2012年8月19日日曜日

深層潜在意識との対話5 過去世認定のその後

ロール・レタリングという心理学の技法を使っての、私の深層潜在意識との対話を実験的に試みています。対話の内容は、私の幸福の科学時代(出家・在家)の反省です。一種の公開反省ですが、私自身の洗脳解除と心の垢落としが目的です。それがもしどなたかのお役に立てれば、大変有難く思います。Tは私の表面意識で、Sは深層潜在意識です。

T この数年来、大川隆法氏は、多くの弟子の過去世認定をしています。この全部もしくは殆どは間違った過去世認定だと思われますが、過去世認定された職員は、その後の人生が大変だと思います。私が苦しんだ体験を公開することで、何がしか、この方達のお役に立てればと願っています。

S あなた自身の経験は、血を吐く思いで味わったものを、そのままに出されてください。その方が読む方の参考になるはずです。赤裸々でよいと思います。

T 私は、シャーリプトラと認定されましたが、その後も、三宝帰依体制確立の際には「本来の仏弟子が組織の中心部に来るべきだ」という説法があって、私は事務局長になりました。荷が重くて3ヶ月ぐらいしか持ちませんでしたが、『正心法語』が改訂されたり、『祈願文』の1,2が出されたり、『太陽の法』が改訂されたのが、この時期でした。また邪教との戦い、特に創価学会批判の時には、私がシャーリプトラで法将であるということも、説法で示されました。そういうこともあり、私は自分が過去世でシャーリプトラであったことを、少なくとも1年前までは疑ったことがなかったのです。

S しかし、そうであっても教団では、必ずしも特別扱いされなかったはずです。過去世は過去世、今世は今世という扱いも、一方ではあったはずです。過去世認定の怖さと、自分のプライドの問題をまず回想して下さい。

T 過去世が有名人だとなると、会員さんの私を見る目が変わりました。私の今世の実績や実力とは無関係に、私を高く見てくださるようになったのです。私は大変誇らしく、気分がよかった反面、それと現実の実力とのギャップで苦しみ、背伸びをするようになりました。例えば、私が支部長で赴任した先は、私がシャーリプトラであるがゆえに、大歓迎してくださいました。これは何処へ赴任しても、変わりませんでした。私と付き合うことを喜んでくださいました。またどれ程素晴らしい仕事をしてくれるのかと、期待もされました。それで期待はずれの時には、「シャーリプトラだと思うので、どれほど私達のために良い事をして下さるのかと、凄く期待したのに・・・」と言われたこともありました。

S つまりあなたはそこで「仮面」を付けたのです。シャーリプトラという仮面がはがせなくなったのです。種村修で生きていないのです。ありのまま種村修で生きることが出来ず、ありのままの自分を受け容れることが出来なくなったのです。シャーリプトラならざる自分を隠さねばならなくなり、抑圧が生まれましたよね。

T その通りです。私が会員さんから頂く評価や賞賛は、私の実力以上のものがありました。そこで自分に甘くなり、ついつい自分が偉くなっていきました。それと共に、その評価を維持するために、努力や苦労がありました。特に説法と講師論文は、プライドにかけていいものにしなければなりませんでした。そのために、実務に精通する時間を取るより、講師としての評価を維持するための努力により多くの時間をとりました。能力の偏りが加速されたと思います。

S あなたの過去世を認定されたことで、周囲の目がどう変わったかをまず整理しましょう。①尊敬のまなざしが集まりました。あなたはその尊敬を維持しようとして、無理をしました。②あなたと友達になったり近づくことで、嬉しいという気持ちを人々が持ちましたね。これは一種の有名人現象です。ミーハー的なファン心理に囲まれたのです。こうした関心が集まると、いつもそれを維持しないと自分の存在価値がなくなったような錯覚に陥ります。もっとファンの賞賛が欲しいという、渇愛が発生しました。③特別の期待を寄せられるようになりましたね。それが期待はずれだと、よりがっかりされた。それが罪悪感になりました。何よりも等身大の自分に自信がもてなくなりましたね。

