2012年8月16日木曜日

『「文春」に未来はあるのか 創業者・菊池寛の霊言』を読む(2)

 「大川隆法に嫉妬する」と言わせたい訳

「嫉妬」というのは、自分に関心がある分野で自分より優れていて本当は自分がそうなりたいものに対して感じる感情ですから、嫉妬される人は、嫉妬する人よりも上です。そこで、嫉妬という言葉を使いながら、大川氏は巧みに自分を持ち上げていきます。これは彼の常套手段です
「菊池寛」は週刊文春を叩きながら、さりげなく大川隆法氏を褒めるのも上手です。

「菊池寛」 うーん、嫉妬を感じてると思う。同質というか、同業というか、本来は同じようなものを目指しているんだけど、今、届かないでいるんだよな。それで嫉妬してると思うんだなあ。P36

 嫉妬するのは「週刊文春」で、嫉妬されているのは大川隆法氏ということで、いかに大川隆法氏が凄いかを、間接表現ながら讃えています。
嫉妬に関する内容では、次のやり取りは傑作です。 まず「菊池寛」が「週刊文春は何年につくったって(資料に)書いてある?」と質問者の里村氏に尋ねます。里村氏は「『週刊文春』の創刊は1959年。昭和34年です。今年で53年になります。」と答えると、そこから次のようなやり取りが続きます。

「菊池寛」 昭和34年っちゅうことは、大川隆法さんの御生誕祭のほうが格上だから、それで嫉妬してんのや。
里村 はあ。
「菊池寛」 文藝春秋よりも、こちらの御生誕祭のほうが先行してるじゃないか。
里村 昭和34年は、文藝春秋ではなく、「週刊文春」ができた年です。 
「菊池寛」 ああ、「週刊文春」か。
里村 文藝春秋社は、戦前からありますから。P43

 これは大川隆法氏が56歳で文藝春秋(実は「週間文春」)が53歳だから、「大川氏の御生誕祭の方が格が上だ」という事を「菊池寛」に言わせて褒め称えています。これは大川氏ご自身の発想でしょう。
こういう発想は、普通の人間には考えられないのですが、小学校12年で文藝春秋を初めて読み、家族で食後に雑誌に掲載された新作小説の批評座談をした経験をもって、自分のことを「田舎の天才文学少年であったのである。」(「はしがき」)と言える過剰な自意識なればこその発言だと思います。「自分を褒め称え、他人を貶める」性癖を持つと、こういう場面でもそれが顔を出すことが分かります。
さらに本物の菊池寛氏が発言されていない証拠が、「週刊文春」が出来た年を間違えて発言しているところに出てきます。
菊池寛氏は文藝春秋を立ち上げた方ですから、「週刊文春」の創刊された年と混同されるわけがありません。そもそも「週刊文春」ができたのは、菊池寛のなくなった後の事です。
ここは明らかに大川隆法氏個人の意識が、「菊池寛」として語っているわけです。

大川氏の自己評価の高さはどうみても病的なのですが、それが次の発言にも出てきます。もっとも、これも「菊池寛」が言っているのであって、大川隆法が直接言っていないとしているところがミソです。

「菊池寛」 かつて保守系の硬派と言われた雑誌等が、保守系の硬派で、メディアに進出してきているあんたがた宗教団体と、ぶつかってる感じかなあ。だから、これは意外に、<関が原>なのかもしれない。「彼らは、あんたがたに客を取られないように、総力戦でやっている」と見るべきじゃないの?
里村 私としては、保守なら保守で、共存共栄でもいいんです。
「菊池寛」 そこに嫉妬してるのよ。関心が全然違うところにあるものには嫉妬しないんだけど、関心が似ているところにあって、「文春」や「新潮」よりも、「キレ味のいいもの」とか、「先見性のあるもの」とか、「みんなの支持を受けるようなもの」とか、「あっと驚くようなもの」とかを、もし、硬派記事で書かれたら、彼らには、やっぱり立つ瀬がないわけよ。P55)  

 さてさて「週刊文春」や「週刊新潮」が嫉妬するほど売れている『ザ・リバティ』というのは、一体何千部売れているのでしょうか? 信者以外には買わない雑誌を、彼らが嫉妬しているという「菊池寛」は、これは応援団を通り越して幸福の科学の指導霊なのではないかと疑ってしまいます。
『ザ・リバティ』擁護のこの発言を見る限り、「菊池寛」はやはり大川隆法氏による「なりすまし」と言えるでしょう。

 さらに嫉妬については、次のような話が出てきます。

「菊池寛」 今の編集者たちは、本音では、「書くネタがない場合、とにかく嫉妬心に基づいて想像すれば、記事は書ける」と思っているわな。P80

 例の記事も本質的には、「嫉妬心に基づいて想像」して書かれていると言わせています。
さらに、「菊池寛」も大川隆法氏に嫉妬していると言わせることで、逆説的に大川隆法氏を讃えています。
まず自分でものを書いて、事業を起こし出版社を起こす。「ここまで行ける人は一万人に一人もいない。」そう言った上で、「菊池寛」はこう言います。

「菊池寛」 一万人とか百万人とかに一人ぐらいしかいないんだけども、それ以外にも、(大川隆法は)宗教はやるし、出版社はやるし、学園で学校や大学はつくるし・・・。・・・政党はつくるし、海外もやっている。主力は一人だよな。P85

「菊池寛」 「一人の作家が作った出版社を基に、宗教も学園も大学も海外も、それから政党もつくって、さらに、二千人近い人を養おうとしている」なんていうのは、俺だって嫉妬するわ。P86

 「文藝春秋には、五百人も職員がいない」から、その点だけでも4倍の規模がある教団を率いている訳です。「菊池寛」は大川隆法氏に嫉妬していることにして、その理由を述べることで、大川隆法氏を讃えているわけです。
 もう一つこんな例もあります。

「菊池寛」 嫉妬の根源はねえ、やっぱり、宗教の税金のところだよ。宗教は、課税されていない「タダ金」をやって、こんな出版不況の折に、出版で売りまくって、「ギネス記録」だの、「本を九百冊出した」だの、そんな宣伝をしたらさ、週刊誌を挑発しているようにしか見えないじゃないか。P95

 本物の菊池寛がこんな幸福の科学通だとは誰も考えないでしょう。教団の自己宣伝をしているに過ぎません。こんなところからも、「菊池寛」は「大川隆法」であるという推定が出来るわけです。

本書の最後でも、「菊池寛」に嫉妬を語らせて、大川隆法氏を持ち上げています。

「菊池寛」 ・・・執着としてはだねえ、まあ、私は東大を出たかったねえ。・・・東大を出たかったのと、ベストセラーの可能性としては、「もっとこんなに書けるもんだ」っていうことを、やっぱり実証してみたかったなあ(舌打ち)
・・・
酒井 ただ、「東大を出て、ベストセラーを出して」というのは、要するに、大川隆法総裁そのものですよ。
「菊池寛」 うーん、事業化能力に対して、ちょっと関心はあるからなあ。(舌打ち)。(P149)

 最後に東大出であることの自慢が、やっぱり出てきました。どうしてもこれは言いたい、いや言わせたかったようです。しかし、何歳になっても自分の学歴を自慢する気持ちというのは、美しさとはかけ離れていますね。「みっともない」と感じてしまうのは、私だけなのでしょうか。

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