2012年8月28日火曜日

寄稿体験談「幸福の科学」辞めて良かった その5

「幸福の科学」辞めて良かった その5
2012.08.27
渡辺万里子

(求める心)

今日は、洗脳が取れ、仕事が順調になってきてからの心の状態をお話していきたいと思います。
食べられなくて必死に生きていた状態から、食べられるようになり、生活もひと段落すると、また、新たな気持ちが湧き出てきました。
確かに幸福の科学はもうこりごりという気持ちだけど、自分の中に芽生えた、求める心や貢献したい心は消えることはなかったのです。

この時代は、幸福の科学に対しては、距離を置き、幸福の科学の話題も出したくないし、聞きたくもない。いわゆる「関心を持たないし、忘れたい」という態度でいました。
この感情の元は「自分は幸福の科学の被害者である」という感情であったと思います。
私にとって「人生の長い間、一番人間として頑張れる時間を、くだらない間違った宗教に時間もお金も費やし、全てを無駄にしてしまった私の人生はなんだったんだろう」という悔しい思いと、「せめて、こうした間違いをてこに、今度こそ間違いのない人生を歩もう」と経験を消化しようとする思いに揺れている時期でもありました。

その気持ちと同時に「本物はなんだったんだろう」「神とはどんな存在だろう」と、さらに神や真実を求める気持ちも強まってきていました。
この気持ちの基になっていたのは、幸福の科学に入会する前に体験した自分自身の体験にあったように思います。

30年ほど前、離婚をし、子供を抱えながら仕事に没頭していた時期、心が閉ざされ苦しくなってきた時期に受けたあるセミナーの最中、ある瞬間に思いもかけない体験をしたのです。それは、生まれた瞬間や死ぬ瞬間、そして、過去の何回かの自分の人生を見るという体験でした。それまでの私の人生は、宗教だとか、目に見えないものだとかには全く興味が無く、関わりも無い人生を送ってきた私には、何事が起きたのかわからず、パニック状態になりました。

その経験の後、何故か目に見えないものを感じたり見えたりすることもあり、それがどういうことなのか解らなくて「きっと頭が変になってしまったんだ」「自分はまともに生きていく事はもう無理なのではないか」などと、恐怖と混乱で自分自身がどうなったのか解らない状態でした。

そんな時期に知った幸福の科学の本の中に書かれていた、霊界観や守護霊や過去世の解説に、自分の体験を重ね合わせ、「これだ!」と思い、入会を決意したのです。
多分、自分自身の経験が強烈であったために、幸福の科学に対する思い入れも、信じる心も強くなり、盲目的になってしまったのではないかと思うのです。

その後、幸福の科学にはこりごりではあっても、あの時代に自分自身が体験した出来事は私にとっては真実であり、その強烈な体験は消える事がなく、日々強く神を求めることにもつながっていきました。
「きっと、どこかに本物はある」という気持ちは消えることなく、そこから私自身の神を求める流浪の旅が始まりました。

新興宗教はもうこりごりという気持ちでしたので、新興宗教以外の「神」と名のつく本を片っ端から読んだり、人に紹介されたセミナーにも出たりしました。
そこには、今まで自分の知らなかった話題がたくさん出ていましたし、チャクラのことや霊能力に関することなどに興味を持ったのもこの時期でした。幸福の科学一辺倒で過ごしてきた私には、新鮮に思えました。
感動する本にも出会いましたし、なるほどと納得できる本にも出会いました。
友人に紹介を受けて、過去世療法を受けてみて、新たな自分の過去を映像として見たり、光に出会ったような体験もしました。
愛溢れる霊能者という方々とも友人になったり、そういう方に自分自身を見てもらい、「なるほど・・」と思え、心が癒された時期もありました。
そして、そこに何年かの月日を費やしました。

しかし、どうしても気になっていたのは、自分の心の中に起こる「自分を裁く心」「人を裁く心」「人を見下す心」「自分を守る心」「人の気持ちをコントロールしたい心」「お金がなくなることへの恐怖心」「生きていくことへの疲労感」などなど・・・・・。
心から湧き出てくる不安感や恐怖心など、そうしたものから完全に逃れることが出来ず、
どこまで行っても、私の心は落ち着かず、その心が反対に絶対なるもの、いわゆる神を求める心の強さにもなっていきました。

神近いものに触れる事はあっても、心の底から安心できる絶対なる神には出会えず、いよいよ「絶対なるもの」を求めることや「これこそ本物」を探すことをあきらめて、今の人生に妥協しようかな・・・と、思っていた矢先の在る時でした。

その日、明け方に誰かに呼ばれたような気がして目が覚めました。時間は明け方の4時でした。
私は目覚めて、居間のリクライニングシートに横になり、ぼんやりとしていました。
そして、自分自身に対して「何の用ですか?」と、問いかけました。
目を瞑っていると、目の前に光が見え始め、その光の中から声なき声が聞こえてきたのです。

ここからが私の本当の意味での再生になります。そして、私の人生は劇的に変わり始めるのです。
この時に何が起こったのか、何を光から言われたのか、そして、その後の私の人生がどう変わっていくのか、それについては、次回にお話したいと思っています。

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