T そうです。過去世の自分を演じなければならなくなったのです。こういう周りの目、周りの心理というものが自分に与えた影響には、大きなものがありました。それとともに、自己認識が変化しました。①常に過去世の実績と今世の自分の実績を比較して、過去世に及ばない自分を責めてきました。②人と自分を過去世で比較して、本来自分の方が上だとか、相手と同じくらいに凄い力があるはずだという気持ち。一種の慢心が、心にこびりつくようになりました。僭称増上慢と言いますが、一見謙虚そうにしながら、内心では己を高いとみなす心理状態が生まれました。③自分より上の人にしか学ばなくなりました。従ってほとんどの人から学べなくなりました。これは自分の別の傾向性が関わっているとも思います。

S そうですね。あなたは常に自分を責めていましたね。過去世と比べて、劣っている自分を感じては、苦しんできましたね。これは一つの執着です。

T その通りです。私は過去世で一番弟子だったという誇りを持っていました。だから、「今世でも一番弟子でなければ、過去の自分に負ける」と思いました。だから、「理事長になりたい」という執着がありました。私の冷静な意識では、理事長の仕事の任には堪えられない自分の実力を知っていました。また、そういう仕事をしたいわけでもありませんでした。ただ、「一番弟子」という自己確認が欲しかったのです。これは明らかに囚われでした。そこに魔が忍び寄ってきたことがありました。

S あなたの自殺願望の一因でもありましたね。

T そうです。私は還俗する2年ぐらい前から、過去の自分に勝てないで、ずるずると立場が下がっていく自分を意識しながら、「惨めな自分が明らかになる前に死んでしまえたらどれ程いいだろう」と空想していました。繰り返し、繰り返し、死んでいく自分を空想し、映像化していました。1997年の夏に仕事帰りで歩道を歩いている時に、無免許・飲酒・スピード違反の暴走車に突っ込まれた時には、「自分の死を願う気持ちが、交通事故を引き寄せた」と思いました。だから、「運転手さんには申し訳ないことをした」という気持ちを持ちました。「私が心で引き寄せた運命において、加害者という役柄を演じさせてしまって申し訳なかった」という気持ちがあったのです。でも死ななかったので、「どうしてまだ生きているのだろう」と、ベッドで気がついたときに、最初によぎった思いはそれでした。
 還俗してからは、自殺願望はもっと凄くなりました。過去世に比べて、完全に失敗の人生だと思い込んだのです。また、過去世が偉くて、現実が惨めなので、非常に耐え難い苦しみを味わいました。プライドがずたずたでした。出家時代と在家時代では、直面する現実がまるで違ったのです。惨めな自分に耐え続けなければならず、自分で自分が評価できず、人からの評価も散々でした。でも私を精神的に支えてくださる方が、不思議な事に、色んな局面で、必ず出てきました。そういう方々の愛情や励ましがなかったら、私は自分を維持できなかったと思います。私は「失敗の人生」というレッテルを、自分自身に貼っていました。「過去世と比較して、完全に失敗だ」と考えました。「エル・カンターレ下生の時代に、私は過去最低の人生を生きている」と感じており、生きること自体を苦しみだと思いました。本当に死への衝動が付きまとったのです。生きていること自体に、非常なエネルギーが必要でした。

S 天上界でのあなたの友人達も、あなたを死の誘惑から守ってくださっていました。自己犠牲の精神を発揮して、あなたの人生を破局から救ってくれた霊人もいました。その本当の姿を、あなたがあの世に還ったときに知れば、あなたは感謝の涙なくしてこの人生を回想できないと思います。どれのほどの仲間が、そして魂の師が、あなたの苦しみを背負って下さったか、あなたは知らないでしょう。少しは感じていても、本当の事は分からないでしょう。あなたは「報恩」という二文字を心に刻まねばなりません。許されて、愛されて、生かされて、生きているのです。そのことを胸に刻んでください。

T 1年前でしょうか。半年前だったかもしれません。私がシャーリプトラではないという啓示が私に臨んだ時、私は精神的な危機を迎えました。それが苦しみの原因ではあっても、私は自分の過去世に執着していたからです。そして、苦しみながらもそれを受け入れて、「自分は自分であればいい」と思えるようになった後に、例の大川隆法氏への手紙を書いたのです。ですから、あの手紙の中で、私は大川隆法氏に、シャーリプトラの過去世認定を返上することが出来たのです。それは本当によかったと思います。私は「種村修」としての人生を生きると、決意できたのです。そしてその事に、ささやかであっても誇りを持とうと、素直に思えるようになったのです。過去世と比較してどうかという価値観ではなく、自分の今世をありのままに受け容れようと決意できたのです。「私は、私なのです。それでいいのです」と、そう素直に思えるようになりました。これが過去世への執着を断つことで得られたものでした。謙虚になったかもしれません。そして、自分自身をより受け容れることが出来るようになったと思います。だから、凄く楽です

