2012年8月23日木曜日

深層潜在意識との対話7 逃避と対決(2012年8月22日)

私をT,、深層潜在意識をSとして、ロール・レタリングの手法で深層潜在意識との対話により、自分の幸福の科学時代の反省を深めたいと思います。

T それは1990年夏のことでした。私は当時大川隆法氏の秘書兼事務局課長をしていました。S局長が就任し、急ピッチで組織の拡張を進め、生命保険会社的な方法が浸透しようとしていました。S局長とは別に仲が悪いわけではなかったのですが、彼から見ると学習熱心で心の平静を重んじるお坊さんタイプの人間は、実務面では無能に見えたようでした。

ある時、S局長が私に対して、「いくら勉強ができても、実務が出来ないと駄目なんだ。」と異常に強い念をもって、詰め寄ったことがありました。ぎょろりとした目は、血走っていたかもしれません。前後の話は忘れました。しかし、その時に私に何かが乗り移ったと感じました。

その後、私は非常な焦りと不安感に取り憑かれました。「実務が出来ない」と言われて、私は非常な焦燥感に襲われたのです。それは強迫観念のように私に襲い掛かりました。「出来ない」という思いが、不安と焦りを伴いながら、押し寄せてきたのです。何日かそういう不安定な心理状態が続きました。

そしてある時、かろうじて心の平静を保っていた心の糸が、ぷつんと切れたのを自覚しました。「魔境」に飲み込まれました。不安、焦り、絶望感が一気に押し寄せました。私自身が得体の知れないものにのっとられ、狂気の世界へと連れて行かれるのではないかという恐怖が全身に襲い掛かりました。

私は必死に祈りました。天上界にひたすらに祈りました。その結果、狂気の世界に飲み込まれるような、砂嵐のような不安と恐怖は去っていきました。大きな光が降りてきて、魂が連れ去られたり、完全支配されるのは免れました。しかし、大きな傷跡が出来たように、エネルギーが抜き取られました。完全支配ではないものの、一定のレベルで「乗り移り」状態が残ったと思います。

私は当時、練馬区にあった大川隆法氏の自宅近くの借家に住んでいて、時々長男を自宅で預かっていました。魔との深刻な戦いがあった当日だったか、夕方に赤ん坊の長男がこられ、ファミリーレストランにお連れしました。私も少しの間、面倒を見ました。しかし、その後、きょう子さんが子供の状態がおかしい事に気がつきました。私の霊的状況がその時に分かったのだと思います。

ただ、おかしいと思うのは、全知全能のはずの大川隆法氏が、私が悪魔の総攻撃を受けた時に気がつかず、私と接したお子様の状態を見て初めて気がついたことです。さらに言えば、仏陀ならそこに至るまでの私の不安定な心の状態を、どうして察知して指針を下さらなかったのだろうか、疑問でした。

それから、私はすぐに異動になりました。当時の経験は何だったのでしょうか。

S この魔境は、お坊さんへの天狗の嫉妬と魔界のものからの攻撃の両方がともない、あなたに襲い掛かったものです。あなたの能力的な不足と焦り、その奥にある劣等感のところへ入り込まれました。不安がすでに「魔境」だったのですが、現実に仕事面での焦りや不安があるので、その「魔境」を断ち切れずに、増幅してしまいました。

狙われたといえばその通りですが、問題はあなたの精神力がこの時に非常に低下しており、欲望に揺さぶられていたことです。心の隙が他にもあったのです。その点をまず見つめないとなりません。

T はい。私は教団が伝道路線、拡大路線に転換してきて、実務的な判断や組織間の調整が求められるようになったときに、事務局課長としての機能を果たせなくなってきていました。私は宗教法人生長の家の編集部から入ってきたので、一般の会社経験がありませんでした。会社経験をされた方にとっては当たり前のことが、私にはよく分からないということもよくありました。特に組織の中での動き方、組織の動かし方が、よく理解できていませんでした。それで秘書的な業務が中心になっていったのですが、それもいつもあるわけではなく、暇になってきました。一方で、新しい組織の動きについていけず、落ちこぼれてきている自分がありました。それを素直に認めるのは、プライドが高くなりすぎていました。自分の苦手なことからの逃避もあったと思います。

