2012年8月26日日曜日

寄稿体験談「幸福の科学」辞めて良かった その3

「幸福の科学」辞めて良かった その3
2012.08.25
渡辺万里子

(自分の会社を立ち上げる)

自分の考えは間違いないと思っている私は、自分の考えを表現できる会社を立ち上げることにした。幸福の科学時代に気の合った何人かと始めるのであるが、そこが新たな落とし穴になるのである。

結論から言えば、この事業は当初全くうまくいかなかった。
死ぬほど一生懸命やったし、優れた製品を扱っているという自負もあった。それなのに、とにかく結果が出ない。即ち収入に結びつかないのだ。
高邁な思想と立派な態度で携わっていたという自負が、実は一番の敵であったことにこの時には全く気づかずにいた。
相変わらず、この時代はいつもいつも心に雲がかかってたように、どんよりとした心で「本当にこれで自分の使命は果たせるのだろうか?」という気持ちと、うまくいかなければいかないほど幸福の科学の職員に対して怒りのような気持ちも湧いてくるのである。
幸福の科学に残った職員が、左遷されたり、辞めたりすると「それみろ」とか「今に見返してやる」というような気持ちも湧いてきて、そのためにも自分は成功しなければならないという気持ちにもなった。

この時代が一番幸福の科学という組織を憎んだ時代でもあったし、私に人生の中で、一番惨めで人を憎み組織を恨んだ暗黒の時代でもあった。
ところが、その当時、不思議にまだ教祖に対しては、未だ信じる気持ちも残っているのである。何故か、「教祖は間違っていなのに、バカな職員ばかりだからこんなことになるんだ」と思えてしまうのである。
だから、本尊も書籍も処分することが出来ず、今から思うと、本音では幸福の科学に対して未練たらたらの状態だったのかも知れないのである。

心は暗黒、口と顔はニコニコ、本音は大成功して見返したい。言うことは謙虚・・・・。
その時は自覚が無かったのであるが、今思えば、心と体が正反対のことをやっていた、うらはらな自分に苦しんでいたのではないかと思う。

こんな状態だったので、勿論、仕事は全くうまくいかず、どんどんジリ貧状態になっていった。
次にやることがあるわけでもなく、他にやることがあるわけでもない状態の中で、辞めることも出来ず、進むべきに必要な資金もアイデアも無く、ただただジリ貧の状態で日々を過ごしている中で、ただ、唯一の気晴らしが同志でもある幸福の科学を辞めた仲間との会話であった。
傷口を舐めあうような関係であったのに、それにも気づかず、相変わらずの上から目線で「ここが間違ってる」だの「あの人がわかっていない」だの「法の解釈はああだこうだ云々・・・」などと、今思えば、本当にバカなことを繰り返していたのである。
その仲間も「教祖が悪いのではなく、職員が悪い」という共通認識の上で話をしていた記憶がある。

その結果、いよいよ事業は行き詰まり、財布の中には100円も無いような日が訪れ、息子が住んでいたワンルームに転がり込み、それさえ、いつまで続くのか・・・というような状態に陥っていき、いよいよホームレスか・・・とまで、行き詰っていった。
この時の自分に対する絶望感で、本気で「死にたい」と思った。
生きている意味が見出せなく、高邁な思想どころか、明日食べていくお金にも困り果て、頼るべき人も無く、プライドもずたずたのただの惨めな負け犬の自分は、「せめて、どこかの車がぶっつけてくれないかな。そうすれば、あっという間に死ねるし、お金も入ってくるから子供たちや周りの人に迷惑かけなくて済むし・・・・」と、最後のプライドを守ろうとして、祈るような気持ちで過ごしていた。

実は、ここから私の人生は大きく変わり始め、大逆転が始まるのである。
いよいよここまで行き着いてしまったのが、本当の意味で教祖の呪縛から逃れられた結果になったし、教えの呪縛からも解き放たれた瞬間になったのである。

自分の命が本当の意味で脅かされた時、ぎりぎりまで自分が追い込まれたとき、本当に大切なものがわかったのである。
それは、あきらかに「大川隆法」でもなく「幸福の科学の教え」でもなかった。
教団にいた時は、迷わず自分の命に代えても「大川隆法」を守り、教団の為に死ねるとさえ思い込んでいた、そんな気持ちが、いざ、本当に生きるか死ぬか・・・というぎりぎりの場面になった時に、「大川隆法」も「幸福の科学」も吹っ飛んでしまったのである。
ただただ、両親に対してと子供たちや、自分の人生の中で愛する人々に対しての感謝と愛があふれ出て、本当に申し訳なく、心からの謝罪の気持ちが出てきたのである。

その、自分の中から出てきた気持ちが大きな気転となり、私の仕事は上向きになり、私はあっさりご本尊も書籍も、ありとあらゆる幸福の科学関連のものをゴミ箱に捨てることにしたのである。
ちなみに、書籍は古本屋に売ったのであるが、勿論1円にもならなかった。実はそれほど、世の中に必要とされていない書籍類であったのだ。
「これは捨てることになりますがいいですか?」という店員の言葉に「宜しくお願いします」と答えた私であった。

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