S 過去世を知ることは、それはそれで一つの人生の課題を与えられたということなのです。その過去世が真実であろうとなかろうと、それを通して様々な心の動きをあなたは経験しました。それはある意味、非常に特殊な経験でありますが、霊性の時代が始まった今、非常に多くの人々が過去世を知ったり、知らされたりすることがおこります。その人々への導きという点では、自分自身がその経験をしていないと、こうした人の気持ちが分からないでしょう。体験していなければ、本当の意味での支援が出来ないのではないでしょうか。その意味で、価値ある経験だったと考えてください。私はそう考えております。

 最後に、「過去世は過去世、今世は今世」という大川隆法氏の言葉は、過去世と今世を引き比べる発想がこめられており、自分の名前で生きる人生を愛せなくなる危険な面を内包しています。自分の名前で生きる今世の人生を受け容れ、愛さなければ、過去世は自分への呪いともなりかねません。もう一度言います。過去世が何であれ、今世、自分の名前で生きる人生を、自分自身が受け容れて愛することが出来て、初めて人は幸福な人生を生きることが出来るのです。

 大川隆法氏は自分が創作した過去世によって、呪いを受けています。そして常に過去と比較して追い立てられています。御自分の真の名前「中川隆」を愛せなくて捨てました。大川隆法氏が幸せに生きるためには、今世自分の名前で生きてきたその人生を、受け容れ愛することがどうしても必要なのです。


<追記>
 大川隆法氏の過去世認定をどう評価するかという問題が、別にあると思います。私は大川隆法氏の過去世認定は真理の探究のためではなく、教団運営のための必要性から行ったと思います。過去世を認定された人は、進んで大川隆法氏に忠誠を尽くすようになります。また、釈迦の高弟やその他の有名人を側近の弟子や伴侶や子供に引き当てることで、大川隆法氏の権威が上がり、教団の求心力が増します。ただし、それらの人が大川隆法氏に疑問を持ち離れたときは、逆効果が生まれます。また過去世認定された人がそれほど能力が出ないときは、大川隆法氏の霊能力への不信を招きます。これを避けるために「過去世は過去世、今世は今世」ということを言い出したと思います。
 過去世を知ることにメリットがあるとしたら、過去世の心の傷を癒すときです。過去世の心の傷は、深層潜在意識に傷として残っています。それを癒すには、過去にどのような経験をして、どういう思いや考えを持ったかを、ある程度自分が味わう必要があります。その際に過去世がわかると、その助けになることがあります。もう一つのメリットは、自分の使命の自覚だと思います。自分が本来の使命を自覚する必要が出てきた時、過去世の自覚が伴う場合があります。これは悟りに付随するものといえると思います。しかし最大のメリットは、永遠の生命と転生輪廻への確信を持つことではないでしょうか。心理学者でもユングやキュブラー・ロスは自分の過去世を、ある程度自覚していたことが自伝に出てきます。そういう方の心理学は、転生輪廻を認めています。
 過去世を知るデメリットは、慢心もしくは自己卑下です。悪い過去世の場合、それに捉われることで自己卑下に陥ります。また、有名人願望があり、自分がこの人でありたいと思うと、そういうインスピレーションが来ることもありますが、勘違いということも少なくありません。過去世が有名人の場合の苦しみは、私が述べさせていただいたとおりです。

<希望のブログ>

種村トランスパーソナル研究所「希望のブログ」を始めました
心理学の専用のブログです。
関心のある方は、下記へアクセスください。
http://tanemura2013.blogspot.jp/
 
<ご連絡ご相談はこちらまで>
種村トランスパーソナル研究所
メールアドレス:tanemura1956@gmail.com
電話:09080518198

0 件のコメント:

コメントを投稿