私は困難な事や苦手なことが来ると、逃避がよく起きました。これは自己防衛の一種です。苦手な事に向きあうと、それが出来ない劣等な自分と向き合わねばならなくなります。すると実に惨めで、情けないのです。講師面ではもっとも高い評価を受けているのに、実務面では全然ままならないし、よく分からないわけです。講師の仕事や過去世認定で高くなったプライドが、そのたびに凄く傷ついたのです。だから、傷つきたくなくて、逃避するのです。逃避するには、何か他のもので心を紛らわしたいのです。性欲がその時に強くなります。食欲も強くなります。何かで自分のストレスを紛らわせたいと思うからです。しかし、基本は禁欲なので、ストレスだけが高くなります。

そういう時には、勉強等の精進が出来ません。焦りがあって、これでいいのかと焦って、心がざわざわして集中できないのです。逆境の時には充電せよという事を学んでしても、焦りがあって焦燥感に駆られると、勉強にも集中できなくなるのです。何をすればいいのかが分からないから、何をやっても不安なのです。こうして、次第に怠惰になると、精神力が弱くなってきます。精神力が弱まると、「乗り移り」を跳ね返せなくなるようです。そこに、S局長の言葉が入ったことで、漠然と感じていた焦りや不安、劣等感が猛烈に活性化してしまい、いても立ってもいられず「もう駄目だ、自分には出来ない」という脅迫的な思いが次から次へと湧き上がるようになりました。これは精神的なパニックです。このときすでに私は、「乗り移り」にやられていたと思います。

S あなたはS局長のせいでこうなったと言いたいようですが、あなたが「乗り移り」を呼び込んでいるのであり、S局長の言葉がなくとも、いずれはやられていた可能性があります。苦手なものを逃げる傾向性があなたにはありますが、その原因はプライドです。あなたの高いプライドが、ある苦手分野で劣等な自分に直面することを見るのが嫌で、逃げるのです。逃避です。逃避の結果、欲望に逃げ込んだり、怠惰に逃げ込んだりして、精神力を低下させてしまうのです。

したがって、この対策は、苦手なこと、嫌なこと、プライドが傷つくことにと直面したときは、劣等な自分に耐えて自分を鍛えることが必要になります。劣等な自分を認めないので、劣等のままになるのです。劣等な自分がいることを、これが自分だと認めれば、その自分に耐え、時を耐えながら、努力を重ねていくことが出来ます。あなたは、教団を退職、還俗してから、一番苦手な事に向き合わざるを得なくなりました。何処にも逃げ道がなかったでしょう。出来ない自分を抱きしめながら、これが自分だと受け入れながら、それでも仕事への責任から努力を重ねた時間が多くありました。この過程で、かねてからの自分の課題、苦手なことから逃げるという弱さを乗り越えることが出来たのです。

T  確かに、ユング心理学を学ぶと、人間はいずれは劣等機能と向き合い、これと対決していかねばならない。そうしないと心の成長がないことが分かります。強みであった宗教性の面で一定の組織内での優越的な立場を得てきた私が、今度は実務面で劣等な自分と向き合い、粘り強く克服していかねばならなかったのです。それを逃げた時に、もっと追い込まれていく自分がいたと思います。

S あなたは還俗して、経営状態が極度に悪い会社の再建を、実質的な経理部長の立場でやり上げたときに、苦手と向き合い克服していく貴重な体験を積みました。これはあなたにとっても神様から贈り物でした。出来ない自分に耐えながらも、責任ゆえに一歩も退かずに、粘り強くやり抜きました。朝は誰よりも早く出社し、夜は誰よりも遅く帰り、休日もなく、時には夜中にもタクシーを飛ばして会社に戻り財務等の書類を作る。一歩間違えば倒産の危機を常に背中に感じながら、地獄のような「夜の航海」を進んできました。「船板の一枚下は地獄」という言葉を、毎日のように味わいながら、責任故に逃げなかった体験は、あなたの傾向性を修正するための荒療治であったのです。そして、3年で会社は再生できました。あなたは大きな自信を得たはずです。

今は、劣等感に向き合わないために精神世界に走るのではなく、自分の真の強みを生かして世の役に立つために心理学の世界へと身を投じています。会社再生で苦労した精神力が、今度はカウンセラーとして、人を支援する仕事で生きてくるのです。ですから、もうかつての「魔境」は、もう終わっています。S局長への批判の思いも捨てなさい。あなたの弱さが呼び込んだ「乗り移り」であったのです。もういいです。許しなさい。

