2012年11月16日金曜日

投稿・大川氏の離婚は正当か?

釈尊と大川氏の歴然たる違い

(紹介)

ある女性の方から、大川氏の離婚について、とても貴重なご意見を頂きました。

大川氏と釈尊の比較は、とても鋭いと思います。

後半には、この方の経験から来るご意見を掲載させて頂きました。

皆様のご参考になることを願います。

(投稿)

    幸福の科学職員に告ぐ

どうも幸福の科学の職員は、大川氏の離婚を指摘されると、
「ブッタも妻を捨てて出家した」
と大川氏の離婚を正当化しようとするのですが、
全く別の事情を比べている事がわからないのでしょうか。

簡単に言いますと、釈尊は、妻だけを捨てたのではなく、
一旦この世的なものを全て捨てたのです
何不自由ない生活を絶ち、苦行を始めました。
またその苦行を経て、中道を説いたのです。
これは、釈尊が悟りを得る前にとった選択です
その後、釈尊の妻も子供も出家しております。

大川氏は、出家者であったきょう子氏を追い出したのです
プライドさえも捨てきれず、一方的にきょう子氏を責め立てました。
大川氏の環境は愛人を囲いやすくなった以外、何一つ変わっていません。
職員はそれに疑問を持つべきです。
職員の皆様には、
今後、「比べ物にならない偉大な人物」と大川氏を比べないこと、
また離婚の正当化をしないことをお勧めします

    子供の立場から見た親の離婚

私の両親も離婚しているのですが、
幸福の科学が大川氏の離婚を、
英雄の選択のように語るのは間違いだと思います。

離婚は本人のみならず、家族を悲しませます。

たとえそれが、最善の選択であっても、
やはり離婚は「結婚の失敗」であり、
「正当化」する必要はないと思います。

私は両親の離婚を悲しみ、傷つき、
そして時間が経つに受け入れました。

「両親の離婚」で学べたこともありましたが、
そこから学ぶという事は、
私が選択した「癒しのプロセス」であっただけの事です。

母も父も元気にやっておりますが、
「離婚してよかったね」なんて思った事は一度もありません。

3 件のコメント:

  1. 釈尊の場合、
    実家が王家で、子供が王子という立場だったから、
    ある種の気兼ねが無く妻子を捨てて出家出来たのだと思います。(それでも、悟りにおいては、それに関する後悔や心配といったものに苛まれたようですが)。

    結婚は確かに神による縁でしょうが、こんな言葉もあります。
    「離婚は進んだ文明にとって必要である」(モンテスキュー)
    偉人の言葉には、何て結婚に関してネガティブなものが多いのでしょうか。

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    1. 私は離婚そのものが問題というよりも、釈尊の生まれ変わりと称する大川氏が、ああいう形で奥様を罵倒しながら離婚劇を演じたことが与える信者さんへの影響を、とても問題だと思っています。弟子は師を真似ます。大川氏を信じた人は、同じことをしても、悪いとも思わないと思います。でも、大川氏のしていることは、明らかに異常です。人としてすべきこととは思えません。まして釈尊の生まれ変わりを標榜する人がすることではない。だから、大川氏が厳しい批判にさらされるのは当然であり、またさらされなければならないと思います。大川氏の行ったことが、社会に害毒を流すからです。その意味で、離婚一般と大川氏の問題は、分けて考えるべきだと私は考えております。

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  2. 大川氏の言動は、とても宗教家のものとは思えません。ましてや仏陀である訳がありません。
    愛人と赤ちゃん言葉で話していることを、妻に暴露された為の腹いせとしか思えません。

    自ら著書に残している通り、仏陀を詐称した罪は重く、その来世は厳しいものになるでしょう。

    また妻にルシフェルが入っているのに、大川氏はなぜ折伏しなかったのでしょうか?
    修法「エル・カンターレ・ファイト」を行わなかったのはなぜでしょうか?
    絶好のチャンスだったのに。

    私はきょう子氏に関しても同罪だと思っております。
    本当にルシフェルが入っていたのか、それとも三文芝居だったのか信者や元信者に説明する義務があると思います。













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