之氏に名刺を渡した大川隆法の真実

「大川・舎利弗 やはり、私は、『人間として節操を守ることが大事だ』と思います。これは宗教でなくても、そうです。会社を辞めたあと、自分が勤めていた会社の悪口等を言って回るような人間、何年かでもお世話になった会社の悪口を、一生、言って回るような人間にはなりたくないですね。」(『舎利弗の真実に迫る』P257

「大川・舎利弗 だから、『「自分の外に責任がある」と考える人、他罰的な傾向が強い人というのは。基本的に成長しない』と考えた方がよいと思います。」(『舎利弗の真実に迫る』P258

<解説>

 私は1999年に幸福の科学を退職しましたが、その後、幸福の科学の悪口を言ったことは、ほとんどなかったのではないかと思います。特に総裁の悪口を言ったことは皆無であると思います。それどころか、2年程前には、幸福の科学への批判時事を書いた週刊朝日に対して、斎藤敏之氏と二人で朝日新聞本社に乗り込んで、副編集長と記者に会って2時間近く厳重な抗議をしたぐらいです。

 私が教団に対して明確に疑問を持ち始めたのは、約1年半前に佐久平支部(当時)の会員さんのクレームを取り次いだ斎藤さんが活動停止になってからです。大悟館に電話をして、ファックスでお知らせしたい情報を送ったことが、結界を崩したとして断罪されました。

私は絶対におかしいと思いました。なぜなら、大川隆法氏は会員さんが経営している高級中華料理店に家族で食事にきたときに、そこの従業員として接待をした斎藤敏之氏に話をしています。そして、「私にはなかなか情報が入らないから、何か必要な情報があればここへ連絡して欲しい」と、わざわざ斎藤氏に自分の名刺を渡しているのです。私はその時に、野菜を納入した業者でもありましたので、斎藤さんからは直ちに、詳しくそのときの状況を聞きました。

 斎藤敏之氏はよほどのことがなければ、その名刺は使ってはならないと大切にしまっていました。しかし、長野の佐久平支部の会員さんがたが、支部長や活動推進局(当時)の理不尽なやり方にクレームを言っても、全く相手にもされない状況をみて、これを放置したら教団のためによくないと考え、上層部への仲介の労をとりました。しかし、自己保身で責任を回避するだけの幹部にいくら言っても埒が明かないので、いまこそ総裁との約束を果たすべきだと思って、頂いた名刺を見て、大悟館に電話し、電話を取った職員にファックス番号を教えてもらって、職員が指定したところへファックスを送ったのです。このどこにも手続き上の瑕疵(かし)があるとは思えません。教団の健全な発展を願っての行動であり、朝日新聞本社へ乗り込んだときと、精神においては全く同じです。教団を愛するが故の行為だったのです。私は斎藤氏の一連の行為を、全部間近で見ていてそれを知っております。

 しかし、総裁は聞くところでは、「名刺を悪用された」と弁解を言ったそうです。私はこれを聞いて、耳を疑いました。総裁は「自分にはなかなか本当の情報が入らないので、必要な情報があれば入れてくれ」と、ご自分で斎藤氏に言われたのです。そしてわざわざ名刺まで渡されたのです。私は、斎藤氏から、その直後に電話でその話を聞かされました。

 自分の責任を棚に上げて、他人に転嫁するというのは、こういうことを言うのです。だから、私は「自分の外に責任がある」と考える人というのは、誰よりも大川隆法氏であるということを、知ってしまったのです。本当に悲しく思いました。結界を崩したといいますが、大川隆法氏の私生活の乱れにより、結界などもともとなかったのです

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『舎利弗の真実に迫る』講義53 不都合な真実から目をそらせるためのすり替え

「大川・舎利弗 『自分を使ってもらえないから、幸福の科学は邪教になった』とか、『悪魔が入った』とか、批判するのは自由です。」(『舎利弗の真実に迫る』P254

「大川・舎利弗 要するに、彼らは、『その流れのなかで、自分の貢献のシェアが落ちていっている』ということに対して我慢ならないのでしょう? ゆえに、それは自分の心の問題なのです。」(『舎利弗の真実に迫る』P255

<解説>

 自分が重要視されないから、信仰を失って反旗を翻したというのが、大川・舎利弗の主張です。これは不都合な真実から目をそらせるために、意図的にしているすり替えです。

 目をそらせる事実とはなんでしょうか。それは私が手紙で、大川隆法氏が引き起こした不倫、セクハラ問題での被害者を救うようにお願いしたこと。そして、三輪清浄が崩れている以上、納骨壇を返納したいのでお金を払い戻して欲しいという願いを聞いてあげてくださいと、訴えたことです。
私が重要視されるかどうか、問題にしてもおりません。そんなことは全く考えていないからです。