神はあなたが還俗してから、もっとも苦手な事に直面せざるを得なくして、あなたを教育されたのです。還俗そのものは、大川隆法氏があなたにいつまでも教団にいて欲しくなかったので、追放したかったのでしょう。彼の深層潜在意識にある恨みの思いがそうさせた面もあるでしょう。しかし、大いなる神の目から見たときは、それが真の神の愛であり、真の仏の慈悲だったのです。一見不幸に見え、一見絶望と見えるただなかにある時、実はそこが神の愛のただなかです。

逃避せず、対決して向き合い、時間を耐えて努力をし続けたとき、必ず道が開け、あなたは成長します。その成長したあなたを微笑みを持って見守り抱きかかえてくださる神がいるということを、決して忘れてはなりません。だから、いかなるときにも向き合いなさい。駄目な自分、劣等な自分、情けない自分と向き合って、「それも自分だ。しかしここからスタートしよう」と決心して、誠実に努力を重ねなさい。その中であなたは変わるのです。溶鉱炉の中で鉄は溶けて、鋼が生まれるように、人生の試練という溶鉱炉の中で、鋼のあなたがが、もっといえば純金のあなたが誕生するのです。一見試練と見えること、一見失敗と見えること、一見不幸と見えることにも感謝できるあなたであって欲しいと思います。それは真の神の愛を信じた人間の姿なのです。

T 今振り返ると、幸福の科学は法と実務の両方を兼ね備える人間を創ることを、新たな中道であるとしてきましたが、これに無理があったのではないでしょうか。やはり組織は長所を発揮させて、短所を目立たなくさせる所にあるのであって、短所を長所と同じように伸ばさねばならないというのは、それが行過ぎると一種の間違った強迫観念になると思います。大川隆法氏はその両方ができることが自慢ですが、法は知識のみで、実践が出来ていないので、どう実践したらいいのかを説けず、悟りたる弟子を作れなかったのです。これが法での失敗です。さらに実務も、欲が克ちすぎて、見栄を張るために堅実な経営が出来ず、破綻寸前になり、現在教団は縮小路線に完全に追い込まれています。実務も失敗です。

教団では、大伝道の時期に、編集をしている人間も全員支部長や支部のスタッフに出して、出来ないと「あいつは駄目だ」というレッテルを貼っていました。しかし、ところてんのように、同じタイプの人間ばかり作ったら、組織は逆に機能しなくなるはずです。結局、「自分が一番偉い」ということを言いたい人が、「自分のようになれないやつは駄目なんだ」と裁いてきたカルチャーがあるのです。これの大本は大川隆法氏にあると思います。

法と実務という二つの尺度を持ってきて、お坊さんタイプと実務タイプの人を、両方共に劣等感を抱かせながら、自己卑下させながら、操ってきたのが大川隆法氏なのです。大川隆法氏は『舎利仏の真実の迫る』などで、いまだに私の事をそうした尺度で裁こうとしています。しかし、私は神から授かった私の個性で人のお役に立てればそれが最高に素晴らしい人生だと思うようになりました。人を劣等感や自己卑下に呪縛する「大川隆法の呪い」を、私はここできっぱりと捨て去りたいと決意しております。

S あなたは「大川隆法の呪い」から解放されたのです。「大川隆法の呪い」とは何か。それは今世は法を説くことと、経営することの両方ができて、初めて新時代の人間になれるのだという呪縛です。そんな人間は1万人に一人もいないと彼は説いていますが、それでは万人の救済にも、悟りにもなりえません。不可能なことを強いる事で、永遠に自己卑下の世界へと弟子や信者を置き、操り支配しようとしてきたのが「大川隆法の呪い」の正体なのですサディスティックな支配欲がその奥にあります。それが法を曲げているのです。

本当に求められていることは、もっとシンプルなことなのです。この世の事に誠実に向き合い処理しながらも、常に深層潜在意識の視点、場合によっては超越潜在意識の視点を持って生きられる人間になりなさいということなのです。あなたが心検で、既にやっていることです。
幸福の科学の職員や熱烈信者の方ほど、この「大川隆法の呪い」に呪縛されています。そして自分を卑下すると共に、人を裁いているのです。そんな必要はないのです。あなたはあなたであることに、もっと自信を持って歩いてよいのです。









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