 大川隆法氏が、仏陀としてのあるまじき行いにより、信者の信仰心を著しく傷つけたことを問題にしているのです。この事実を、「事実無根」と言い張るので、私がこういう行動を取った理由を、私の欲求不満にもっていこうとしているに過ぎません。真実から目をそらさせるための、すり替えにほかなりません。

 本物の舎利弗なら、私の心は見抜けるはずです。私の本心が見抜けないということは、この大川・舎利弗は、偽者だということです

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2012年7月25日水曜日

『舎利弗の真実に迫る』講義52  大川隆法氏の表面意識による「なりすまし」 

「大川・舎利弗 私は、『ダイバダッタそのものは、もともと、仏弟子としての素質がずっと悪かった』とは思いません。」(『舎利弗の真実に迫る』P246

「大川・舎利弗 仏伝のなかには、『ダイバダッタは、ヤショーダラー妃をめぐって仏陀と争った』と書かれているものもありますが、創作もかなりあるでしょうね。(中略)『ダイバダッタ自身は、その後どうなったか』ということですが、仏典では、『地獄に堕ちた』ということになっておりますけれども、それは、たぶん、そうであろうと思います。」(『舎利弗の真実に迫る』P247P248

 ダイバダッタ論ですが、大川・舎利弗は、ダイバダッタに対して必ずしも否定的というわけではありません。
 若いころのダイバダッタは非常に優秀な人であったことは、確かにその通りであると思われます。しかし、弟のアーナンダへの嫉妬増上慢がありました。

 大川・舎利弗は、ダイバダッタの問題点への言及が少なく、なにかかばっているような印象があるのです。この本ではダイバダッタについていった愚かな弟子が「種村の過去世」となっていますので、もっとダイバダッタへの厳しい批判があってもよさそうなのに、かえってかばっているので、非常に違和感を感じます。これは、大川隆法氏の魂の兄弟がダイバダッタであれば、納得がいきます。
  
 大川・舎利弗の解説で、もう一つ大きな違和感を覚えることがあります。それは仏典を引用して、それに対するコメントをしている点です。真の舎利弗であれば、自分が釈迦教団でみてきたダイバダッタについて、オリジナルの見解を述べることができるはずです。大川・舎利弗が、なぜわざわざ仏典から引用して、それを解説しなければならないのでしょうか。


 これは大川・舎利弗が大川隆法氏の表面意識による「なりすまし」だからではないでしょうか。大川隆法氏であれば、根拠をあげて、それを解説するという手法をよく使いますから。

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2012年7月24日火曜日

『舎利弗の真実に迫る』講義51 大川隆法氏の過去世認定の裏舞台

「里村 今から17年前、大川隆法総裁より、『公明党書記長(当時)の市川雄一氏がダイバダッタの生まれ変わりである』というご教示を頂いたことがありますが、改めて、お伺いさせていただきます。舎利弗様からみて、ダイバダッタは誰なのでしょうか。
大川・舎利弗 ハハ・・・。ああ、これは言いにくいことなのでね。まあ、ダイバダッタは、いつでも出るのです。だから、『特定の人が、いつもそういう役割で出ている』とは考えなくてよいと思います。(中略)まあ、『公明党の市川雄一がどうのこうの』というのは、当時、創価学会の池田大作がダイバダッタの出現を警戒していたというか、恐れていたので、そういう意味では、『一・一ライン』と言われた、小沢一郎とのコンビを破壊するためのものであったかと思います。(中略)したがって、あれは、実は、『池田大作が心のなかで思っていたことを表現し、出したものである』と考えてよいでしょう。」(『舎利弗の真実に迫る』P243P246

<解説>

 これには正直言って驚きました。大川隆法氏はやはり過去世認定に当たっては、真実性を重視する人ではないということです。それによる効果というものを、まず考えて過去世認定する人なのです。ですから、効果があれば嘘でも何でも構わないという考えです。

ですから、大川隆法氏の過去世認定に関しては、どのような意図でその認定をしたのかをこそ、まず考えなければならないのです。大川隆法氏が認定したから真実であるという盲信は、完全に捨てなければ真実を見誤ります。

 しかし、そうかと言って、単にめちゃくちゃな認定をしているとだけ考えても正しくありません。彼の認定には必ず何らかの意図が潜んでいるのです。ですから、大川隆法氏の過去世認定は、それ自体の真偽について議論しても意味はないのです。信じて騙された方が馬鹿なのです。それよりも、その過去世認定の奥に潜んでいる大川隆法氏の意図を見抜いて、彼の行動を予測し、本心を見抜くためにこそ研究すべきなのです。


 そうすると真っ先に手をつけなければならない過去世があります。それは、大川隆法氏自身の過去世です。これを丸ごと本当だと思ったら、それは信じた人が愚かであると言われてしまします。そうではなく、大川隆法氏はこの過去世を主張することでいかなる効果を狙ったのか。ここを解明するべきなのです。そして、大川隆法氏の本当の過去世は全く違うという可能性も視野に入れるべきなのです。


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